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006 裏切りの駒 マッガデウス

前話(005)にアリシア転生まで追加しました。

「貴様らはマッガデウスが派遣した援軍か?」


 ロギはゴブリンの見すぼらしい見た目と鼻があれば捻じ曲がりそうな悪臭を無視して問うた。ナイトの駒を与えられたマッガデウスはモンスターの大群・・を率いて全てを蹂躙するゴブリンの最上位種だ。魔城というものに対して理解が足りない人類なら、それを自然発生したモンスターのスタンピードと勘違いする。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』においてもその後の統治を捨てる覚悟があるのなら、魔城歴700年まではギリギリ通用する最強戦略の一つだ。特にロギの内政と外交を捨てた大戦略とは親和性が高く、マッガデウスがやたら広く生産力のある人類国家を幾つも滅ぼしていなければ魔城歴1000年に到達する事は不可能だった。


「馬鹿め、死ね!」


 ゴブリンは耳を澄まさないと聞き取れない様な下手な人類共通語で叫び、玉座を目指した。それを見てアザンディオスは静観した。ロギが頼めば手を貸しても良かったが、肝心のロギがアザンディオスを制止させた。


「この様な雑魚にすら勝てないと思われては困る」


 ロギは再生したクラウンガーディアンに迎撃を命じようとした矢先、アリシアが飛び出した。


「ロギ様の敵なら容赦しません!」


「ア、アリシア!?」


 流石のロギもこの状況には混乱を隠せなかった。


「メスが! 死ぬまで犯してやる!!」


 ゴブリン達は玉座を狙っていた事を完全に忘れアリシアに群がった。万事休すと思われたその時、アリシアは床に落ちている聖剣ファイアブリンガーのグリップを握った。アリシアは最初から聖剣を求めて飛び出していた。


「まずい!」


 ロギはアリシアが生きたまま火達磨になるかと心配した。アザンディオスも眉を顰めた。


「えいやぁぁぁ!!」


 アリシアが力任せにファイアブリンガーを横に凪ぎ、斬られたゴブリンが火達磨になってのたうち回る。そこからは更に一方的だった。アリシアの戦いは完全にポーンの力任せでその動きには技術も術理も無かった。しかしそれは原初の暴力そのもので、その姿には一抹の美しさがあった。


「はぁ、はぁ……」


 屍の山の中央でたっぷりと返り血を浴びた体で立ち尽くすアリシア。


「良くやったアリシア。助かったぞ」


 ロギは色々と言いたい事があった。身を危険にさらした事を怒りたかった。考えなしに力を使った事を叱りたかった。それでもそれを全て飲み込みアリシアを褒めた。アリシアに必要なのは彼女の行動を肯定する存在だ。ここにアリシアの居場所があると知らせる方が重要だった。立ち回りについてはおいおい矯正すれば良い。信頼無き主従関係が破綻するのは時間の問題でしかない。


「えへへ、頑張っちゃいました!」


 アリシアは笑顔で答えた。誰かに褒められたのは数年ぶりだ。


「ロギよ、余は一度国へ帰る。見せて貰った貴様らの戦いを鑑みて、余からも少し戦力を都合しよう」


 戦いが終わり玉座の間の床から蠢き出した触手がゴブリンを吸収したのを見てアザンディオスが口を開いた。


「それは助かる」


 ロギは無駄に格好付けずにアザンディオスの助けを受け入れた。ロギ単独なら断ったが、今はアリシアがいる。ロギ単独では魔城の拡張とアリシアの面倒の両方を十全にこなす事は不可能だ。


「しばし時間が掛かろう。余みたいに転移は出来ぬ故に」


「ちょっと時間が掛かった方が寝室の用意が出来る」


 玉座の間しかない魔城に家臣を住まわせるわけにはいかない。アザンディオスもそれを計算した上での発言だ。多くを語らずとも二人は心の中で通じ合っていた。それだけ言ってアザンディオスは颯爽と消えた。


「ロギ様、次は何をしましょう?」


 二人きりになってアリシアが問う。


「そうだな……まずは服を着ようか?」


 ロギが目を逸らしながら言う。


「え?」


 アリシアはここで初めて一糸纏わぬ姿で大暴れしていた事に気付いた。ゴブリンが玉座の事を忘れてアリシアに挑みかかったのもさもありなんだった。


***


 大陸の南東に広がる大草原。そこには様々な部族が草原の支配を巡って永遠とも思える時間戦い続けている。その中で長く繁栄した三大種族の一つにゴブリンがある。多産で短命、知恵は足りず腕力も強いとは言えない。それが長く草原の一角を支配し、100年ほど前に当時は四大種族の一角だった獣人を草原から駆逐するほどの勢力になったのは偏にゴブリンの指導者がナイトの駒を持つマッガデウスだからだ。


 幾ら虐殺の騎士マッガデウスがゴブリンの最上位種だとしても、短い寿命には勝てない。ゴブリンの8割は最初の一年で死ぬ。ゴブリンで5年生きたら古老か臆病者のどちらかだ。魔城が健在な頃のマッガデウスの寿命は駒の力込みでも20年そこらだった。無論20年も生きた事は無かった。モンスターの大群を率いて暴れては人類に殺される。そして魔城の力で再誕する。それをずっと繰り返した。


 魔城が健在な頃、マッガデウスはその運命を当然と思い疑いもしなかった。男を殺し、女を犯し、それ以外を破壊しつくす。マッガデウスの世界は単純明快だった。そして彼は外の世界を知らないからそれで幸せだった。全ては魔城が滅び去った時に変わった。マッガデウスは血の匂いに酔った夢から覚め、一人で世界に放り出された。


 人類はそんなマッガデウスを執拗に探し出し、惨たらしく殺した。マッガデウスが生きている限りいつスタンピードが発生するか分からない。魔城が滅んだ今、もはやマッガデウスは再誕しない。人類はそう信じた。しかし魔城が滅びようとも魔城が生み出したマジックアイテムであるナイトの駒は機能し続けた。マッガデウスが次に目覚めた時、彼は大草原に住む弱小ゴブリン集落の集団保育穴に居た。


 マッガデウスは魔将の力、そしてゴブリン種基準では驚天動地の天才である知恵を使って一週間で集落を支配下においた。マッガデウスはそのまま外に打って出た。そして二回目の遭遇戦で獣人に頭から食われて絶命した。マッガデウスが気付いたら、彼はまた違う弱小ゴブリン集落の集団保育穴に居た。数回同じ失敗を繰り返したマッガデウスは攻める前に準備をする事を覚えた。


 この頃からゴブリンは草原の中堅種族に名前が挙がる様になった。しかしここでマッガデウスではどうにも出来ない問題が立ちはだかった。ゴブリンの寿命だ。マッガデウスほどの強いゴブリンでも持って10年。老齢のマッガデウスが下克上で殺され、再誕したマッガデウスが下克上でゴブリンの頂点を取り戻すまでの数年はゴブリンの衰退期となった。これを克服できない限りゴブリンに未来は無い。衰退期が定期的に訪れると他種族に見抜かれたら、その衰退期を狙ってゴブリンの大虐殺が発生するのはマッガデウスでも分かった。


 マッガデウス以外のゴブリンは知識の継承が出来ないために問題を解決する取っ掛かりすら掴めない。しかし幾度も再誕したマッガデウスはゴブリンが人間のメスに産ませた個体は比較的長寿だという事を覚えていた。長寿と長寿を掛け合わせたら更に長寿になるのではないか? マッガデウスはその理論までは分からなかったが、魔城が交配実験なるものを繰り返して特定の力を持つモンスターを作り出していたのは知っていた。幸い大草原には腰を振るゴブリンと異種族のメスには事欠かなかった。


 そして壮大なゴブリン牧場による交配実験の末、ハイゴブリンと言う新種が生まれた。多産のまま50年以上の寿命を持ち、知恵は人間並みで腕力もゴブリン以上だった。しかし生後3日経っても自分で立てない致命的な欠陥を抱えていた。ゴブリンは生後1日で自分の食糧を取り出す。ハイゴブリンのスペックが高くなった反動で子供である期間が伸びてしまった。本来ならハイゴブリンは失敗作として歴史の闇に消えた。しかしマッガデウス本人がハイゴブリンとして転生した事で事態が大きく動いた。


 ゴブリンの王位を取り戻したマッガデウスはハイゴブリン保護を国策とした。過去のゴブリンは指導者しかいなかったが、中堅勢力となった少し後に王政に移行していた。意外な事にマッガデウスが王位に就いたのはこれが初めだった。マッガデウスを下克上で破ったゴブリンが初代国王に就任していた。そんな初代国王はマッガデウスを討つために協力した獣人の騙し討ちに合い、無残な屍を草原に晒した。実際は強大なマッガデウスを討つために獣人が見込みのあるゴブリンを利用したのが真相だ。王位と言うのも新しい社会制度でゴブリンを混乱させる目的があったと思われる。


 マッガデウスはゴブリンの生態を把握していた。ハイゴブリンを保護すると宣言しても保護される事は無い。そこでハイゴブリン一人と異種族のメス三人を交換すると宣言した。その効果は劇的であった。ゴブリンの中にはメス欲しさにハイゴブリンを計画的に量産する部族まで現れた。そしてマッガデウスは交換用のメスを得るために他種族に延々と戦争を仕掛ける羽目になった。大草原では「ゴブリンキングのメス狩り」は100年以上経った今でも恐怖と共に語られる。


 ハイゴブリン種の保護から20年経って、ゴブリンの貴族層と言うべきものが出来た。その集大成として老いたマッガデウスは獣人に最終決戦を仕掛けた。マッガデウスは知っていた。自分が死ねば獣人は死に物狂いの攻勢に出て軌道に乗り出しているハイゴブリン種を根絶やしにすると。ゴブリンと獣人の正面決戦は獣人の勝利で終わった。獣人はゴブリンの命運がこのまま尽きると喜んだ。


 されど大草原に居た残りの二大種族が火事場泥棒の様に獣人の支配地を襲った。獣人が征服して抱えていた奴隷種族が反乱した。獣人が大草原から追放した弱小種族が大草原の国境沿いで蠢動した。勝利に気が抜けた獣人は全方面の攻勢に対応出来ず、マッガデウスが率いる後詰め部隊に決定的な敗北を喫した。これはマッガデウス、そしてゴブリン種が世界に誕生して以来初めて謀略を使って得た勝利だった。


 その少し後、マッガデウスが初めて寿命で死ぬ頃にゴブリンは大草原の三大種族となっていた。それから100年。マッガデウスですら王位に就けない事があるほどハイゴブリン社会は厚くなった。しかしまるで魔城が復活する事が運命付けられているかのようにマッガデウスは火柱が上がる10年前にゴブリンの高王となっていた。


「魔城が……復活した!?」


 マッガデウスは額に浮き出たナイトの駒を憎しげに摘まむ。


「ふざけるな! 今更魔城の下に付けというのか!! 俺様は断固として断る! 俺様はゴブリンの高王マッガデウス! 魔城の魔将には非ず!」


 そう宣言しながらマッガデウスは額にあるナイトの駒を力尽くで引き摺り出した。額に開いた大穴を見たゴブリンの家臣はパニックになったが、マッガデウスは一向に気にしなかった。そしてナイトの駒をその手で握りつぶした。


「ゴブリンども! 北方に現れた魔城はゴブリンの敵だ! 滅ぼせ! 滅ぼしたものには欲しいだけのメスを都合してやる! これをゴブリンの高王マッガデウスに誓う!!」


 魔城の近くに居るゴブリンはマッガデウスと交流がない。しかしゴブリンは弱い種族故に他の種族では理解できない連絡手段を持っている。伝言ゲームの様に魔城近くのゴブリンにマッガデウスの言葉が伝わった。そして彼らは高王の命令に従って魔城を襲う。ロギがその襲撃を経験値増加DLC程度にしか考えず機械的にゴブリンを駆除している事に気付かず、今日もゴブリンは死に続けている。

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