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018 最後の城塞都市 ラストウォール

 大陸とフェリヌーン隷国を隔てる大山脈。絶望の関門から少し西に最後の城塞都市と呼ばれるラストウォールがある。かつて魔城の本拠地を攻めて人類連合軍に取って最後の補給拠点だったこの城塞都市はおよそ考えられる最悪の立地にある。この城塞都市を使うくらいなら南西に五十キロにある歓楽都市か北三十キロ地点から始まる農業地帯を使った方が遥かに建設的だ。それでも三百五十年前から建設が始まり、魔城が倒されても建設が終わらなかったラストウォールは絶望の関門を通ろうとする人間が立ち寄る最後の拠点として何とか存在し続けている。グラースエヴァン王国に取っては赤字だけ垂れ流して何も生み出さないこの城塞都市は頭痛の種だ。しかし破棄したり他国に譲渡するにはギリギリ勿体ないと思われる鶏肋だ。


 ラストウォールがこの地にあるのは偶然ではない。人類の足を引っ張るためにカレンティーナが最後の補給拠点を考える限り最も不便な地に建設される様に動いた。補給拠点そのものはカレンティーナが天地を動かしても建設される。それでもその立地を北東に五十キロ程度ずらすのなら可能であろうと考えた。魔城との戦い以外でもっとも人類を殺した、と言う謂れなき不名誉を背負う事になったラストウォールは見事にその役目を果たしたと言える。それが戦後三百年経った今でも残っているのは流石のカレンティーナでも想像できなかった。


「今日も絶望の関門が良く見えますね」


 ベルフラウはラストウォールの城壁上から誰に言うでもなく呟く。ダンピールの視力を持てば天候不順でも問題無く見える距離にある。人間なら今日の様な快晴で無いと見えない。ベルフラウの様な怪しい部外者が城壁に上る事は難しい。しかしラストウォールではそこら辺が緩く、ベルフラウの近くでは子供がボールを蹴って遊んでいたり、遠くでは酒の入った瓶を抱いた浮浪者がいびきをかいている。


 ベルフラウはもう一度絶望の関門を一睨みし、城壁から降りる。この地に足止めされて一月ばかり。ベルフラウの反対を押し切ってついてきた勇者レイオスには悪いと思いつつ、そろそろ東へ行かなくてはと考えた。最初はグラースエヴァン王国を横断して別れるはずだった。そこで別れていれば全員に取っての美談で終われた。しかしレイオス以下の勇者パーティーはベルフラウが帰って来られないと真の意味で分かった後から「一緒に行く」と言い出した。ベルフラウの任務から考えると迷惑この上ないが、レイオスの方が強いので強硬策が取れなかった。何回か夜中に抜け出そうと企んだが、毎回レイオスに気付かれた。


 一度、痺れを切らしたゲフェインが無理やりベルフラウを連れて行こうとしたが、レイオスが一刀の下にゲフェインを切り捨てた。ゲフェインは瀕死の重傷を負いながら全力で飛んで逃げた。レイオスはあのヴァンパイアがベルフラウの知り合いと言う事でわざと手加減した。こうなってはベルフラウとしては無理に逃げるのは下策だと認めるしか無かった。


 ラストウォールに到着してから、一度絶望の関門に赴いた。そこでレイオスが通行の可否を守備隊に聞いた。本来はあり得ない事だが、勇者の痛苦は拒否された。南の異星人(エイリアン)との戦いが激化している中で勇者を帰還できない僻地に送り出すわけにはいかなかった。ベルフラウは人類が珍しく正しい判断をしたと内心喜んだ。これで別れられると確信したのだが、レイオスがごねた。「勇者の使命」を持ち出して守備隊に迫った。最終的には人類代表会議に掛け合う事で落ち付いた。


 それは即ち、最悪数年はラストウォールで待機し、その後に却下される可能性がある最悪の展開だった。ベルフラウは焦っていた。「勇者の我儘」を聞くほど代表会議は暇ではない。理由を付けてグダグダ先延ばしされるのは分かっていた。そしてこれでは敬愛する父様の命令に反する。それは生きたまま四肢を引きちぎられるより苦痛だった。そう言う懸念が無いレイオスはラストウォールで溜まっている冒険者ギルドの依頼を精力的にこなした。ラストウォールは補給基地のために腕の立つ冒険者はここに常駐しない。そんな場所に勇者が来たら上も下も歓迎ムードだ。事実、レイオスが来てから五十年近く塩漬けされていた依頼が達成されたりと、ラストウォールが建設されてから初めて城塞都市の運が上向いた。


 幾分か風通しが良くなった道を歩く。ベルフラウの様なダンピールに取って掃除が行き過ぎた道は進み辛い。闇夜に紛れて活動するヴァンパイアは隠れる場所が少ない地形を好まない。レイオスと一緒に行動して慣れたベルフラウは特に気にせずに歩くも、とある女が路地裏から自分を見ているのに気付いた。


(立ちんぼかしら? こんな真昼間から?)


 ベルフラウは安娼婦の中でも最下級の娼婦かと思ったが、その服装はもっと上の階級の人間が着る衣装だ。路地裏でベルフラウを待っている様な立ち振る舞いは実に奇妙だ。しかし、そう言う変な存在に興味を引かれやすいベルフラウは臆さずに路地裏に足を踏み入れる。


「ご足労ありがとうございます、ベルフラウ様」


「あら、いつの間にそんな有名人になったのかしら?」


 ベルフラウはとぼけるも、彼女がヴァンパイアハンターだとすると少し厄介だ。凡百の人間に負けるとは考えていないが、レイオスの様な人間が居ると知った今では相手を侮る真似を控えている。ヴァンパイアの習性か、相手を侮らない事は出来ない。


「勇者様の横にいるダンピールの噂はかねがね」


 要領を得ない台詞を紡ぐ女性。ベルフラウは何らかの攻撃か時間稼ぎかと思うも、ベルフラウでは何も察知できなかった。


「それで?」


 なので話を素早く打ち切る事にした。一目散に逃げるのが正解に思えたが、誇りあるアザンディオスの娘が敵に背中を見せて逃げるわけにはいかない。


「フェリヌーン隷国への道を探していると聞きました」


「耳が良いと褒めましょうか?」


 レイオスが大声で聞いて回っているので、ラストウォールで知らない人はいないのでは無いかと思える。勿論、全ての人は判を押したように「絶望の関門以外に道はない」と答える。その答えが「他に道がある」と言っているに等しい。しかしレイオスとベルフラウではその道を発見できる方法を持っていない。


「取引といきません?」


「取引?」


「はい。私どもが必要としている情報があります」


「情報通を語れるほど手広くはないわよ。何が欲しいの?」


「フェリヌーン隷国にいるヴァンパイアの情報です」


「いないわ」


 ベルフラウは即答した。


「……」


「ヴァンパイアであの地へ行く栄誉を最初に与えられたのは私。前任者がいるわけないでしょう!」


 自信を持って宣言した。


「なるほど……」


 女の方は納得してない。けどなにか得たのかしきりに頷いている。


「あの地に居ると?」


「いえ、グールを大量に使う存在が居るのです」


「ヴァンパイアを疑うのは分かるけど、ゴエティックかネクロマンサーじゃないかしら?」


「その線で洗ってみます」


「そう。ならこれでお別れね」


「いえ、フェリヌーン隷国への抜け道をお教えします」


「あら、気前が良いのね?」


「勇者様が居ると商売に悪影響なのです」


 女は本当か冗談か分からない台詞を言う。ベルフラウはそれで相手がサキュバスだと気付く。ヴァンパイアハンターで無いので多少は気が楽になるも、サキュバスが勇者絡みでダンピールに接触する末期的な状況に軽い眩暈を覚える。


「なんか分かる」


 ベルフラウは適当に相手に合わせた。同意するのは癪だが、何も言わないのは負けた気がした。


「それで抜け道ですが、絶望の関門を南に向かった所に三つほどあります。一番近いのは徒歩で二日ですが、そこはモンスターの巣窟でお勧めしません。勿論、勇者様がモンスターを全部掃除……」


「次!」


「そのモンスターの巣窟から一日半の距離に大規模な密輸組織が使う洞窟があります。そこは通行料さえ払えば通れます」


「そんな所があるなんて」


「私どもの方から先方に連絡しておくので無事発見出来るでしょう」


 ベルフラウはその洞窟が何らかの方法で隠されていると考えた。サキュバスの技術とは思えない。密輸組織が何かアーティファクトを持っているのかもしれない。レイオスが馬鹿正直に突っ込まない様にしないといけないと思案に暮れる。


「それで最後のは?」


「密輸洞窟から更に三日か四日の距離に細い抜け道があります。人通りが無く、今も繋がっているか分かりません」


 特に隠す必要が無いのか、女はすらすら答える。


「分かったわ。要はその密輸洞窟を使えって事でしょう?」


「それは勇者様次第」


 選択など与えないと言わんばかりの笑みを浮かべて女は頭を下げる。


「情報ありがとう」


 ベルフラウはそれだけ言って路地裏を出た。後ろを振り返る真似はしない。女が居ても居なくても負けた気がする。


 レイオス達が泊っている宿屋に帰り、待つ事数日。南西の歓楽都市の娼婦街で武勇伝を作っていたレイオスが部屋に飛び込んでくる!


「ベルフラウ! 抜け道だ! 抜け道の場所が分かった!!」


「それはおめでとう」


「やはり直接攻めるより間接的に攻める方が……ん、それはなんだ?」


「抜け道で密輸に関わっている商会の情報よ。何処と接触するか決めて頂戴」


「お、おう?」


 レイオスはいつの間にか自分以上の情報を集めていたベルフラウに驚く。


「ベルフラウお姉さま、レイオス様ったら酷いんですよ!」


「どうしたのエミリー?」


「娼婦百人斬りとか言ってこれまで貯めた資金を全部使い込んだんです!」


「はぁ、またですかレイオス様?」


「お金を落とせば口も軽くなる!」


 レイオスは吹けない口笛を吹いて誤魔化そうとする。


「留守の間に少し稼いでおきました。数日は問題ありません。明日から商会を回り、それが終わったら討伐任務を受けましょう。そこそこ稼げそうなモンスターの目撃報告があります」


「流石ベルフラウ!」


「ベルフラウお姉さまが居なければ何回破産したか分かりません!」


 二人がベルフラウを褒めるが、ベルフラウは新参だ。レイオス達はベルフラウが居なくても問題無くパーティーを回していた。ベルフラウのために下手を打っているとは思えない。あるいはベルフラウが加わる前に何かあったのかもしれない。


「ふざけていないで、明日からしっかりやりますよ!」


 ベルフラウが一喝する。レイオス達は脱兎の如く霧散した。


「やれやれ。分かっているのかしら?」


 ベルフラウは調べ上げた商会のリストを見る。あのサキュバスは情報のために接触したと思ったが、レイオスの話と総合すると、最初から期待されていなかった。ベルフラウにはそれが癪だった。ヴァンパイアがいようといまいと構わない。勇者がフェリヌーン隷国に入ればそのグール使いは勇者を討つために動く。動かなければ勇者が彼を探し出し滅ぼす。勇者とはそういう存在だ。サキュバスの姦計で勇者と謎のグール使いが戦う未来は避けられない。ベルフラウはその混乱の最中にどうやったら父様の命令を遂行出来るか策を練り出す。

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