004 ギルドマスターのウェス
「これはどういう状況だ?」
訓練場の惨劇を一喝で止めた白髪のウェスは受付嬢を睨んだ。ホープエンドのギルドマスターは普段ならもう少し余裕がある。しかし討伐軍の敗北、更には冒険者の流出で日々頭を悩ませていた。グラースエヴァン王国が狂獣討伐の未達成を理由にウェスの処刑を求めて来るまで幾ばくも無い。
「トーラスが新人を奴隷に落とすために模擬戦を仕掛けました」
「止めろ」
冒険者の勝手を許す気が無いウェスは受付嬢を叱る。
「権限がありません」
受付嬢は悪びれず言い返す。受付嬢は冒険者が受けられる依頼関係で自由裁量を与えられているが、冒険者の行動を掣肘する事は出来ない。もし仮に出来たとしても制御出来ない暴力装置に「いいえ」と言える受付嬢がいるだろうか。冒険者のランクアップに関する発言権があれば多少はマシになるが、ランクアップの判断は現場に出ない事務方が独占している。ランクアップ審査に際して貰える賄賂を独占するために受付嬢はハブられている。数年に一回程度の頻度で発生する二級へのランクアップ審査では、袖の下だけでギルドマスターの年収を優に超える金額が動く。
ギルドマスターは受付嬢と事務方が対立している方が冒険者ギルドを掌握しやすい。自分の権力を維持するためにこの対立構図を残すどころか、悪化する様に火に油を注いでいる。ホープエンドが誇る二級冒険者パーティーである『巨人の鉄腕』と『輝く石頭』が壊滅したため、ホープエンドは深刻な上級パーティー不足に陥っている。一年以内に3~4パーティーが二級に昇格するのはホープエンドを維持するための絶対条件だ。となると膨大な賄賂が動く。懐が温かくなる事務方と安月給で生活が苦しい受付嬢。事務方からキックバックを貰いながら受付嬢を娼婦代わりに抱く日々が始まる。ギルドマスターが一人勝ちしているこの状況を変える理由が無い。
「それで新人はあの少女か?」
ウェスは話題を逸らした。下手に権限の話題を突いて受付嬢の権力が拡大すれば面倒極まりない。
「アリシアです」
「ア……リシアだと!?」
ウェスが大きく目を見開く。
「違うアリシアみたいです」
「違う? どうやって判断した!」
「見た目、そして首輪の有無です」
ウェスはアリシアの首筋を凝視する。首輪は無かった。首輪の痕跡でもあればと更に凝視したが、やはり何も無かった。アリシアの体は魔城が一から再構築したものだ。奴隷アリシアだった痕跡は残っていない。
「首輪か。確かにそれなら別人か。だが、前のアリシアが死んで次のアリシアが間髪入れずに現れるなどあり得るか」
「受付嬢は規定に沿って処理するだけです」
面倒事はお断りとばかりに話を切り上げる。冒険者ギルドは決して綺麗ごとでは回らない。受付嬢はギルドの闇を多く見過ぎて来た。その中でも「アリシア案件」は特に凄惨であり、彼女は出来る限り同名の冒険者と関わりを避けたかった。例え訓練場のアリシアが別人であろうとも、アリシアに仕立て上げられるのは避けられない状況だった。
ウェスは訓練場でローブを拾っているアリシアの一挙手一投足を凝視する。途端にアリシアが別人か確証を持てなくなった。
(あのビキニアーマーは貴族が愛人に着せて見せびらかす装備だ。となるとアリシアは生きていて何処かの貴族が愛人として囲ったか? 奴隷の首輪を解除するには奴隷商の力が必要だが、貴族なら裏で解除に手を回せる。いや、だが……三か月であそこまで姿形が変わるものか? 糞、面倒だが直接問い質すしかない!)
ギルドマスターが新人とサシで話すと、ギルドマスターがその新人に期待していると誤解が発生する。そう言う新人は何故か不慮の事故に会い二度と返って来ない。アリシアが別人であろうとも、嫉妬した冒険者に潰されるには惜しい体つきをしていた。ギルドマスターが奴隷商か貴族と結託するには調整のためにしばし時間が必要だ。その間に他の冒険者が私刑を敢行したらギルドマスターが得られる利益が減ずる。
「おい! あの新人にギルドマスターの部屋に来るように言え! 今回の一件を問い質す! それと誰か、トーラスを片付けろ。ああ、罰則依頼が残っていた者が数名いたはず。そいつらにやらせろ」
ギルドマスターは矢継ぎ早に命令を出した。受付嬢はそれを聞いて逃げようとしていた数名の冒険者を名指しで呼んだ。
***
冒険者ギルドの二階はギルドマスターと事務方の領域だ。ギルドマスターに呼ばれたアリシアは事務方に止められ無駄な時間を浪費した。アリシアの居る理由を知りながら敢えて邪魔をしたのは冒険者にマウントを取るのと同時にギルドマスターへの牽制だ。事務方は冒険者ギルドを自分たちが運営していると信じているらしく、現場上がりのウェスを見下していた。
トーラスと戦うより疲れた感じでアリシアはギルドマスターの部屋に到着した。
『待った。まずはノックをしてみろ』
ロギは前世の経験からこういう手合いは体裁を殊の外気にするのを知っていた。それしか無いから小さい事に拘る。事務方との関係を考えればこれで少しでも自尊心を維持しているのかもしれない。
コンコン。
「誰だ!」
「アリシア」
「遅い! 入れ」
ロギは考えが間違ってはいなかったと感じた。
「まあ、座れ」
ギルドマスターに促されアリシアが椅子に座った。
「本来は六級には名乗らんが、特別に名乗ろう。元準一級冒険者のウェスだ」
『準一級?』
「準一級?」
ロギとアリシアがハモった。こんな等級は聞いた事がない。
「そこか? 二級で引退した冒険者が冒険者ギルドの幹部になると与えられる等級だ。完全な事務方からの幹部と区別するために必要だ」
ウェスが自慢げに語る。冒険者からここまで上り詰めたのなら、若い頃は相当な実力を持っていたと推察出来る。ウェスは自分から語る事は無いが、若い頃は新進気鋭の冒険者パーティーで活躍していた。二級に昇格するかしないかの時期に貴族とトラブルになった。如何にモンスターを倒す術に長けていても、貴族の権謀術数には手も足も出ない。パーティーメンバーが一人また一人と離脱するか行方不明となった。進退が窮まったウェスに冒険者ギルドが手を差し伸べた。
当時、ホープエンドの冒険者ギルドが副ギルドマスターを探していた。ウェスはその話に飛びついた。それが自分達を破滅させた貴族の曲事だと気付いたのはホープエンドに到着してすぐの事だ。復讐しようにも西へ帰る道は閉ざされていた。ウェスは自分の人生に絶望した。そしてホープエンドの冒険者ギルドに切られたら生きる事すら立ち行かなくなる。何せ冒険者ギルドが二つしかない。そしてイスフェリアの冒険者ギルドはグラースエヴァンの貴族が独占していた。ウェスはその事実に気付いてからは貴族の忠実な犬としておこぼれを預かる日々を送る事を選んだ。
「凄い?」
「凄いのだ!!」
「おお!」
アリシアが純粋に称賛の声を上げる。ウェスは気をよくしたのか笑みを浮かべる。
「それで、アリシアは何処から来た?」
「西!」
「もう少し詳しく」
『気を付けろ』
『うん』
ギルドマスターが六級冒険者の出身地を聞くのは不自然に思われたのでロギはすぐにアリシアに警告を出した。
「え~と、ティファーニア農国の小さな田舎村」
アリシアはロギと決めた設定を羅列した。アリシアでは嘘をつけば露見する。なのでロギは村の名前だけ変更する作戦を伝えた。ロギはこれでも失敗する可能性があると胃を痛めていた。
「旧ティファーニアか」
ウェスの眉間のしわが厳しくなる。
「村が先月襲われた。父が東へ逃げろって言ったからここに来た」
「先月!? その襲撃者は何か言っていたか?」
「う~ん、『本物は何処だ?』と言っていた様な? どういう意味だろう?」
アリシアはその意味が分からずロギの考えた通りに話した。
「本物……。いや、あり得るのか?」
「うん?」
「何でもない」
ウェスは目を瞑って考えた。
(アリシアがもう一人いた。そして先月発見された。前のアリシアを探し出したどこぞの貴族勢力が血眼になって彼女を探しているはずだ。前のアリシアが生きていたよりあり得る話だ。それに少し考えれば、アリシアとティムが同じ村に居た方がおかしい。あの様な貴族が居るのなら、二人は別々に育てるはずだ。)
ウェスが二人の正体を教えられていれば、更に的確な分析が出来たかもしれない。しかし西から来る手紙にはそこまでの情報は無かった。ただ上手くやれば賄賂のキックバックが霞むほどの金貨を約束されていた。そしてアリシアが死ななかった年にはかなりの量の金貨が届けられた。
(想定通りか?)
ロギは黙って状況を観察した。人間は自分の信じたい様に事柄を捻じ曲げる。目の前のアリシアが奴隷アリシアだったと認めるより、新しいアリシアだと認めた方が精神衛生上良い。後は思い込みを補正するだけの事柄を羅列すれば勝手にドツボに嵌る。ウェスは純粋に利益面でアリシアが違うアリシアである事を望んだが、結果が同じだったのでロギは気付かなかった。
「その装備は最初から持っていたのか?」
ウェスはふと気になって聞いてみた。どこぞの貴族が愛人として囲っているのなら対応を考えないといけない。複数の貴族が取り合っているのなら、上手くやれば二重取りすら可能だ。
「旅先で親切なおじさんがくれたの!」
「そ、そうか」
ウェスは「それは絶対に違う!」と口に出るのを寸での所で止めた。大事なのはそのおじさんの意図だ。名乗らず渡したのなら名前を知られては困るのだろう。そしてそうなると冒険者ギルドの情報網を持っても特定できるか分からない。だがアリシアの想定ルートから彼女が会った人間を割り出せば行けるかもしれない。ウェスは現役時代に戻ったかのような謎解きに気が急いだ。
「それだけ?」
「そうだな。冒険者になった理由とか目標はあるか?」
「一級になる!」
「一級か。難しいが不可能じゃない」
ウェスはアリシアの余りの眩しさに顔を横に向けた。ウェスも駆け出しの頃はアリシアみたいに純粋な頃があった。今のウェスには暗い打算しか残されていなかった。一級を目指すのなら数年はこの冒険者ギルドに滞在する。ウェスは仕込みをやるには十分な時間を稼げると知ってほくそ笑んだ。
「明日から頑張る!」
「もうこんな時間か。宿はあるのか?」
「ない!」
「なら冒険者ギルドを出て右に三軒ほど進んで左に回れ。しばらくすると『カモの寝床』と言う宿屋がある。昔からの知己がやっているから安全だ」
ウェスは親切心から発言したわけではない。自分の息の掛かった宿屋を紹介する事で仕込みが出来るまで商品の価値を維持しようと企んだ。
「行ってみる!」
疑う事を知らないアリシアは上機嫌で指定された宿屋を目指した。
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