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004 キングの駒 アザンディオス

 アザンディオスが懐かしき魔城に出向く数刻前。アザンディオスは彼を封じる108重積層結界の中で詰まらなさそうにヴァンパイア楽団の演奏を聞きながら処女の鮮血が注がれたワイングラスを回していた。


 人類が魔城を滅ぼした事で人類の脅威は大魔王・・・アザンディオスのみとなった。しかしかの大魔王を討つ事は叶わなかった。替えが効かない勇者数人が自爆特攻すればその体を一時的に滅する事は出来た。しかしアザンディオスは一日もあれば完全復活してしまう。そこで人類は総力を結集してアザンディオスを封印する作戦を立てた。人類にとっては幸いにも「最強」を自認するアザンディオスは自ら罠へ足を踏み入れた。


 聖女数人を含む千人以上の生贄を持ってして発動した108重積層結界は見事にアザンディオスを封じた。結界発動時にアザンディオスは指先一つすら動かせなかった。彼は結界の中で人類に惜しみない賛辞を贈った。しかしそんな結界をもってしてもアザンディオスを封じ込められたのはたった一年だった。アザンディオスは五日で体の自由を取り戻し、一年掛けて結界を一つ一つ紐解いた。結界そのものを破壊するのならそれこそ五日目に自由になれた。


 108重積層結界を破壊せずに素通り出来るようになったアザンディオスは決戦の地に舞い戻った。そこでこの一帯がアザンディオス封国として独立させられたと知る。大神官をトップに据えた封印神殿しかない猫の額ほどの小国だが、これがアザンディオスには都合が良かった。大神官はおろか封国の誰もアザンディオスが自由になったと気付けなかった。


 アザンディオスは300年掛けて結界の中に明けぬ夜の国を作った。結界内の異空間を広げ、数万人のヴァンパイアが暮らせる暗黒の理想郷を築いた。封国の上層部を操り、結界の維持に処女の鮮血が必要だと仕向けた。おかげでほぼ毎日処女が結界の上でリストカットして新鮮な処女の血が雨となって降り注ぐ。非処女と男が血を流したら人知れずアザンディオス以外で結界を通過できるヴァンパイアが苛烈な報復を加えに行く。いつしか結界の上でリストカットする事が純潔の証明となった。


 最初の頃は積極的に動いていたアザンディオスだが、100年目を境に消極的になった。アザンディオス以外のヴァンパイアでも国を回せるのなら任せれば良い。そう考えたらこの明けぬ夜の国が色褪せて見えた。アザンディオスには100年以上音楽の修行をして一糸乱れぬ演奏を続けるヴァンパイア楽団も、今朝聖女から絞り出した処女の鮮血も灰色に見えた。彼の周りで彼を追い落とそうと策謀を繰り広げるヴァンパイア達の行動すら気には留めなかった。「いっそ本気で反乱してくれれば」とすら思っていた。


 ヴァンパイアの中では動かず椅子に座り続けるアザンディオスを不動王と揶揄する者が一定数いた。それほどまでにアザンディオスは動かなかった。そんな男がワイングラスを床に落として立ち上がる事など青天の霹靂であった。アザンディオスは左手を額に当て、薄っすらと浮かんでは消えた『キングの駒』の存在を懐かしんだ。魔城の特別な魔将にのみ与えられる五つの駒。この駒が今一度浮かび上がったのなら、死滅したはずの魔城が不死鳥のごとく蘇ったに他ならない。


 アザンディオスは困惑して狼狽するヴァンパイアを無視して魔城最期の地まで瞬間移動した。そこでウジ虫が我が物顔で玉座の間に屯している光景を見て激怒した。本来なら下級の眷属を召喚して駆除するウジ虫を手ずから滅ぼし、二度と転生出来ない様にその魂まで粉々に砕いた。


 邪魔者が居なくなったのを確認してアザンディオスがロギを見た。


「余が知らぬ古き知己よ……」


 アザンディオスに取ってかの魔城のみが同格の友であった。この魔城はまさしくかつての友だが、その友は目の間にいる男とは違った。


「ロギ・アルスヴァータだ。よく来てくれたアザンディオス」


 アザンディオスはロギの額にルークの駒を見た。ロギもまたアザンディオスの額にキングの駒を見た。二人は多くの言葉を交わさずとも魔城を通じた同僚だと理解した。だからと言って仲良く出来る保証は何処にも無い。最悪ここで雌雄を決する事になる。


「酷い惨状だな」


 アザンディオスが軽いジャブを放つ。


「目覚めたばかりだ。しばし時間をくれ」


 ロギは特に気負わず答える。


「余が手を貸そう」


 アザンディオスはロギを試した。ここでアザンディオスに頼る様なら友の晩節を汚さないためにもロギはここで終わらせるしかない。


「それだと詰まらないから不要だ」


 ロギはさも自然に答えた。ゲーマーとしては最初からレベル99の最強ユニットを使う事に忌避感があった。時間短縮の経験値増加DLCなら歓迎するが、最強ユニットを使ったごり押しでは動画サイトでリプレイを見るのと大差が無い。ロギは自身の実力で世界を切り開きたかった。それが魔城の本能と合わさり、世界征服の野望へと昇華された。


「詰まらない……か」


 ロギが断ったのを見てアザンディオスは一先ず合格とした。しかしロギの理由はアザンディオスの想像の遥か上を云っていた。


「ああ」


 ロギは一瞬答えを間違ったのではと冷や汗をかいた。幻影故に表情が分かり辛い事に助けられた。


「くくく……あーはっは! ここまで笑わされたのはいつ以来か!」


 途端に機嫌が良くなったアザンディオスが破顔一笑する。世界が詰まらなくなって全てが灰色に見えたアザンディオスは世界に色が戻る気がした。世界そのものは未だ灰色だが、魔城の周りだけは色鮮やかなに見えた。これを見られたのなら数百年の詰まらない日々を過ごした事にお釣りが来る。


「良かろう。余は表向きアザンディオス封国に封印されている。余の助力が欲しいのならその国を落とせ」


「分かった」


 ロギはその国の場所が分からなかったが、同意する事を優先した。それにアザンディオスは聞いても教えてくれない確信があった。アザンディオスはロギがこれからどう動くのかが気になっていた。知っている事を全て伝えるのは余りにも風情がない。


 ドサッ。二人の間の緊張が解けて油断したのか、玉座の裏に寄りかかっていたアリシアがその場で倒れた。その姿は痛々しく、適切な処置をしても長くは持ちそうになかった。


「アリシア!」


 手を指し伸ばすが幻影では彼女に触れない。特に不自然に彼女の首を圧迫している首輪が目に付いた。


「主人が死ねば首輪が首の骨を折る仕掛けだ」


 近くまで来たアザンディオスが物知り顔で解説する。


「解除は……無理やり引きはがせば良いか」


 ロギは手持ちのゴーレムのどれを呼べばよいか思案した。


「そこまでする必要があるのか?」


「世界の勝手なルールで私の所有物をもうこれ以上奪われたくないだけだ」


「ふむ……なら任せろ」


 アザンディオスは人類では破壊不可能とされる奴隷の首輪を軽く引きちぎった。


「感謝する……でもまだアリシアを救ったとは言えない」


 ロギはアリシアを視た。長年の暴力と酷使、さらに30近くの病気に蝕まれた体。先ほどの蹴りが致命傷となってアリシアは急速に死へ近づいていた。


「アリシアは、君は自由だ! 好きな事が出来るんだ! 諦めるな!!」


 ロギの必死の呼びかけにもアリシアは弱く笑顔を見せるしか出来ない。


 アザンディオスが興味津々で見守る中でロギは決断を迫られた。宝物庫にはこれほど状況が悪化した人間を救えるアイテムは入っていない。今から取りに行こうにも100メートル以上先に何があるのか知らない。アザンディオスに頼めば助けてくれるが、彼の信頼を失う。最悪アリシアを助けてロギを滅ぼすかもしれない。ロギの想像では、アザンディオスが魔城を友と呼んだのは魔城が世界征服に邁進していたからだ。女の子を助けるために動く魔城なんて失望されると恐怖した。


 ロギは何が正解か分からなかった。だから信じるまま行動した。


「アリシア、私の手を取れ。自分自身を捧げ、私の眷属として生まれ変われ」


 ロギは右手を差し出す。アリシアは手を取るべきか迷う。


「アリシアにはやり残したことがあるはずだ」


 ロギの言葉に最後に見た弟の泣き顔がフラッシュバックした。彼はまだ生きているのだろうか。彼はまだ泣いているのだろうか。


「……げる」


 アリシアは震える手をロギに重ねる。そのまま通過して床に落ちると思われたがアザンディオスがその手が落ちない様に支えた。


「アザンディオス!」


「偶然ここに居たに過ぎん。それに新たな眷属の誕生ならキングとして見届けるのは当然」


 アザンディオスは意外とノリが良いのでは、とロギは考えたが、今はアリシアを救う事に集中すべきとその考えを振り払った。


「玉座に。私がポーンの駒を用意出来るが、それだけでは足りない」


「宝物庫の聖剣か神剣を使うか? それともそこに転がっているファイアブリンガーか」


 アザンディオスも起爆剤の必要を痛感していた。


「そうだ! これを使えば!!」


 現時点で用意出来る最高の素材をロギは思い出した。


「これは! 余が真祖で無ければ近づくだけで滅せられていたかもしれん」


 玉座の足を隠すドレープを持ち上げたアザンディオスが呻く。


「あの下種が砕いてくれたおかげで使える素材になったのは皮肉だな」


 砕かれていなければ玉座が正位置に戻る事が叶わなかったかもしれない。アザンディオスが直接触れるとどんな反応をするのか分からないので宝物庫に眠っていた作業用のゴーレムに回収させる。


「鳳凰の卵か。……人類め、余の友の亡骸を冒涜した事、決して許さんぞ」


 アザンディオスが密かに怒りに震えた。


「玉座良し、少女良し、ポーンの駒良し、隠し味良し! 転生の儀を始める!」


 意識なく玉座にもたれ掛かるアリシア。その膝上にはアザンディオスが集めた卵の殻がある。ロギは虚空からポーンの駒を取り出しアリシアの額に当てる。ルークの駒でもある魔城は外に出ることが出来ない。そのため外部ユニットとしてポーンの駒を使役出来る。ポーンの駒は貴重であり、今のロギでは一つしか用意が出来ない。アリシアがポーンの駒として新生すれば隠し味の効果と合わさり劣化魔将程度のポテンシャルを持つはずだ。アザンディオスもこれほどの隠し味を使った結果がどうなるか楽しみにしているのが素振りから分かった。


 ポーンの駒がアリシアの額に吸い込まれると同時に玉座の周りの床から鮮明な色を持つ触手が生え出し、玉座を覆い隠す。アリシアの足りない肉を補うために玉座の間に転がっている他の死体も触手に取り込まれる。アリシアを中に入れた邪悪な子宮は脈打ち蠢いた。強酸性の液体が漏れ出したり、口無き口から奇声が飛び出した。それを自慢げに見るロギとアザンディオス。


 魔城に新たなる仲間が加わるのはそう遠くない。

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