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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

抱いてはいけない想いを焦がしてしまった────ので、バレる前に逃げようと思います。

作者: 陽雲星

 



 僕らが出会ったのは、まだ物心すらついていないような小さな頃。

 言葉とも言えない単語しか話せなかった頃。



 小さな頃、あいつに抱いていたのは親愛や友愛と呼ばれる類のもの。

 相棒のような。半身のような。

 一番仲が良いのは僕だったし、あいつも僕を大事にしてくれていた。

 見目が整っていて博識で、運動神経も良い。

 医者の息子であるあいつは、自らも医者の道に進むと小学生の頃からたくさんの勉強をしていた。

 僕は勉強は嫌いだったけど、体を動かすことは好きだった。

 あいつの勉強の休憩時間に二人でサッカーやバスケをしたり、ただひたすら走ったりした。

 楽しかったし、とても幸せだった。



 中学に入っても相変わらず勉強と遊びの日々だったけど、ある日を境にめっきり遊ばなくなった。

 名門の医学部のある大学に行くために、付属の私立高校を受験するのだと。

 今から勉強しないと間に合わないと。

 医者になるんだと。

 闘志に燃えるあいつに、”寂しい”なんて言えなかった。

 笑って頑張れって言って、たまには僕とも遊べよなんて言って。



 本当は僕を一番優先してほしいのに。

 本当は僕に一番を向けてほしいのに。

 本当は僕が、あいつの一番になりたいのに。



 あぁ、あぁ、あぁ。



 気づいてしまった。

 この醜い感情は。

 この苦しい感情は。

 この忌々しい感情は。



 気づけば、公衆トイレで吐いていた。

 自分の持っていた感情に整理がつかなくて。

 自分の抱えていたあまりにも予想外の感情に嫌悪感を感じて。



 ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 この感情は、表に出したらダメだ。



 吐いて、吐いて、吐いて。

 何もかもを吐き出した。

 空っぽになった胃と心に追い打ちをかけるように、僕は自分に制約を課した。



「離れてしまおう。こんな感情、あいつに知られたら生きていけない」



 自分の保身しか考えていない酷い取り決め。

 僕の感情があいつにバレて、それで距離を取られて避けられて。

 そんなことになるくらいなら、先にあいつの中から消えてしまおう。

 簡単なことだ。

 きっと、少しずつなら気づかない。

 あいつは勉強を理由にして僕から離れた。

 なら僕は、表向きの理由を探してあいつから離れよう。



 それが、僕にできる最善だ。



 そう、信じて疑わなかった。




 ***




 離れるのは簡単だった。

 勉強に集中すると言ったあいつは、僕のことなど忘れたように勉学に没頭していた。

 基本平日は授業以外で顔を合わせることはないし、休みの日も家に籠っていて会うこともない。

 こんな感情に気づかなければ、たまに家を覗いてあーそーぼーなんて声を掛けていたかもしれないけど。

 迷惑にならなくてよかった。



 僕はサッカーに打ち込み始めた。

 運動はなんでも得意だったけど、サッカーはたぶん才能があったのだろう。

 本格的にやり始めてから格段に上手くなった。

 半年も続ければ、強豪校からスカウトの話が来るようになった。

 その学校は県外で、新幹線と電車を何回か乗り降りしないと行けない場所だった。

 僕は行くと即決した。

 両親は僕が頑張りたいと伝えると、寂しいけど頑張りなさいと言ってくれた。



 あいつには言わなかった。

 言って、もし引き留められてしまえば、行きたくなくなってしまう。

 ”ここ”にいたくなってしまう。

 それだけは、だめだから。

 僕は、ここにいちゃいけないから。

 大丈夫。

 大丈夫だよ。

 きっと、僕のことを忘れさせてみせるから。

 きっと、あいつのことを忘れてみせるから。

 だから、大丈夫。




 ***




 結局僕は卒業してもあいつと話すことはなかった。

 あいつは卒業式の後にも面接やらがあったようで話しかけてこなかったし、僕も話しかけることはなかった。

 最後なんて、あっけないものだった。



 高校に行くために地元を出てサッカーにのめり込んだ。

 サッカーのことを考えている間はあいつのことを忘れられた。

 初恋は叶わないというけど、僕は自分から壊したんだ。

 友達のまま、初恋を恋としてじゃなくて友として終わらせる方法も確かにあったのに、僕はそれを選ばなかった。

 選びたくなかった。

 初恋を結べなくても、友情を壊してでも、僕は逃げる道を選んだ。



 自分勝手な僕のことなんて、もう、あいつは思い出すこともないだろう。




 ***




 それからさらに時が経ち、結局僕は成人式にも参加せず、地元に帰っても家族以外と会うこともせず。

 逃げて逃げて逃げ続けて。気づけばとっくに三十路を超えていた。

 サッカーはプロになる道もあったけれど、結局自分に限界を感じてやめてしまった。後悔はないけれど、少しだけ悔しい。

 大学を出てからは一般企業に入社して慎ましく過ごしている。昇進も何度かしていて、今は係長なんて、僕には少々大きすぎる役職も賜った。

 多少見目にも気を使っているからか女性からアプローチされることもあるけれど、いまだに誰のことも好ましく思えない。



 逃げてしまったあの瞬間から。

 僕の心はずっとあいつのモノ。

 あいつの心は僕のモノではないのに。



 あぁ、なんとも意地汚い。



 諦めることもできないで、逃げてばっかりで。

 気持ちを伝えることも、ふっきって会いに行くことも。

 忘れることもできないくせに。



 悲しみだけは一丁前で。



 はは、ばっかみてぇ。




 ***




 そんなある日、家のポストに一通の封筒が入っていた。

 それは見るからに高級そうな質の封筒に薄く紅の入ったような色の封蝋が押され、輝かしくあしらわれた煌めく金の刻印。

 刻印にはいまでも忘れられないあいつの名前と、見慣れない名前が隣り合って綴られていた。

 自分の指が震えているのがわかる。カタカタと体まで言うことを効かず揺れ出した。

 足早に部屋に帰ってカギをかける。めいいっぱい息を吸い込んで、吐いて、また吸って。何度か繰り返してなんとか手の震えが収まれば、今度は心臓がけたたましくなり始めた。



 ドック、ドック、ドック、ドック、ドク、ドク、ドクドクドクドク――――――――



 ひゅっ、なんて変な音が自分から発せられることに違和感しか感じない。

 苦しくて、苦しくて、この手紙を読まずに捨ててしまいたくなる。



 ……でも、そんなことできなくて。



 玄関で座り込み、壁に体重を預ける。

 空を見上げ、大きく深呼吸をする。

 手元に視線を移せば、そこには綺麗なままの封筒があった。



 ペリッ……と封を開けてみれば、中には可愛らしくデザインされた固い紙と、二つ折りにされている手紙が入っていた。

 固い紙の方を先に読めば、予想通り、それは結婚式の招待状だった。

 結婚式の日付は僕の誕生日で、偶然でしかないはずのその数字に殺意が湧いた。



 なんて残酷なバースデープレゼントだろうか。



 招待状をぐしゃっと握りしめる。固い紙は柔いプリンのように潰れしわくちゃになった。

 手紙の方も、どうせ大衆に向けた当たり障りのない”死刑宣告”なんだろう。

 自分から手放して、突き放して、逃げたくせに、被害者面して。醜いな。醜すぎて、鼻の奥が痛くなってくる。



 見ないまま捨ててしまおうと立ち上がり靴を脱ぐ。

 部屋に置いてあるゴミ箱にポイっと投げ入れるとき、一瞬見えたのはあいつの字で綴られた僕の名前。

 宛名のような堅苦しいフルネームでもなく、ずっと呼んでくれていた僕の名前。

 その字を視界に入れて嗚咽が漏れる。

 読みたくないのに。どうせ、どうせ予想通りの言葉の羅列たちしか並んでいないのに。



 もう一度だけ僕の名前を見たくて。

 あいつが手ずから書いてくれた僕の名前を見たくて、手を伸ばした。



 かさりと音をたてながら手紙を開く。そこには堅苦しい言葉こそないものの、やっぱり結婚の報告と式に来てほしいってことしか書かれていなくて。

 自分で自分の首を絞めて馬鹿みてぇだなって、笑った。笑うしかなかった。



 自分から壊した、恋も友も。僕が壊した。

 それなのに、あいつは僕のことをいつまでも友だと思ってくれていた。

 それがなんて幸福で、なんて残酷で。



 上がった口角から笑いと共に漏れ出す嗚咽が部屋に響く。

 笑い飛ばしてくれるような奴も、慰めてくれるような奴も、誰もいないというのに。




 ***




 何とか気持ちを落ち着けて手紙と向き合う。

 普通、こういう招待状への返事は郵送だと思うのだが、何故か直接連絡してくれとご丁寧にメールアドレスが記載されていたからだ。

 式に行くつもりはないが、それでも返事を返さないのは大人として失礼だ。

 あいつはいまだに僕のことを友人だと思ってくれているから招待状をくれたわけで。まぁ、そのことを喜べはしないけど。

 震える指先で一文字ずつアドレスを入力していく。

 高校の頃とは違う携帯専用のアドレスに何故か心がズキンと痛む。悲しむ権利なんて、僕にはないのに。

 入力が終わって、簡単な挨拶文と欠席の返事を書く。



 祝福の言葉は、嘘でも書けなかった。



 送信ボタンを押す。しゅんっと消えていったメールになお一層手の震えが強まる。

 僕はあまり使っていないフリーメールのアドレスを使って送ったけど、それでも自分という存在をあいつの元に送るのはどうしても息苦しい。

 逃げた負い目か、それとも……いや、考えるのはやめよう。どうせ、これっきりだ。



 立ち上がってコーヒーを入れに行く。

 あいつといた頃は一滴も飲めなかったくせに、今ではカフェイン中毒と思われるほど依存している。

 会社の後輩曰く、飲まないと生きている感じがしないと思ってしまうのは立派な中毒だそうだ。

 アツアツに作ったコーヒーを口に含めば、しっかりと香る苦みと奥深さに心拍とまだ続いている手の震えが落ち着いてくる。中毒だと認めた方がいいかもしれないな。

 スーツをハンガーにかけて浴室へ向かう。嫌な汗がたくさん出たからさっさとシャワーを浴びて寝てしまいたい。

 今日の出来事は夢だと思って忘れてしまおう。

 僕には、……逃げた僕には関係のないことなんだから。




 シャワーを浴びたあと疲れ切っていたのか髪も乾かさずに眠りにつけば、朝日と共に目が覚めた。

 パンツとよれたシャツだけを身に着けたあられもない()姿で洗面所に向かおうと立ち上がる。

 するとブブッと携帯のブザーが響いた。目覚ましは設定していないはずなんだけどな。何か連絡か?

 昨日のことをすっかり夢だとか幻だとか、そう認識していた僕は。

 そのブザーの原因が昨日の欠席連絡への返事だということも、そこからあれよあれよという間に十数年ぶりの再会を約束させられることも、久しぶりに顔を会わせた現在進行形で恋焦がれ離れた想い人に思わぬ執着を向けられていたことも、なんなら結婚の話自体存在しない出来事だということも。






 知るのはもう少しだけ先の話。






――登場人物紹介ネームレス――


受(予定):主人公

好きになったのは小学生の時。階段から落ちかけたのを助けてもらってから。この時点では無自覚。

好きだと気づいた時の感情があまりにも大きくて重い感情だったので気持ち悪くなった。こんな気持ち悪い感情を持ってる僕があいつの隣にこれからもいるとか無理です。離れよう……的な感じでプチ暴走。

結婚の話を聞いて悲しみと納得がせめぎ合いながらも現実逃避。だってまだ好きなんだもん。諦め悪くて悪かったな。

ちなみにアッチの方は経験なし。一回してみようと思ったこともあったけど、想像だけで気持ち悪くてやめた。あいつ以外無理とかまじかー……


攻(予定):医者の息子

幼稚園の時に受に惚れた。物心ついてから初めて話した時に、おそるおそるといった感じで話しかけてくれたのが可愛かったし、よろしくねって微笑んでくれてさらに愛おしくなった。全部好きですがなにか?

医者になるのは自分にとっても夢だったし、これからもずっと受といるためには手に職!そして将来は一緒に暮らす!と人生設計を着々と立てていた。周りをもっと見てくれ(ヒント:逃亡計画中の想い人)

卒業時には手遅れになっていて、気づけば連絡も取れなくなっていて絶望した。サッカーをするために県外の高校に……?そんな話聞いてないよ???

それから何年経っても会えないし連絡も取れないし所在も掴めないしで気がおかしくなりそうだった。

十数年経って奇跡的に受の所在を知って嘘の結婚式の招待状を送った。だってずっと避けられ続けてたのに普通に会いに行って会ってくれると思う?思わないよねぇ?(悪い顔)

ちなみに欠席の連絡の時に祝福の言葉を贈っていたら家に突撃()されていました。なるはやハッピーエンドです(にっこり)


引き返せないくらい拗らせてしまった男の話は、また別の機会に書けたらいいな。

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