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002 冒険者登録

『ここが冒険者ギルド!!』


 ロギはファンタジーの定番である冒険者ギルドに並ならぬ興味があった。アリシアの記憶からギルドが場末の酒場と格安の娼館が悪魔合体したとしか思えない何か(・・)だと知ってショックを受けた。そして実物をその目で見て言葉を失った。それでもロギが想定していたより遥かに綺麗で静かだった。討伐軍の失敗で冒険者ギルドに所属している冒険者の多くはイスフェリアに逃げた。あちらの方が生活は苦しいが、ホープエンドに留まれば確実に勝ち目のない戦に参戦させられる。社会の底辺として唾を吐かれながらも前線でモンスターと戦っているだけに嗅覚は鋭い。


 逃げた冒険者はイスフェリアが本腰を入れて軍を派遣しないとホープエンドは持たないと読んだ。そしてイスフェリアはホープエンドの滅亡を拍手喝采で迎える事はあっても、援軍を出す事は絶対に無い。イスフェリアとホープエンドは仲が悪かった。理由は不明だ。ロギが不仲の事を聞けば、「自作自演」と一発で見抜けた。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』だと一勢力は最大限効率的な戦争を志した。なので政治的な理由から足を引っ張る事をしなかった。ロギは敵国家は最大効率で動くと思い込み、戦略的なミスを犯してしまった。


 アリシアは床を濡らす液体を踏まない様に軽やかにステップを踏んだ。過去のアリシアなら気にせず直進していた。下手に回避しようとすれば殴られていた。


『登録する?』


『……するしかない』


 アリシアの問いにロギは断腸の思いで答えた。人間のふりをして中から食い破る作戦を破棄する寸前まで行ったが、何も始まっていない内から予定変更はアリシアの教育に悪いと思い自重した。そして『試して駄目なら即滅ぼす』と言う二段構えの作戦に何ら変更が必要ないと気付いた。現場で辛い思いをするのはアリシアだ。玉座の間で待つしか出来ないロギは「アリシアが諦めるまで全力でサポートしてこそだ」と思いを新たにした。


「登録したい」


 アリシアはギリギリ鼻下より低いカウンターに寄りかかって受付嬢に話しかけた。爪を研いでいた受付嬢は面倒くさそうに一枚の羊皮紙を取り出した。美容に気を遣っているのが目に見えたが、顔のしわを見る限りもはや無駄な努力になっていた。奴隷アリシアが初めてここに来た数年前から中堅受付嬢をやっていた。となると彼女の年齢は余裕で三十歳を超えている。アリシアは受付嬢が男を顔で引っ掛けられない分だけで安全だろうと考えた。


「代筆なら銅貨十枚」


「書いて」


 アリシアは大銅貨1枚をカウンターに置く。アリシアは計算は出来なかったが、経験則から大銅貨一枚が銅貨十枚と等価だと知っていた。


「面倒ね。名前は?」


 受付嬢はそう言いながら羽ペンを取る辺り、最低限の就労意欲はあった。


「アリシア」


「アリ……シア」


 一瞬受付嬢の腕が止まった。見守っているロギも心臓が飛び出しそうになった。


「何か?」


 アリシアが首を傾げて問う。何も気負う事が無い自然体を見せられた受付嬢は心配のし過ぎだと首を振った。


「ん、何でもない。自由人?」


「うん」


 アリシアはフードを取って首を見せる。奴隷なら必ず首輪をしている。それが無いのならアリシアは他が何と言おうと自由人だ。本来ならもっと高度なシステムを構築して管理すべきだが、「奴隷の首輪は破壊不可能」と言う嘘が真実としてまかり通っている弊害が如実に表れた。無論、ロギとアリシアに取ってはその方が良かったので二人に文句は無い。


「他人……ね」


 名前に続いて顔を見た事で受付嬢は眼前の少女と死んだとされる奴隷の少女が何となく似ている気がした。眼前の少女は押しも押されぬ美少女だ。あの奴隷とは美しさも、背の高さも、何もかも違った。それでも長く人を見て来た受付嬢のカンがどうしても拭えない違和感を訴えていた。


『ギリギリセーフか』


 ロギは安堵し気が抜けた。アリシアが名前を変えないと主張したので、ロギは気が気では無かった。何回か翻意を促したが、こればかりは何を言ってもアリシアは折れなかった。ロギはアリシアの決意の固さに白旗を上げるしか無かった。


『ありきたりな名前』


『油断だけはするな』


 ロギはこの世界に住む人間の名前に詳しく無かった。なのでアリシアが一般的な名前か判断が付かなかった。アリシアの記憶を共有した時に知った限り、アリシアと言う名前は3回しか聞いていない。そしてロギの魔将(ポーン)以外の二人は両方ともとある王国の女王だった。アリシアの父親は「祖母に肖った」と言っていたが、それがティファ―ニア王国最後の女王たるアリシア3世だとすると……アリシアには王族の血が流れている事になる。


 ロギはアリシアに伝えていないが、ホープエンドの滅亡でアリシアの過去に関する情報が途切れるのを懸念した。アリシアの奴隷時代は生き地獄すら生温い地獄だった。そこまで執拗に痛めつけ、尚且つ決して死なない様にするのは相当無駄な労力が必要だ。ホープエンドの支配層が一枚噛んでいるのは簡単に想像出来た。アリシアが冒険者として活躍すれば必ず動く。少女一人と侮った所を魔城の全軍で粉砕する。アリシアを痛めつけた人間に鉄槌を下す。実に簡単な作戦だ。もはや成功は約束されたのも同じだ。


「魔法は?」


「使えない」


 これは嘘だ。魔法を使えるのは黙っていた方が良いとロギが入れ知恵した。討伐軍に参加した魔法使いの数は少なかった。そして『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の最下級魔法ユニットとした通用しそうなのは数人だけだった。その惨状を目の当たりにしたロギは魔法が衰退したと仮説を立てた。なので自分の魔力を暴走させる事で『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の最強魔法に匹敵する破壊力を叩き出せるアリシアには「魔法を見せるな」と言い含めていた。


 アリシアが暴走以外の方法で魔法を使えれば、魔法を使えると言わせても良かった。ロギは金を払ってでもアリシアに魔法を教えられる人間を探したかった。しかし並の人間ならアリシアを売り飛ばすと言う絶対の自信のあった。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では制御出来ないほどの力が足枷にはならなかったので、ロギは今後の行動に迷った。更にアリシアの記憶では魔法は厳重に秘匿されているらしく、前世みたいに「家庭教師の募集を掛ける」と言う手が使えそうになかった。


「前衛戦士ね」


「うん」


「もう十分」


 それだけ言うと受付嬢は羊皮紙に追加で色々書き殴った。事務処理に必要な手続きか、俗に言う新人冒険者のテンプレで一々聞くまでも無いのか。ロギには興味が無かったので調べる気すら起きなかった。しばらくすると受付嬢が一枚のカードを提示した。


「六等級アリシアのカードよ」


「六?」


「ええ。冒険者は六等級から始めて、最後は一等級まで上がる。六等はゴミ、五等は死ぬ、四等は半人前。これだけ覚えたら当面は十分よ」


「うん」


 余りにもざっくばらんな説明だ。胸チラしながら懇切丁寧に一から全部説明してくれる受付嬢はしょせんファンタジーなのか、とロギは軽く絶望した。


 受付嬢の説明に続けるのなら、三等は人間、二等は貴人、そして一等は眉唾。一等級にならないと西へ行くことが出来ない。しかし一等級の冒険者は大陸を探しても数人しかいない。そもそもの問題として冒険者を一等に認定出来る機関がフェリヌーン隷国に存在しない。ロギとアリシアはそれでも西へ行ける正攻法があるのではと思い冒険者になる選択をした。奴隷アリシアのオーナーであった三等級のガルスは西へ帰れる確信を持って魔城を攻めた。彼がただ単に冒険者ギルドに騙されていたのか、三等にまで上がらないと分からない何かがあるのか。ロギが他の準備をしている間にアリシアは三等を目指す事になった。そこで新しい道が開ければ良し。開かなければ最初の予定通り魔城の軍事力で道にある全てを踏み潰す。


「おいおい奴隷(・・)のアリシアじゃないか。また犯されに帰って来たか?」


 手続きが終わって帰ろうとした矢先、冒険者ギルドに入って来た男の発言によって状況が一変した。冒険者ギルドの誰もがアリシアの方を見た。


『知らないふりだ!』


「誰?」


 ロギのアドバイスはアリシアが行動に移る直前に間に合った。間に合わなければその男は死んでいた。そしてそこからなし崩し的にホープエンドは滅んでいた。


「このトーラスを忘れるとは!」


 トーラスが舌なめずりしながら言う。


「トーラス! その子は奴隷ではありません!」


 受付嬢が声を上げてトーラスを制止した。


「なら立場を教えて首輪を嵌めたら良いだけじゃないか!」


『おいおい、まさかそんな事が通るのか?』


『一般的』


『なんだと!?』


 ロギはアリシアの説明に驚く。ロギが共有したのは記憶であり、過去アリシアの感情や考えは分からない。アリシアは自分の経験から無実の人間でも簡単に奴隷に落とされると考えていた。ロギはそこまで状況が酷いとは考えていなかった。ロギはアリシアと出来る限り認識の差を埋めようとしたが、原則的に二人しかいない魔城の中ではそれには限界があった。


「トーラス、奴隷にしたら俺に抱かせろよ!」


「馬鹿、俺が先だ。銀貨数枚なら出すぜ!」


 屯していた冒険者が好き勝手囃し立てた。


「大人しく奴隷になれば今日は壊さないでやるぞ?」


 有象無象の声援を受けて気が大きくなったトーラスが一層尊大な態度で宣言する。


「いや!」


 アリシアは当然の様に拒絶する。


「くくく、なら可愛がってやるぜ……訓練場でな!」


『訓練場?』


「訓練場?」


 奴隷時代は武器を持たせて貰えなかったアリシアに取って訓練場はただ犯されるために行く場所だった。冒険者がそれ以外の用途で訓練場を使うとは知らなかった。


「知らなかったか! 等級が上の冒険者の誘いを理由なく断ればペナルティだ! 見た所貴様は六等。一気に奴隷落ちしても不思議じゃない!!」


 トーラスが勝ち誇った様に言う。


「本当?」


 アリシアが受付嬢がを横目で睨んだ。


「模擬戦の誘いを断って奴隷落ちはありません」


「だが俺が進言したら、通る! 勿論名を連ねた他の奴らにはアリシアを犯す優先権をやるぞ!!」


「「うおおお!!」」


 外野が騒ぐ。


「そう言う事例が過去に発生しなかった、とは言えません」


 冒険者ギルドと冒険者が共謀して特定の冒険者を破滅させた事があったか。ロギがそこに存在していれば、容赦なく冒険者ギルドを滅ぼす決断を下していた。


『逃げるなら手を打つぞ?』


 不在だからこそ、まずはアリシアの安全を優先した。


『逃げない!』


『分かった。あんな雑魚にやられる事は無いから気楽にやれ』


 アリシアがスペック通りの力を発揮できれば絶対に勝つ。余裕で勝つ。それを出来ないのが問題だ。アリシアは自分が人間だと言う自覚があった。それが彼女の足を引っ張っていた。ロギはそこら辺を疑っていたが、それをアリシアに言うのは酷だと思い黙っていた。長い目で見るのなら、戦いの中で徐々に強くなれば良い。


『ん!』


「訓練場は何処? ぶっ殺す」


「殺人は禁止です」


 受付嬢が突っ込んだ。


「半殺し? 八部殺し?」


 人一倍可愛い上目遣いで懇願する。


「怪我を負わせるのが駄目です」


「腕一本」


「駄目です!」


 食い下がるアリシアに譲らない受付嬢。平行線のままアリシアとトーラスは訓練場へ移動した。訓練場の観客席には先ほど酒場で飲んだくれていた冒険者が大挙した。耳をすませば「アリシアに一本!」とか「トーラスに賭けるから金を貸せ!」などの会話が聞こえた。大穴狙いでアリシアに賭ける奴以外はトーラスの勝ちを信じていた。


「両者、刃引きした武器を選びましたね? 殺害、および重傷に至る攻撃は禁止です! では、始め!」


 受付嬢の号令でアリシア対トーラスの模擬戦が始まった。

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