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001 リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム

以前から語っていた旧作『テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~』のフルリメイクです。


 茹だる様に暑い夏。蝉の大合唱をシャットアウトするためにヘッドホンを付けた一人の男がクーラーの無い部屋で黙々とゲームを遊んでいた。もはやレゲーに片足を突っ込んだ『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』と言うゲームは発売当初からカルト的な人気を誇っていた。しかし余りのクソゲーぶりから発売から一年と持たずにアップデートサーバーが閉鎖され、開発会社は消滅した。それでも一部のコアなファンは残った。彼らは一様に「エンディングを見たい」と言う欲望に駆られ、日々新しい攻略法を試してはその長き敗北の歴史に新たな一ページを追加した。


 何が彼を焚き付けるのか。それは偏に『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』のゲームコンセプトが「滅びるまで何年生き残れるか」だと言うのが大きい。大抵のゲームなら魔王を倒すなり世界を征服するなりでエンディングが始まる。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』ではプレイヤーが担当する国は最後に勇者に滅ぼされてゲームオーバーになる。これは迫りくる勇者を出来る限り撃退して、存在しないエンディングまで粘り続けるゲームだ。しかし一部のファンはエンディングがあると固執し、諦める事をしない。既にリバースエンジニアリングでソースコードは調べ尽され、クラックでゲームファイルは取り出されている。そしてそれらを調べてもエンディングがある裏付けにはならなかった。


 様々な憶測と嘘ニュースが流れる中で、コアなファンたちは一つの可能性に賭けた。魔城歴1000年。千年王国を達成すれば何かあるはずだ。そう信じて多くのプレイヤーが玉砕した。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』は年代が進むごとに敵が強くなる。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』は支配領域が増えると敵が強くなる。終盤になれば最弱の雑魚でもHPが1000倍以上になる。プレイヤー戦力のHPは良くて三桁だ。終盤だとプレイヤーが用意出来る最強戦力は最弱の雑魚に撫でられるだけで消滅する。


 この様な事態に対処するために魔城歴1年から準備しないといけない。否、この理不尽なゲームバランスに負けないためには開始前の勢力設定で入念な準備が必要だ。ランダムで決まるパラメータが全部最高値になるなで数時間リロールするのは当然。「半日で妥協するのは甘え」が攻略掲示板の合言葉だ。ここまでやっても上がっている攻略動画では魔城歴721年が最高だ。他は400年を超えたのが数件で、他は軒並み300年代で滅亡している。


「魔城歴800年通過。夢でも見ているのか?」


 男は頬をつねるも、夢からは覚めない。常識ではあり得ない勢力設定でここまで進めた事が不思議で仕方がない。自殺設定と思われたものが製作者の想定を上回り想定外の結果に繋がる事はある。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』は勢力設定で内政、外交、軍事、英雄の4つのパラメータに12ポイントを振り分ける。今回は内政と外交を完全に捨て、軍事と英雄に全振りした。その結果、200年代まで通用する軍事力と400年代まで通用する英雄が生み出せた。500年代からはジリジリ支配領域を失い出したが、内政を捨てているために維持が必要なのはゲームオーバー条件でもある本拠地の魔城ただ一つ。最初の400年でため込んだ資産で逃げ切れるかに勝負が掛かって来た。


「魔城歴900年! もうちょっと、もうちょっとなんだ!」


 男は温くなった麦茶をラッパ飲みしながら次の一手を考える。彼が選んだ英雄は既に倒されたか敵軍に包囲されて動けない。倒された英雄を復活させるリソースは高い。先細りしている収支で再誕させた最強の切り札に掛けるのは余りに危険に思えた。どっち道敵の一撃で自軍は吹き飛ぶ。なら出来る限り安い兵で時間稼ぎに徹するのが正解に思えた。


 そして自軍の全戦力を投入した遅滞戦術で魔城歴998年に到達した。


***


「勇者様、魔城が目の前に!」


 賢者ブライトの杖が指し示す先に漆黒の魔城が聳え立つ。防御用魔法陣が幾重にも編み込まれた白のローブを纏う男は齢30に達するかどうかの青年のはずだが、その姿は80に迫る老人にしか見えない。古今東西の魔法を研究し、人類の勝利のために寿命を削る様な禁術を放ち続けた代償だ。ブライトは自分の命の炎が近く消えると悟っていた。それだけにこの攻勢が自分が参加できる最後の一戦だと焦っていた。


「御託は良いから、突っ込もうぜ!」


 重戦士ケルビンがシールドバッシュで迫るダークドヴェルグを粉砕しながら叫ぶ。2メートル近くの巨躯を誇る若く敗北を知らないケルビンは戦死した父の形見となった重装備で勇者パーティーの盾として戦い続けた。父の死因である魔城が目の前にあるのなら躊躇する理由は無かった。人類連合軍は魔城を今度こそ攻略せんと空前の大軍を送り込んだが、数だけは多いダークドヴェルグを切り崩すのに手間取っていた。一年は足踏みをしている。そこで勇者ルクスを筆頭とする勇者パーティーに先行の命が下った。


「行こう! この戦いを終わらせて人類の夜明けをこの手で掴み取る!」


 聖剣ファイアブリンガーを掲げて勇者ルクスが宣言する。肩まで靡く金髪と黄金に輝く鎧がファイアブリンガーの発する光を反射して煌めく。彼がその場に立つだけで魔城の全軍がデバフを掛けられていると錯覚する。実際は勇者の隔絶した実力が平押しで魔城を追いつめているに過ぎない。


「私達もついて行くわ! まさか私だけ仲間外れなんて言わないでしょうね?」


 膝下まで流れる美しい鬢髪を持つ聖女カンデラが力強く言いながら迫りくるスケルトンの一団を聖魔法で浄化する。激戦区に突っ込むには明らかに軽装過ぎるが、聖女には兵士の士気を高揚させる大事な仕事がある。それに太古の魔法帝国時代に作られたこのビキニアーマーはケルビンの重装備よりも防御力が高い。


「僕としては君には残って欲しいんだが……」


「無理無理。ルクスが守れば良いんだよ。つうか戦う前に毎回このやり取りをやるのかよ?」


 いつもの痴話げんかを聞き飽きたケルビンが投げやりに言う。


「さっ! 早く! 連合軍が決死の陽動を開始しました!!」


 使い魔を通じて全体を俯瞰しているブライトが言う。そして四人は全力で駆けだした。城壁からは数百のバリスタ矢が降り注ぐ。


「陽動はどうなった!?」


 ケルビンが盾で矢を迎撃しながら問う。


「連合軍なんて脅威じゃないみたいね」


 カンデラが軽快なステップで矢を躱しながら答える。事実、魔城は連合軍との戦いを完全に捨てた。戦争の最終的な勝ち負けを論じるのなら、この選択で魔城の敗北は確実となった。しかし魔城歴1000年到達前に玉座の間に間に合うのはこの4人だけだ。なら千年王国のために討つべきはこの四人だけ。魔城は最悪の事態を想定して温存していた全てを解放して勇者パーティーを迎え撃った。


***


「魔城の領域に踏み込んだか! ならここからは魔法で……」


 男は半立ち状態で画面を注視する。リソースは既にカツカツだ。これまでの戦いで得た戦利品が詰まっている宝物庫にある聖剣と神剣の数々を解体してリソースを確保しようかと考えた。しかしこの様に消費された聖剣と神剣は何故か勇者の手元に帰ってしまう。掲示板では「所有者不在になると自動で勇者のインベントリに入る」と予想されていた。この段階で更に勇者ルクスを強化するわけにはいかない。


「バリスタゴーレムは全員聖女を狙って、ここで行動阻害の魔法を発動だ!」


 魔城の領域なら強力な魔法を放てる。この魔法を外に放てればどんな狂った倍率で強化されている大軍すら屠れる自信があった。生憎とこの領域は玉座の間からもっとも近い城壁の少し先までしか発動しない。更にリソースを多く消費するためにこの状況で放てるのは三回が限界だ。まさしく魔城の持つ最後の切り札だ。せめて表計算ソフトのダメージ計算で確殺出来る聖女だけはここで殺したかった。


***


 バリスタ矢を回避するたびに飛び退いたカンデラの足を闇から生えた手が掴む。


「え?」


 その隙が発生するのを予め知っていたかのようにバリスタ矢が大量に降り注ぐ。


「数発なら……あぎゃぁぁぁ!!」


 魔法帝国時代のビキニアーマーが作り出す防御フィールドなら鉄製のバリスタ矢を弾く。それを見越して魔城は滅ぼしたドワーフ国から戦利品として持ち帰ったアダマンタイト製のバリスタ矢を装填していた。20本も無いその矢ならどんな防御フィールドだろうと確実に貫く。そして見事に聖女が飛び退いている形のまま固定するかの様に30本近くの矢がカンデラを串刺しにする。


「カンデラァァァ!!」


「なりません!」


 ブライトがルクスの肩を掴んで、カンデラを助けようと動くルクスを止める。


「……行って、もう……」


 カンデラの言葉が終わらぬ内にバリスタ矢が彼女の頭を粉砕する。聖女カンデラ、魔城のバリスタ矢の攻撃に倒れる。


「くそがぁぁぁ!」


 怒髪天を衝く勢いでケルビンが天守キープに突入する。ルクスとブライトが続く。ここまで来たら玉座の間まであっと言う間に到達できる。


***


「残ったリソースで三人を殺せる可能性は0か。結構準備したつもりなんだが……」


 男はそう言いながら次の手を打つ。


「重戦士は範囲攻撃が無いに等しい。殺せないけど足止めするのなら幾らでも手がある。この場面なら最低でも範囲攻撃と最低限の回復魔法が使える聖戦士を選ぶ場面じゃないか。AIが手加減したのか?」


 不可思議な事態に男が首を傾げる。どう見てもこの重戦士だけ他のパーティーメンバーに比べて二枚落ちだ。男は知らなかったが、聖戦士の最強装備が宝物庫に入っていたため、AIが重戦士の方がDPSが高くなると判断した。


「魔城の魔法で予めセットしたアンデッド召喚魔法陣の召喚速度を3倍に!」


***


 カタカタ。通路を覆わんとするスケルトンの大群が左右から溢れ出す。


「一気に突き抜けます!」


 勇者が聖剣を掲げるだけでアンデッドは崩れ落ちた。


「しかしこのまま後ろに付かれては!」


 ブライトが玉座の間での挟み撃ちを警戒する。一体一体は雑魚でも数の津波は無視できない。


「だからこうするのさ!! タウント! さあ、俺様が相手だ!!」


 ケルビンが立ち止まって振り返る。自分にヘイトを集めるスキルを使い、スケルトンの注意を引く。引いたと思ってしまった。魔城の領域では魔城が直接モンスターに命令を出すため、本来はこの手の精神攻撃は一切効かない。


「ケルビン!?」


 驚くルクスを見てケルビンが笑みを浮かべる。


「行けよ、ここは俺様に任せな!」


「スケルトンに遅れを取る男ではありません」


 ブライトが同意する。スケルトンの攻撃ではケルビンを倒す事は不可能だ。


「先に行っている! 絶対に後で合流してください!」


 ルクスはそれだけ言って走り出した。


「あんまり遅いと俺様が魔城を倒すぞ!」


 それだけ言うとケルビンは覆いかぶさって来たスケルトンの山の中に消えた。ケルビンが無事だと信じてルクスとブライトは玉座の間を目指した。


「勇者様、あそこの扉です!」


 そしてブライトが遂に魔城の中心を見破った。


***


「流石は賢者! 偽の玉座の間で欺けなかったか!」


 千年王国のためには狡い手を辞さない男が天を仰いだ。ここで引っ掛かってくれたら千年王国が達成できたのにと歯嚙みした。


「魔法は一回。どっちを潰す?」


 魔城特攻を持つ勇者か。どんな劣勢からでも逆転の一手を放つ賢者か。


「バカだとは思うが、やはり最後は勇者との決戦だろう?」


 男は聞こえないのが分かっていながらゲーム画面に語り掛ける。勝つならば、千年王国を達成するのならば、倒すべきは勇者ただ一人。今の全リソースをぶち込めばギリギリ倒せるはずだ。それより優先すべき事は無いはずなのに、男は真逆の決断を下す。


***


 コンコン。ブライトが漆黒に染まった玉座の間の扉を叩く。


「これは開きそうもない」


「最初に見た時は普通の扉だったのに!」


 ルクスが苛立ち紛れにファイアブリンガーをぶつけるも扉には傷一つ付かない。


「聖剣が痛みます! ……ここは私の出番です」


「流石はブライトだ!」


「勇者様、私はずっと魔城の中枢を見たかったのです。ですがその夢は勇者様に託します」


「ブライト、何を言っているんだ!?」


「月並みに遺言と言う奴です。この扉は私の命と引き換えに開けます」


「駄目だ! 他に方法があるはずだ!」


「残念ですが魔法は発動済みです。勇者様はあの柱の後ろに隠れていてください」


「くっ……!」


 ルクスはブライトを止めようとするも、ブライトの覚悟が揺らがないと知り大人しく柱の裏に隠れる。程なく大爆発が起こり、玉座の間の扉が吹き飛んだ。賢者ブライト、魔城最後の試練たる絶望の扉と相打ちになって倒れる。



「カンデラ、ケルビン、ブライト……。皆の意志と一緒に僕は魔城を討つ!」


 そしてルクスが玉座の間へ足を踏み入れた。


 玉座の間には玉座が一つ。その左右にそれを守る様に鎧姿のガーディアンゴーレムが二体。ルクスが玉座に近づくと玉座の上に人型の何かが浮かび上がる。


「僕は勇者ルクス! 魔城よ、名前があるのなら名乗れ!」


 聖剣ファイアブリンガーを玉座に突き付けてルクスが吠える。


***


「名前入力ダイアログか。そう言えば今回は玉座の間が侵されたのはこれが初だ。いつもなら『ああああ』と入れているが、今回は少し拘ってみるか」


 『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では勇者が玉座と相対して初めて魔城に名前が付く。そして掲示板では「名前が知られる事で各国の魔城抹殺スイッチが入る」と予想されていた。なのでどうやって名乗りを先延ばしにするか真剣に討論されていた。一時期はAIが脱力しそうなキラキラネームを名乗るがブームになったほどだ。効果は特になかった。


「決まった! 北欧神話から火と闇をミックスして……」


***


「我はヨトゥンのロギ・アルスヴァータ。勇者よ、この魔城そのものたる我を打ち倒せるか!」


 玉座に座る幻影が自信満々に語る。もし賢者が生きていればこの欺瞞を一発で見破っていた。しかし仲間の仇を討つ事で頭がいっぱいになっていた勇者ルクスは気付かなかった。もしルクスが気付いていれば、未来は大きく変わっていた。


「参ります!」


 ルクスが駆け出す。


「迎え撃て、我が右腕!」


 クラウンガーディアンと呼ばれる特別なゴーレムは玉座の間を出る事が出来ない。その代わり序盤から存在し、勇者以外の相手なら魔城歴400年までは防戦の主力となり得る。この状態では勇者に鎧袖一触される運命にある。勇者は迫るクラウンガーディアンの攻撃を剣で受け、カウンターでクラウンガーディアンを十時に切り裂く。


「迎え撃て、我が左腕!」


 戦力の逐次投入による時間稼ぎでしかない。左のガーディアンもまた勇者に斬り捨てられる。


「ロギよ! この様な雑魚しか残っていないのか!!」


「勇者よ、我の勝ちだ」


 ロギは勝利を宣言する。ルクスは一瞬呆けるも、素早く切り替えてロギを斬り裂く。


「まるで幻を斬ったみたいだ。あれが本体なものか! 何処だ! 何処にいる、ロギィィィ!!」


 勇者の叫びに呼応するかの様に玉座が揺れる。その揺れは玉座の間全体に伝わる。そして玉座が仰向けに倒れる。


***


「エンディング! エンディングムービーだと!? バカな。解析されたファイルにはこんなムービーは無かった!」


 男はモニタに嚙り付きながら叫ぶ。男の想いとは裏腹にムービーは無常に続く。


「配信! 配信しないと……。ネットに繋がらない? こんな大事な時に! ろ、録画だ! 録画ソフトで録画しなければ……」


 必死に操作をしようとするも、待望のエンディングの前で体が硬直する。


 玉座の下から一つの卵がせり上がって来る。


「卵? こんな設定何処にも無い。一体これは何だ?」


 男は製作者の悪ふざけが始まるのでは身構えた。それは悪ふざけでは無かった。もっと質の悪いものだった。


 卵に亀裂が入り、光が漏れ出す。そしてモニターが眩しく光る。


「眩し……」


 そこで男の意識は落ちた。


 翌朝のワイドショーで男の部屋はコンピュータの熱暴走が原因で木っ端微塵に爆発したと報じられた。

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