018 ホープエンド防衛戦 地下の戦い
「あれを止めろぉぉぉ!!」
ホープエンド領主フランク・ガルダーソンは声が潰れんばかりの大声を上げる。明らかに着慣れていない鎧を装備し、下腹が鎧の下から出ている。剣を握る手は弱く、三回全力で振り下ろせれば良い方だ。ホープエンド存亡の危機が目の前から歩いて来ていなければ、決して城壁の上で檄を飛ばす様な真似はしない。今の激だけで疲れたのか、倒れ込むように用意された椅子に倒れ込む。
「うおおおおお!!」
兵は勇ましく答えるも、動こうとする者はいない。兵とはいえ、八割は減税と交換に従軍すると約束している市民だ。誰一人とて本当に従軍するとは考えてない所で緊急招集されては士気が低いのは当然だ。彼らの住処であるホープエンドの危機ではあるが、現時点ではホープエンドが滅びればイスフェリアへ逃げれば良いと考えている。本気で勝てない敵に戦って怪我を負うのは馬鹿らしい。
ズシーン……ズシーン……。優に五メートルを超える背丈を誇るジャイアントストームゴーレムがホープエンドの東門を目指す。敵が一体ならホープエンドは決死隊を組織出来たかもしれない。しかしホープエンドに迫るジャイアントストームゴーレムは五体。それが三十体の通常サイズのストーンゴーレムと百体近くのグールに守られている。ホープエンドに城壁が無ければ百体近くのグールだけでもホープエンドは落とせる。明らかな過剰戦力が無言で迫る。
「野戦は無理だ」
イスフェリア冒険者ギルドのギルドマスターをしているウェスがフランクの側で言う。
「ならどうやって止める!」
「市街戦しかありません」
ウェスは領主が相手と言う事で幾分か柔らかい口調で話す。領主の首をねじ切って直接指揮を取りたい内心をひた隠しに忠臣の演技を続ける。
「私のホープエンドが!」
フランクの悲痛な叫びが辺りに響く。
「野戦で負けて全戦力を失った状態で市街戦をされますか?」
最初から助かる目は無い。ウェスはこれを狂獣が引き起こしたスタンピードと考える。スタンピードは不思議なもので、何故か最初に襲われる人類の拠点を破壊出来るだけの戦力が揃っている。スタンピードが発生すれば勇者が到着するまで遅滞戦術を取り、勇者が到着する事をひたすら祈るしかない。ウェスは勇者がこんな国にこないのを知っている。それでもホープエンドがイスフェリアのためにもっとも時間稼ぎが出来、尚且つ敵に少しでも多くの被害を与えられる戦法を強く推す。
「援軍はどうした! 連絡したのだろう!!」
フランクが一縷の望みに賭ける。領主とギルドマスターは王都に短い文章を送れる魔道具を所持している。狂獣討伐の命令はそれで伝えられ、ホープエンドの未来が狂った。そんな王都を頼るしかないほどフランクは追いつめられる。
「グラースエヴァン王国の王都にある冒険者ギルド本部から返事はありません。領主様はどうなのです?」
「無い! 何で無いんだ!!」
フランクは衆目の前だと言うのを忘れて頭を膝に埋める。「了解した」でも「イスフェリアに援軍を命じた」でも無い。完全に無言だ。それはグラースエヴァン王国がホープエンドからの連絡を受け取っていないと言い張るためとしか考えられない。グラースエヴァン王国はホープエンドを見捨てた。見捨てたとフランクは認めるしかない。しかし認めたくない。
「領主様、来ます!」
ウェスが領主を無視して指示を出す。ウェスがそこまでするのは越権ではある。しかしこの場で誰が領主の権利を担保するだろうか。頼みのグラースエヴァン王国は無言を貫く。もはや貴族も平民も無く、ただ今日を生き延びたい者達の集まりに成り果てる。
(この戦力で何処まで出来るか)
ロギは玉座の間で駒を動かしながらホープエンドの布陣を見て軽い眩暈を覚える。攻城を成功させるには戦力差三倍が必要だ。ロギはホープエンドの規模からギリギリその条件をクリアしていると考える。実は三十倍ほどの差がある事に気付けない。それ故にアリシアが到着するであろう三日後まで駒が全滅しない様に慎重に振舞おうと決意する。
(投石による攻城開始が鉄板だが、ルジャール達に当たるか)
ホープエンドの城壁は退く所は四メートル程度しかない。ジャイアントストーンゴーレムが投石すれば街中に岩が落ちて大規模な混乱を起こせる。ジャイアントストーンゴーレムの命中率は悪く、何処に落ちるか分からない。魔城のグールから逃げ惑う農民のフリをしてホープエンドへ潜入したルジャール達に当たる可能性はそこそこある。彼らの主戦場は地下だから大丈夫な方だと思えるが、上の道路を貫通するかもしれない。
(私は躊躇しているのか? いや、これは歴とした戦略に基づいた行為だ!)
『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で数万人の都市を一つ潰しても減少する敵国の人間数はただの数値でしかない。しかしこの世界の都市にはロギが人間と認識できる者達が住んでいる。アリシアを通して屋敷の人間を見ている。それを『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の時と同じように皆殺しにして良いのか。魔城が本能のみで動けば当然と答える。ロギはそう簡単には割り切れない。故にルジャール達を先行させて無差別空爆が出来ない言い訳を用意する。さもなければ魔城として戦略上不利な行為を正当化出来ない。
(そろそろ時間だ。派手な陽動を始める!)
ロギはジャイアントストーンゴーレムの一体に城門を攻撃する様に命じる。そしてホープエンド防衛戦が始まる。攻める魔城と護る人間の双方がただの脇役だと言う事を人間はいない。
「とにかく矢だ! 放て!!」
ズシーン……。ウェスの命令で動き出すジャイアントストーンゴーレムに矢を射掛けるホープエンド。ストーンゴーレムは打撃系以外の武器攻撃全般に強いが、特に矢に強い耐性を持つ。ストーンゴーレムを巨大化したジャイアントストーンゴーレムも同じく矢では傷一つ付かない。
(無駄に矢を消費してくれ。グールは意外と死ぬ!)
ロギは最初の読み合いで勝ったと喜ぶ。ジャイアントストーンゴーレムの蹴りが城門を揺るがす。一発で木片が飛び散り、城壁の石がぐらつく。
「城壁から退避!」
ウェスはその一撃を見て城壁が落ちると確信。抗議するフランクを荷物の様に担いで城壁から飛び降りる。
(動きが早いな?)
ロギはジャイアントストーンゴーレムの自爆で城壁上の人間を一層する気だった。実行前に逃げられては指揮系統が無事に機能する。ウェスは知らないが、彼の行動がロギの戦略に一番大きな罅を入れる。
ロギとウェスの思惑を別にジャイアントストーンゴーレムが三発目の蹴りで城門を破る。
(ゴーレムとグールはホープエンドの中へ!)
ジャイアントストーンゴーレムは大きすぎて入れない。ここで時間を消費するより被害を受けてでも市街戦になだれ込むのを優先する。ジャイアントストーンゴーレムには引き続き城壁の破壊を命じる。
「何でか分からんが、デカいのは中に入って来ない! 道にバリケードを作り足止めさせて槍で突け!」
ウェスは効果が微妙だと知りつつ、兵がギリギリ従うだろう命令を出す。フランクの「突撃!」の命令に従うのは騎士くらいだ。それもこの状況では怪しい。失う物が多い人間ほど逃げを選択する。ウェスはその波が防衛戦に大穴を開けない事を祈りながら戦況を見守る。
***
「ぎゃ!」
「襲撃だ!!」
「グールにしては動……」
盗賊ギルドが拠点とするホープエンドの地下ではルジャール率いるシャドーエルフの部隊が地下で動くものを所属問わずに狩る。マイケラスが調べた情報がアリシアからロギに伝わり、ロギからルジャールに伝わる。全容を掴むには程遠い。それでも初戦で盗賊ギルドを圧倒して、事実上の完勝に持ち込める程度の情報はある。しかしそれでもなおルジャールは焦る。
「盗賊ギルドなどしょせんは下っ端の実働部隊だ! 本命を逃すな!!」
ルジャールは盗賊ギルドのギルドマスターの右腕を名乗る無頼漢を猛毒を塗ったダガーで斬り捨てながら叫ぶ。魔城の本命はサキュバスだ。より正確に語るならサキュバスのリーダーが集めたホープエンドの人間の秘密を集めた文書だ。ロギはイスフェリアでこの文書がサキュバスが思うほど完璧では無いと身を持って知る。しかし世界でもっとも情報収集能力が無い組織として、サキュバスの情報は是が非でも手に入れたい。自前の諜報組織を立ち上げても、成果が出るのは早くて十年後だ。魔城の本能はそれまで待つ気が無い。一年後には大陸中央の大国であるグラースエヴァン王国を火の海に沈めるのが当然だと夢見る。
「た、助けてくれ! 金なら全部やる!!」
「サキュバスは何処だ!」
シャドーエルフの一人が問う。
「サキュバス? 知らん……がはっ!」
降参した盗賊を手荒に扱い口を割らそうとする。サキュバスを知らない盗賊に生きる価値無し。シャドーエルフが的確に処分する。
「閣下! 四つの拠点を制圧しました。しかしサキュバスに関する情報はまだ出ていません」
「何と言う事! 私は偉大な魔城様に何と申し開きすれば!!」
ルジャールに余裕が出来たのでいつもの大袈裟な口調に戻る。怖いほど有能なルジャールに一つくらい欠点があった方が可愛いと思われているのか、周りのシャドーエルフは「いつものだ」と白い目で見る。
「閣下! 当たりがありました!!」
そこにシャドーエルフの一人が息切れしながら転がり込む。
「おお、素晴らしい! それで、それで!」
「は、はい! 盗賊ギルドのギルドマスターと不意の遭遇をしました。なので敢えて手傷を与え逃がした所、事前の情報には無い場所へ向かいました。盗賊の捕虜を拷問した所、そこには何も無いと口を揃えて言いました」
「でかした! シャドーエルフを集結させて魔城様に私達の素晴らしさを見せつける!」
ルジャールの号令を聞き、地下に散らばったシャドーエルフが集結しながらルジャールの後を追う。このままホープエンドの指導者層を皆殺しに出来る程の戦力を揃えているシャドーエルフに怖いものは無い。
「閣下! 精神攻撃に反応する宝石が震えています!」
「サキュバスは近い! 油断するな!!」
ロギはアリシアがイスフェリアで陥った状態を危惧し、魅了が無効化が出来ないのなら警告を発する道具があった方が良いと思案する。それの試作品をルジャール達に持たせてある。ルジャール達は同じく支給された魅了解除ポーションをグイッと飲む。服用すると『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』ではしばらくの間は魅了に完全耐性を得る優れものとして重宝されていた。ロギはここでも似た効果があると期待する。
「隠し扉発見!」
「この位置は旧領主館の付近です!」
シャドーエルフが次々と状況を明らかにする。彼らの言葉を専門の筆記官が羊皮紙に書き殴る。万が一全滅してもロギに報告できる様にしている。
「攻め上がれ!」
ルジャールが先頭に立ち旧領主館の地下へなだれ込む。
「まさか、俺様を追って!?」
盗賊ギルドのギルドマスターと噂される初老の男が驚く。彼の後ろに控える数人の女性の殺気が膨れ上がる。
「お初にお目にかかる。私は魔城の将が一人ルジャール。とにかく死ね!」
交渉が始まると思って一瞬だけ油断したサキュバスに二十人近くのシャドーエルフが躍りかかる。この一団を排除出来ても、更に二十人ほどが地下から出て来る。シャドーエルフは鼠一匹を殺すにも全力で集団戦を挑む。相手は若い女性にしか見えないが、イスフェリアに居たそんな女性の同僚は魔将にすら魅了を通した。
「ちぃ! 男如きが!」
サキュバスマトロンが本性を現し、踏み込み過ぎたシャドーエルフ三人を腕の一振りで膾斬りにする。
「爪術!」
「鉄の剣を斬る!」
シャドーエルフが叫ぶ。
「そいつの動きを抑え、他を先にやれ!」
ルジャールがサキュバスマトロンと対峙し、手が空いているシャドーエルフが他を担当する。他にはサキュバスの集めた文書を根こそぎ奪うのにシャドーエルフがいる。サキュバスマトロンが聞けば憤死し兼ねないが、魔城とシャドーエルフはこの文書が大事で彼女については優先順位が低い。定期的に文書を奪えるのなら生かしても良いのではと冗談を言い合える程度に彼女を下に見ている。
「よくも私のネットワークを! 楽に死ねると思うな!!」
サキュバスマトロンは叫びながら強力な精神支配魔法を発動させる。
「偉大なる魔城様に感謝だ!」
完全無効化とはいかないが、ロギの用意したポーションが効果を発揮する。そしてルジャールは正気を失わない内に勝負を掛ける!
「取った!」
サキュバスマトロンの爪がルジャールを引き裂き、彼女は勝利を確信する。
「ぐふっ……そんな貴方は膾……」
次の瞬間、ルジャールの短刀がサキュバスマトロンの脇腹深く差し込まれる。
「よく見ろ」
「違う……男? 部下を犠牲に……貴方は私以上の鬼……」
サキュバスマトロンはそこで事切れる。
「シャドーエルフは全員は一人のために動く。情報を集めきれなかったが故の敗北だ」
ルジャールは自分が同じ立場にならない様に動かないといけないと感じ、自分への戒めとして口に出す。
「閣下、どうします? 探せばもっとありそうです」
「火を掛けろ! 確実に全焼させろ」
ルジャールはこれ以上ここに留まれば人間に発見されると危惧する。手に入らないのなら全損させる。燃え上がる旧領主館の煙は防衛をしている人間の肝を冷やし、ホープエンドの奥まで敵が潜入していると錯覚する。もはやホープエンド陥落は確実と思われたその時、一人の少女がホープエンドの西門に到着する。
「これは一体どういう事!?」
アリシアの叫びに答える者はいない。
応援よろしくお願いします。




