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002 ロギ・アルスヴァータ

 その日、世界の北東で天にまで登る火柱が上がった。民はついに終焉の時が来たと嘆いた。真実をする一握りの権力者は60年前に仕掛けた禁術が成功したと喜んだ。その喜びが絶望に変わるのに一日と掛からなかった。そして彼らは禁術の代償でこの世界へ流れ着いた何か(・・)の対処をする必要性を認識しながら、対処するために必要な手を打てず仕舞いだった。幸い、北東の地と大陸全土は大山脈で分断されている。そして唯一の通路には何人たりとも西へ通さない嘆きの関門がある。嘆きの関門がある限り、北東に何が誕生しようとも封じ込めると楽観視した。


 人類の注意は南西へ向いた。80年ほど前に突然世界を侵略し出した異星人エイリアン。人類は彼らとの会話を試みたが、全てが不首尾に終わった。今日までジワジワ押されながら南西に押し止めていた。しかし禁術成功から一日で発生した一連の出来事で人類は開戦以来の大敗北を喫し、前線は大きく後退した。新しい防衛ラインは防衛陣地を張るに適した地形が無く、防衛ラインそのものも以前の二倍の長さになってしまった。もはや人類は限界に近かった。次に敗北を喫すれば一気に大陸は異星人エイリアンの手に落ちると皆が危惧した。


 そんな事態になっているとは知る故も無いロギ・アルスヴァータはただ一人廃墟に佇んでいた。いつからそこにいたのかすら分からない。気付けばそこに居たとしか言えなかった。


「空はこんなに青いものだったか」


 天井が無い廃墟から見上げれば、青空が広がっていた。


「そう言えば青空を見たのはいつ以来だ?」


 ロギは初めて見たはずだが、かつて見た記憶があった。


「昼夜逆転の生活をしていた男の記憶だと? それが私か?」


 ロギは必死に思い出そうとするも、男個人についての記憶は乏しかった。ただ男がモニター越しにみたものは全て鮮明に覚えていた。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』を始めとしたやり込んだ数々のゲーム。暇つぶしに動画サイトで見た実生活では何の役にも立ちそうに無い数々の動画。課金して一喜一憂したガチャ。


「そうだ! あの時、卵が孵った!」


 ロギは廃墟を見渡した。四角い部屋の四方の壁は傷んでいるが大きな穴は開いていない。装飾品の類があった跡が日焼け具合で分かるが、今は何も残されていない。唯一の出入り口である観音開きの扉は片方が地面に落ちている。もう片方も上方の留め具が外れて傾いている。眼前には一振りの剣が落ちている。


「ファイアブリンガー?」


 ロギは剣を取ろうとするが、彼の手は柄をすり抜けた。指は手のひらで止まったので、幻影であろうとも自分を貫く事は出来なかった。


「……当然か。私は魔城。この姿では現世に干渉できない」


 ロギは振り返った。玉座に座れば人型の幻影から魔城に戻れる。本来ならそんな事をせずとも魔城の支配領域でなら幻影と魔城の操作を切り替えられる。それが出来ないと言う事は玉座に何か異常があった場合のみ。そしてロギの懸念は当たった。


 玉座が横転していた。あの男が最後に見た通りの光景と寸分違わない形で倒れていた。これでは魔城としての力を発揮できない。大地からマナを吸い上げて自身の力にする事も叶わない。このままならいずれマナが枯渇してロギは消滅する。それが一日後なのか百年後なのかロギには分からなかった。そこに思い立って、ロギは一つの真実に気付く。


「ここは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の魔城か! この魔城は一度滅び、何故か私が魔城になったのか!」


 ロギの考えを裏付けるかの様に、玉座のあった場所に割れた卵の殻が転がっていた。魂だけの男が体だけの魔城と一緒になって生まれたのがロギ・アルスヴァータだった。ロギはこの仮説が正しい前提で思案に暮れた。


「魔城でありながら人間の感覚が残っているのはそのためか。私自身の記憶に欠落があるのは魔城になる際に整合性が取れない記憶が削ぎ落されたからに違いない。私が見た記憶がそのままなのは、魔城が見た記憶として違和感が無いために違いない」


 ロギはグルグル歩き回りった。傍から見れば独り言を呟き、時には奇声を発する不審人物にしか見えない。日が暮れる頃にはある程度状況の整理が終わった。ロギに取って現世へ干渉出来る手段が無いのが特に致命的だった。玉座を立てるだけ魔城として最低限の力が戻るのに、そんな簡単な事すら出来ない状況に苛立った。


「クラウンガーディアンは再生していないか」


 玉座の間にその残骸と思えるものが二つほどあったが、ロギが近づいても反応が無かった。手を突っ込んでみても回復のためにマナが吸われる感じがしなかった。幾らクラウンガーディアンの自己回復速度が遅くとも、マナに一切の動きが無いのなら回復していないのは間違いなかった。


「宝物庫には作業用のゴーレムがあったはず。くっ、インベントリは分かるのに中身を取り出す術が無い!」


 魔城には普通の宝物庫以外に虚数空間内に存在する宝物庫がある。ロギは泥棒対策でそこに聖剣と神剣の類を保管していた。そしてそれらはまだ魔城の宝物庫に眠っていた。玉座そのものが宝物庫の鍵の役割を担っており、玉座が倒れている状態では開かない。


「魔将が来て助けてくれる……とか?」


 最後は投げやりだ。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』には魔城のバックアップを受けて絶大な力を発揮する魔城の英雄たる魔将が存在していた。不死の王アサンディオス、放蕩の女王カレンティーナ、冒涜の司祭ケーレニオン、そして虐殺の騎士マッガデウス。ロギは彼らが全員討たれたとは思えなかった。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』のエンディングが始まった際に復活していなかったのはマッガデウスだけだ。カレンティーナは人類連合に忍び込んでいたので所在は不明だが、老若男女を篭絡する達人がやられるとは思えなかった。ケーレニオンにはダンジョン攻略を命じていたので、この世界にダンジョンがあればそこにいる可能性が高い。アサンディオスは飛び地で好き勝手やっていたとしか覚えていない。魔城としての機能が復活すれば彼らの安否が分かる。しかし現状では何も分からないし、彼らも魔城が復活した事に気付けない。


「ふっ、この姿を見られた方が問題か?」


 彼らはロギの対等な仲間であった。決して部下ではない。廃墟と化した魔城を見て大人しく手を貸すだろうか。「一思いに楽にする」と言って止めを刺す事を選びそうだ。


 八方塞がりなのが分かったロギは散歩をする事にした。人間なら現実逃避出来たが、魔城の本能が休むことを許さなかった。魔城の領域内なら活動できるが、領域が何処まで広がっているのか検討が付かなかった。なので領域の範囲を調べ、領域内で異常があれば記憶しようと動き出した。


 玉座の間を出ると、そこは平原だった。玉座の間を出る前から外に多少の緑が見えていたので、魔城の大部分が自然に帰ったのは覚悟していた。


「壁は何処に行った?」


 それでも三重城壁の一つくらいは残っている事を期待していた。しかし実際には何一つ残っていない。ロギに知る術は無かったが、卵が孵った余波で城と三重城壁が吹き飛んでいた。


「バリスタゴーレムを使う案は無しか」


 これがゲームの魔城ならバリスタと一体化したゴーレムが100体は城壁の上に存在していた。ロギは動くのが1体でも残っていればと期待したが、その期待は木っ端微塵に粉砕された。


「平原を少し行くと森か。感覚的に平原は支配領域だと分かる」


 魔城の支配領域は半径100メートル弱の円形でしか無かった。かつて大陸の3割を支配していた魔城にしては余りにも悲しい現実だ。


「あれは!」


 ロギは領域で草と岩では無い唯一の物を見つけて進む。そこにはバリスタ矢が大量に刺さっていた。鉄で出来たのは既に風化したのか残っていなかった。しかしドワーフが作ったアダマンタイトのバリスタ矢は原形を留めていた。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で聖女を串刺しにしたのはこの場所だ。バリスタ矢の刺さっている位置から何処に壁があったのかが何となく分かった。


「ドワーフの頭がおかしい技術力は凄い」


 触れないバリスタ矢に指を這わせながらロギは呟く。その指が下の方に近づくと泥に埋まっている何かに目を奪われた。


「ビキニ……アーマー!?」


 魔法王国時代の鎧はバリスタ矢同様に残っていた。ただしこの発見はロギを大きく悩ませた。


「遺体の回収すら出来なかった?」


 ロギにはゲームの設定が何処まで有効か分からなかったが、聖女は人類の象徴だ。魔城を倒した後なら回収は容易なはずだ。卵が孵った余波で誰も近づけなかったのが真相だ。


「今考えるとファイアブリンガーが落ちていたのも変だ」


 ゲームの聖剣ファイアブリンガーは原初の火を宿すと言われた曰く付きの聖剣だ。祭器として祀り上げる国が居てもおかしくないし、ゲームでは魔城が滅ぼした国にある神殿跡から勇者となる男が掘り出して魔城攻略を神々に誓う。


 異常に気付けてもロギが出来る事は何も無かった。彼は待つしか無かった。そして待つ事3日、状況を動かしうる駒が魔城の支配領域に足を踏み入れた。

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