鍛冶師レイナの魔剣製作~「女は鍛冶職人をするな」と国外追放された私に、隣国の第二王子が魔剣製作を依頼してきたのだけれど、どうして煤汚れた横顔ばかり見つめてくるのですか?~
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「女は鍛冶屋を営んではならぬ。鋼を鍛えるは女の役目に非ず。これは皇帝命令である。逆らうならば、国外追放とする!」
鍛冶は私の全てだ。
幼い頃から鋼を友とし、炎に恋い焦がれてきた生粋の鍛冶職人の私は、工房に乗り込んできた帝国の行政官の言葉に唖然とした。
工房には女一人、私だけだ。
対する行政官は後ろに金属鎧の兵士たちを数人従えている。全員男だ。
「……仰られていることの意味が理解できません」
「意味も何も、女は鍛冶をするなと言っているのだ。戦争中は食糧が不足している。女手は農耕に活かすべきと皇帝陛下が考えられたのだ」
「戦争には武器が必要です。戦況が激化するのであれば、なおのこと剣が必要でしょうに。なにより、女だからと――」
「武器は足りておるわ。然るに、女の腕は華奢で、鉄を鍛えるには力不足だ」
詭弁だ。
正直、行政官のぶよぶよとした体で言われても説得力に欠ける。
「力不足、と?」
私は小槌を金床(熱した鋼を叩くための作業台)に置き、右腕を前に出し力を込めた。
筋肉が盛り上がり、血管が浮き出す。
「ならば、今ここで力比べをしましょうか?」
「生意気な小娘が! 兵士ども、こいつを拘束しろ! 強制撤去だ!」
「私一人、拘束することなど男の行政官様には容易いことでしょう?」
「こんの……ッ!」
その一言が行政官の癪に触ったのか、彼は工房に広がった灰や煤を踏みつけながら、ずんずんと歩み寄ってきた。
右腕を掴んで、行政官は吠えるように、
「いいから拘束されろ! 皇帝命令に逆らえば死罪は免れんぞ」
脅しをかけてきた。
どこまでも自分勝手で、どこまでも理不尽な帝国だ。
「それとも、生涯認められることのなかった師のために、皇帝命令に逆らった鍛冶職人として名を売るか?」
「…………」
あろうことか、彼は私の育ての親でもある師匠のことを引き合いに出してきた。
許せない……が、堪えるべきだ。
私は怒りに沸き立つ全身の細胞に、言って聞かせるように大きく息を吐いた。
「《魔剣》の一本も打てなかった、哀れな職人もどきの弟子が」
その言葉に私の理性が燃焼した。
たしかに師匠は、鍛冶職人として最高の名誉である魔剣の製作を一度も行えないまま、その生涯を閉じた。
しかし師匠はいつもひたむきに、堅実に、魂を込めて鋼を打ち続けていた。
鍛冶職人として、誇るべき矜持がそこにはあった。
「ッ!」
男の弱点は知っている。
私は迷うことなく行政官の股ぐらを蹴り上げた。
「あっ、があぁあああぁッ!」
「行政官様、工房には危険な道具がたくさんあります。足下には気をつけないと……ッ!」
もう一度、蹴り上げた。
行政官は逃げようとしたが、激しい痛みに耐えきれず、立ちながらにして悶絶して動けない様子だ。
「私のことはどう言ってもいい。だけどもう一度師匠を侮辱したら、あんたを炉にぶち込む」
「ひっ……!」
すぐ後ろでは、炭が敷き詰められた炉から熱が発せられている。
火種を入れて、すぐ横のピストン式の送風装置を使って酸素を送ってやれば、すぐにでも行政官を火葬することが可能だ。
もっとも、師匠が愛用していた炉をこんな奴の爛れた駄肉で汚すつもりはないが、脅しとしては十分だろう。
「こ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「タダで済ませなくて結構。こんな国、私のほうから出て行ってやる」
こうして私、レイナ・カミシロは、師匠から受け継いだ工房を手放しながらも、鍛冶職人を辞めることはせず国外追放を受けた。
どれほどの理不尽を受けようとも、やはり私は鋼と炎の前でしか生きられない人間なのだ。
女、そういえば自分はそういう性別だったな。
こんなことになってようやく、自分がそうであると意識したぐらい。
1
大陸の北の大国、リジボルト朝ガルド帝国。
私を理不尽極まりない理由で国外追放に追いやった国だ。
国外追放になってから4年が経過した。
19歳になった私は、大陸南部にあるファランド王国の領地の田舎町にて鍛冶屋を営んでいる。
ここは師匠の故郷だったらしく、若い頃に建てた工房があった。
師匠の家族からその工房を譲り受け、現在に至る。
「……今日は鋼の機嫌がいいな」
私は古びた火炉の中で熱されていく鋼を見て、静かにそう呟いた。
鋼にも機嫌というものが存在する。
機嫌がいい日は熱の通りが良いし、素直に槌に打たれてくれる。悪ければその逆だ。
4年という月日は私にとっては短い。
毎日、火炉に向き合い、鋼を熱し、打つ。その繰り返し。
師匠の技術を受け継ぐ者として、彼が極めた鍛冶の道を辿っていく。
だが極めれば極めるほど先は長いと感じるようになり、やがてこう思う。
もう4年も経ってしまった、と。
果たして自分が老いて死ぬまでに、師匠の至った境地に達することができるのだろうか……。
田舎町のはずれにある工房。狭く感じるのは、そこが土と灰と大量の鋼鉄たちに囲まれているからだろう。
そんな工房の前から、蹄が地面を蹴る音が聞こえた。
客だろうか。
私は生活費を稼ぐために、普段使いできる日用品(包丁など)を製作し売っている。
切れ味が良いと評判で、ときには王都から貴族の従者が訪れて買いに来るほどだ。
ちょうど作業が一段落していたので、鍛冶道具を片付けて、工房に転がった失敗作たちを跨いで玄関まで小走りで向かった。
「どなたですか?」
修繕が重ねられたボロボロの戸を開けて、私はその向こうにいる人物に問いかけた。
「私はファランド王国第二王子、アルギス・フォン・グレイファーだ。貴女がレイナという鍛冶職人か?」
……第二王子?
世間に関心の薄い私でも、それが並々ならぬ地位にある人物だと言うことを示しているぐらいは分かる。
師匠の名前を口にした青年は、鮮やかな金の前髪の隙間から翡翠の瞳を覗かせ、突き刺すような鋭い視線を私に向けてきた。
声調こそ柔らかくしているのだろうが、確かな威厳がそこにはある。
地味めな色合いの旅装であることからも、お忍びで訪れていることはなんとなく察することができるが……彼の背後に行儀良くしている美しい白馬と、なにより彼自身の美貌で、お忍び感をぶち壊していた。
さながら白馬の王子様というところだろうか。
「ええ、そうですけど」
あいにく白馬にも、王子様にも興味がない私は、ごく普通の平坦な声で返事をした。
たまたま訪れた客が、一国の王子だったというだけだ。
私の仕事が変わるわけではない。
噂を聞きつけ、上質な日用品や儀礼剣を求めに来たのだろう。
「おお! そうか、そうか! やはり噂は本当だったのだな!」
「噂?」
「帝国領で有名なジングウジ・カミシロという鍛冶職人には、レイナという弟子がいると……!」
ジングウジ・カミシロ、私の師匠の名前だ。
行政官の言ったことを肯定するわけではないが、魔剣を打った実績のない鍛冶職人が他国の王子の耳に入るとは思えない。
「師匠はそんなに有名だったのですか?」
「ああ! 武器の品評会で無作法な帝国貴族に掴みかかり大乱闘を起こしたこと、帝国軍大将の前で頭を垂れることなく腕を組み佇んでいたこと……彼の伝説は国境を越え、我がファランド王国でも語り草となっているぞ」
王子。それは伝説ではなく悪評にございます。
と言いたいところだが、アルギス王子の口調はさながら憧れの人物の魅力を語る少年のように純粋で、否定するわけにもいかなかった。
「なにより彼の作る武器は、どれも魔剣に引けを取らない一品だと聞く。鋼鉄を切り裂く剣、強大な力を持った魔剣の一撃に耐える刃。まさに神業だ! 生きている間に出会えなかったことが残念で仕方がない……」
「貴方様ほどのお方に言われれば、天国にいる師匠も泣いて喜ぶでしょう」
「いや、フンと鼻で息をするだけだと思うぞ。あの人は地位や名声にこだわらないはずだ」
なぜ弟子の私が、師匠の熱烈なファンから解釈違いを指摘されなければならないのだろうか。
第二王子でなければ、今すぐ戸を閉めて「帰れ」と言いたいところだが、そうするわけにもいかず……。
彼の後ろには鎧の上にサーコートを纏った従者が2名、控えていた。
護衛はこれだけだろうか。
だとすれば、随分と度胸のある王子様だ。
「その弟子の貴女が帝国にいると知り、密偵に所在を確かめたところ、どうやら4年前に国外追放を受けたと聞いてな。ここにいることを突き止めるまで、3ヶ月も要したぞ」
「そりゃどうも。で、要件は?」
「そうだったな。このたび、私は20歳となった。戦場に赴き、王国のために戦う歳だ。そこで私専用の魔剣を貴女に打ってもらいたいと願い、訪れさせてもらった」
「魔剣を、ですか」
予想外だ。
しかし驚くことはない。
師匠の腕は本物だ。残念ながら帝国側に彼の腕の良さを知れるほど賢しい為政者はいなかったようだが、目の前のアルギス王子は違う。
伝聞でありながらも、彼の腕を見抜けている。
本人が他界した今、その技術を受け継いだ弟子に魔剣の製作を依頼するのも当然だろう。
だが――
「依頼を引き受けることはできません」
私がそう言うと、従者の1人が「おい! アルギス王子の依頼だぞ! 無礼であろうが!」と憤慨する。
もっともな反応だが、理由はある。
「待て! 彼女は無礼などではない」
アルギス王子も理解していたようで、従者を制した後、
「理由を聞かせてもらってもいいだろうか?」
「はい。そもそも私はジングウジ・カミシロではございません。私はその弟子で、なにもかもが師匠のそれとは比べものにならないほど拙いです。ゆえに王子のご希望に沿えないかたちで終わると……」
「それは間違いだぞ、レイナ」
さっきから自分のことが全て正しいように、ハッキリと斬ったように言ってくる人だ。
嫌いではないが、苦手かもしれない。
「たしかに私は最初、ジングウジに魔剣の製作を依頼しようとした。だが、それはきっかけに過ぎない」
そう言うとアルギス王子は、肌着1枚で肌の出た私の両肩を手で掴み、まっすぐこちらを見つめて語った。
彼は素手だったので、その手の温もりが私の肌に直接流れ込んでくる。
「……汚いですよ、私の肌」
私の肌は灰と炭と土で全身が汚れ、なおかつ汗まみれときた。
しかし、アルギス王子は首を振って。
「それは貴女が鍛冶職人として、己の仕事を全うしている証だ。汚いなどと申すな。むしろ美しくも見える」
「…………」
不思議な感覚だった。
19年間、工房の中でひたすら火炉と向き合い生きてきた。
だから美しいとか言われてもピンとこない。
悪いことなのではないと、なんとなく分かったが。
「女は鍛冶屋を営んではいけない、と言われたそうだな」
「は、はい」
「なぜ鍛冶職人を辞めなかった。まだ若い。別の生き方をするなど容易いはずだ」
「それは……」
考えたこともなかった。別の生き方というものを。
私は顔を上げ、ハッキリと答えた。
「私には鍛冶しかないと……より強い鋼を鍛え、より強い武器を作る。その道しか私にはないと、確信しているからです」
「天命とでもいうのか?」
「たとえ天に別の道を命じられようとも、私は鋼を打ち続けるつもりです」
「なるほど……やはり行政官の股ぐらに蹴りを入れるだけのことはある」
「噂になっていたのですね……」
「ああ、そうだ。貴女の鋼のような心と、ジングウジが唯一弟子と認めたその腕を信じて、私はここまで来たのだから」
アルギス王子は笑みを浮かべて、両手を離すと、あらためて私のほうを向いて……なんと頭を下げた。
従者も彼の行動には驚いた様子だ。
「貴女のその姿勢に、私は惚れた!」
「……は?」
「私は貴女に我が魔剣の製作を依頼する! 何度でも、だ!」
「とりあえず、頭を上げてくれませんか?」
第二王子の頭のつむじが拝めたのは貴重な体験だろうが、このままだと従者たちに殺されかねない。
なんせ相手は、ただの未熟者の鍛冶職人なのだから。
「私は本気だ」
「頭を上げてください」
「貴女の鍛冶職人としての矜持、そして何より芯の強さに私は感服した!」
「頭を」
「君が引き受けてくれるまで、何度でも俺は頼み続ける!」
「一人称と二人称が崩れてきてますよ、王子」
「君が最高の魔剣を打ってくれるのなら、俺は何だってする!」
「はぁ……」
ここまで来ると、バカ王子を通り越して、なんとやらだ。
取り繕っていたであろう言葉のメッキが剥がれて、彼の中の少年の心が露出している。
私は溜息を吐きつつ、腕を組んで言葉を紡ぐ。
「分かりました。引き受けましょう」
たしかに私の腕は師匠には遠く及ばない。
そんな自分が師匠の成し得なかった魔剣製作、しかも一国の王子のものを製作するなど……とてもじゃないが、力不足と自分では思ってしまう。
しかし彼が私を選んだ気持ちは否定しようがない。
最高の魔剣を打ってくれると信じて頼んでくれた。
――戦士は俺たちの作った武器を信頼して、戦場に赴かなければならない。きっと自分の命を守ってくれるだろう、と。
幼少期に、鍛冶の手伝いをしていた私に師匠がくれた言葉が脳裏に浮かんだ。
普段は寡黙で、無愛想な彼が、幼い私に教えてくれた数少ない言葉のひとつだ。
――信頼されたのなら、応えるのが俺たち鍛冶職人だ。
もし師匠が生きていたら、きっと背中を押してくれただろう。
「ただし、引き受けたからには最高の一本を仕上げます。妥協は一切しません」
「ああ……! 分かっている!」
「この工房を使うとして、製作期間は10日間です。いいですね?」
「分かった。で、俺はどうすればいい?」
「そうですね……では、まず」
妥協はしないと決めた。
だからこそ私は臆することなく、こう言った。
「まずは裸になってください」
2
魔剣とは異能の力を宿す武器であり、この世界で最も強力な"兵器”である。
しかしながら魔剣の原材料は《魔銀》と呼ばれる希少金属を用いる都合上、大量生産は不可能。その全てが使用者に合わせたオーダーメイドとなる。
今回の場合、アルギス王子が上質な魔銀を持ってきてくれたようで、こちらで調達する手間は省けてはいるが、それでも必要な工程は多い。
魔剣の性能は、魔剣鍛冶の腕と使用者の身体能力の2つの要素で決定される。
ゆえにまず魔剣の形を決めるため、使用者の身体能力に関する情報を手に入れなければならない。
私は工房の中にある狭い個室にアルギス王子をつれた。
土埃がこびりついている窓が閉まった薄暗い場所で、私は静かに語る。
「魔剣を製作するということは、オーダーメイドの服を仕立てることに似ています。その人がどのような体型をして、何の用途に用いるのかを見極めて、それを元にイメージをして魔剣の構想を練っていくわけです」
「つまり俺の体つきを見ておきたい、ということか!」
「そうです。正確には筋肉の付き方、身体的特徴を隅々まで把握しておきたいのです。身体はその人の生きてきた道を物語るものですから」
「分かった! 脱ごう!」
アルギス王子がそう宣言すると、個室の外で控えていた従者たちがざわめき始める。
今にでも中に乗り込んで止めたいところだろうが、彼に「事が終わるまで入るな」と言いつけられているゆえ、それもできなくもどかしいだろう。
「我が鍛え抜かれた肉体に色目を使ってもいいのだぞ?」
「興味ありません」
きっと町娘なら鼻血を出して倒れているだろうが、私は煤まみれの鍛冶職人でしかない。
胸板は厚く、左右に引き締まった筋肉と6つに割れた腹筋は彫刻のようだ。
流線のラインを描いた肢体の肉付きは均一で、白磁のような肌も相まって一種の芸術品と形容すべきものである。
その美しさに息を呑む。
「触っても……?」
「ああ、構わん」
アルギス王子の胸板に人差し指をあてる。
そこに弾力はなく、肉というよりも岩のようであった。
指で筋肉の流線のラインをなぞっていく。
腹筋の真ん中あたりを過ぎ、腰から太ももまで進んでいくと、
「んっ……」
「どうかしましたか?」
「少しくすぐったいな」
「すみません、すぐ終わりますので」
「いや、じっくりやってくれ」
「わかりました」
両脚は武器を振る際に、どこに重心を置くのかで筋肉のかたちが変わってくるという。
全身で踏ん張っている場合は、足先に筋肉がつきやすい。
足の付け根を指でなぞると、柔軟性をもった筋が皮下にあることが分かった。
「丁寧な筋肉の付き方をされています。全身で力任せに剣を振るうのではなく、腰を使って“斬る”のでしょう。腰部分、とりわけ足の付け根の筋肉は洗練されている……日々の鍛錬の結果であると、すぐに分かりました」
「汚くはないか?」
「いいえ、美しい。見とれるほどに」
「そ、そうか……」
「まぁパンツまで脱がなくても良かったのですけど」
「それを先に言ってくれ……」
赤面したアルギス王子を見上げると、少しだけ笑みがこぼれた。
喜怒哀楽が分かりやすい人だ。
下手に取り繕うよりも、自分の感情を包みか隠さずにいてくれるのは素直に嬉しかった。
「だいたい分かりました。アルギス王子は豪快というよりも、技巧派の戦士であることが。これなら師匠の目指した片刃の剣の性能を十二分に発揮できるでしょう。しかし力もある。剣は少々重くしても、使いこなしてくれるほどの筋肉量はあると判断し――」
「その、ひとついいか?」
「はい」
アルギス王子は服を着ながら、私のほうに目を向けて言った。
「王子というのはやめてくれ。アルギスでいい。見たところ、同じぐらいの歳だろう」
「わかりました、アルギス」
「……君は凄いな。一国の王子からそう言われても、普通は二度三度は遠慮するはずだが」
「遠慮がなさすぎましたか?」
「いいや、遠慮しないでくれ。兄以外と、こうして対等な関係で話ができる者とは初めて出会ったのだ」
「王子ともなると大変ですね」
「まぁそうだな。王国の騎士は皆、俺を守るべき対象としか見ていない。王宮の人間とくれば、第二王子という俺の肩書きに惑わされて、取り繕った言葉で自分を美しく見せようと必死になるだけ……誰も本当の俺を見てくれないのだ」
王宮の事情は詳しくないものの、その様子はアルギスの言葉から容易に想像ができた。
第二王子で、これほどまでに美しく、そして優しい男性だ。
少しでも振り向いて欲しいと、完璧な美女の仮面を被って接する女性たちは多いだろう。
「鍛冶職人は逆ですね」
私がそう言うと、アルギスの手が止まった。
「ありのままで接する。取り繕った仮面は、鍛冶職人には不要です。相手の本当の姿を見極めるためには、自分の本当の姿を隠すべきじゃない。今回だって、私も裸になるべきでした」
「それはやめてくれ、頼む」
切実だな。
「相手の本質を見たければ、まずは自分の本質をさらけ出す。師匠から教わったことです」
「君が最初から、本心のまま私に接してくれたのはそのためだったのだな」
「そうです。あと“君”ではありません。私にはレイナという名前がございます」
「悪かった。対等、だからな」
「はい。私が貴方をアルギスと呼ぶ以上、貴方も私をレイナとお呼びください」
「わかった、レイナ」
第二王子相手に堂々としすぎているかもしれない。
どうやら私自身も、師匠と同じように不器用な堅物に育ってしまったようだ。
しかしそれを許してしまうアルギスの態度も気になる。
気に入ってくれてはいるようだが……。
それはともかく今は魔剣の製作に集中だ。
今日は魔剣の大まかな構想を練りつつ、明日からさっそく製作開始である。
3
まさかアルギスのような人間が、田舎町で10日間、魔剣の完成を待つためだけに滞在するなどとは思ってもみなかった。
第二王子とはいえ、仕事は多いはず(王族の仕事に関しては全く興味が無かったため、想像はできないが)。
なぜ、どうして。
王都に戻って、私が魔剣を持ってくるのを待っていればいいものを……。
そんな疑問を胸に私は、アルギスが提供した魔銀を手に取って見つめる。
銀色のずっしりとした重みのある金属鉱石で、凹凸の隙間からは鈍く緑色の光が漏れている――これが魔銀だ。
「上質な魔銀ですね。密度が高く、不純物も少ない」
「そうだろう。我がファランド王国に秘蔵されていた、奇跡の一品だ」
横からアルギスが胸を張って言った。
まさかアルギスのような人間が、田舎町の薄汚い工房に入りびたるとは思ってもみなかった。
なぜ、どうして。
田舎町の宿でのんびりバカンスでも楽しみながら、酒場で町娘たちを物色していればいいものを。
ここにいても、煤汚れた不愛想な女しかいないというのに。
「この魔銀の純度をさらに高めます。そして中心部には比較的柔らかな鋼を使用します」
「刃の部分に魔銀以外の金属鉱石を用いるのは、聞いたことのない工法だな」
「たしかに魔銀はこの世のどの金属鉱石よりも炭素量が高く、硬いと言えるでしょう。しかしながら、硬いからといって折れにくいというわけではありません。表面は硬く、内側は柔軟性がある――あまり知られていないことですが、それこそが折れにくい剣の秘訣なのですよ」
師匠の打った剣は、魔剣の一撃を受けても折れずにいたらしい。
それは魔剣の恐るべき破壊力をもった衝撃を内部の柔らかな金属が受け流したからである。
「人の精神と同じだな。内側まで強固にしては、真正面からぶつかるしかない。ときに困難を受け流す柔軟性も必要ということだ。レイナはその本質を理解しているのだな。ますます君のことが好きになった」
「はい。受け流しますね」
一国の王子が、こんな煤まみれに一目惚れするわけないだろうし、真に受けるべきじゃない。
使用する材料を選定したのち、火炉に向かい、ひたすら鋼を熱しては打つを繰り返す。
火炉の中で燃え盛る炎と向き合い、赤みが全体に広がっていく様子を見、絶妙なタイミングで取り出して鎚を打つ。
この工程はひたすら鋼と会話するようなものだ。
鋼はこの世で最も無口でありながら要望の多い我儘で、そしてなによりも美しい。
そんな鋼の“無言の言葉”を感じ取り、鎚で返事をする。
何度も、何度も、何度も。
今、この世界には鉄の音しか響いていない――そんな感覚に陥る。
皮膚の上を流れる汗も、全身に吹き付ける熱風も、今は全てが心地よい。
自然と笑みがこぼれていく。
ひと通りの作業が終わり、打ち続けて不純物が無くなった鋼の板を並べて、それを鎚で割る。
その断面を見て炭素密度を見極め、適切な位置に積み重ねて一つの塊を作り上げ、再び火炉の中に入れた。
塊になった魔銀をひたすら熱しては打って伸ばし折り曲げて重ね、熱しては打って伸ばし折り曲げては重ね……延々とその作業を繰り返していく。
気づけば横では、アルギスが延々と私の横顔を眺めていた。
「どうしたのですか?」
「美しいと思ってな。見とれていた」
「そうですか。たしかにこの魔銀は上質で、熱を帯びた赤みも真紅に見えて非常に美しいですね」
鍛冶とは無縁の人間に見えて、なかなか見る目があるじゃないか。
「こうして繰り返し鍛えることで、魔銀を強靭な鋼へと変質させるのです。美しさは叩き磨かれてこそ、価値がある。そう思いませんか?」
「ならばレイナは、叩き磨かれ抜いた末に、その美しさを手にしたのだな」
「は?」
「レイナが真剣に火炉を向き合う横顔は、私が見てきた中で最も強く美しく感じられる顔だということだ」
「よく分かりません。詩的な表現を感じ取れるほど、私は芸術の才には恵まれていないので」
「なら、直接的表現で言おう。好きだ」
「そうですか」
こう言われたら素直に喜ぶべきだろうか、それとも「お戯れを」と返すべきか。
分からない。
分かっているのは鋼の打ち方だけなのだから。
でももし、自分がアルギスの気持ちを理解できていないのであれば、悪いことをしているなとは思う。
だからと言って、私にどうにかできることはない。
ただこの人のために、魔剣を打つことしか。
4
5日目。
柔軟性のある鋼を魔銀の層で挟んでいく。
そしてまた打つ――魔剣の刃の形になるまで、ひたすら鋼を伸ばしていった。
アルギスはいつも私の横顔を見てば、美しいとばかり言ってくる。
教養面に乏しく語彙力がないのか、それとも他の言葉が安っぽく感じるほどなのか。
馬鹿には見えないので、おそらくは後者だろう。
その頃になると、私のほうも好意だとハッキリわかった。
6日目。
片刃の形になった刀身部分に粘土を塗り、鉄紛をまぶす。
それを鉄挟で掴んで、火炉で熱していく。
やがて適切な温度になると、それを常温の水が張られた槽に入れる。
立ち昇る水蒸気、剥がれていく粘土と鉄紛の混合物――そこから反った銀色の刃が姿を現した。
「よし……成功!」
この瞬間が成否を分ける。
上手くいったようで、私は思わず声を上げた。
「おお……これが魔剣、なのか?」
「はい。この世界では珍しい、細い片刃の魔剣です」
「名は何という?」
「まだ決めていません。実際にアルギスが手に取って、それを振るう姿を見てから命名しようと考えています」
「そうか! では今から振っても……」
「待ってください。今のままでは、なまくら同然です。最終工程が残っています」
「そうなのか……」
「はい。この片刃に命を込めます」
その方法はいたって単純。
ひたすら研ぐのだ。
7日目、8日目……そして9日目と、ひたすら研ぎ続けた。
どうして隣でずっと見ていられるのだ。
どうして私は動揺しているのか。
どうして私は――。
10日目、最後の仕上げの日だ。
その日に限って、アルギスは工房に姿を表さなかった。
いつもは私の寝顔を眺めているぐらい早い時間に、工房に来ているはずだが。
何かがおかしい、そう思った矢先、戸を叩く音がした。
「レイナ様、です、か……」
彼はアルギスの従者だ。サーコートには真っ赤な血がべったりと付いており、右腕は逆方向に折れていた。額からは血が流れている。
「どうしたのですか!?」
「今すぐ、逃げろ、と……第二王子が……」
「彼は! 彼はどこですか!」
「帝国の魔剣使いがッ……国境を越え、こちらへ単騎で侵攻を開始しました……。第二王子は、そのッ……迎撃にッ……」
魔剣使いを相手に普通の武器で戦っているというのか。
勝てるはずがない。
私は傷だらけの従者を個室に寝かせて応急処置をした後、装飾や持ち手が取り付けられていない製作途中の魔剣を抱えて、工房を飛び出した。
従者から彼の場所は聞き出せている。
地面を蹴り駆け出し、私はその場所へと向かった。
5
棍棒は素手に勝る。
そう人類が知恵を得てから、戦場の主役は常に変転を繰り返してきた。
今現在、戦場の主役とは魔剣である。
瓦礫の山がそこかしこにできた町で、鋼鉄の蛇竜が踊り狂う。
しかしそれは生物ではない。
刃の部分が等間隔に分裂した鞭のような剣――果てしなく巨大な蛇腹剣であった。
迎撃に向かった兵士たちを切り裂きながら、それによって発生した暴風で市民を吹き飛ばしていく。
逃げ惑う人々の流れに反するように、私は前進をやめない。
煤汚れた布でくるんだ魔剣を胸に抱いて、ひたすら前へ。
やがて一人の青年が瓦礫の山で倒れているのが見えて、心臓の鼓動は一気に高まった。
「アルギス!」
彼は折れたクレイモアを握ったまま、額から血を流していた。
意識はない。
「今すぐここから逃げますよ!」
両肩を掴んで揺らすも返事がない。
息が浅い。
「貴方、第二王子でしょ! こんなところで死んでどうするんですか!」
アルギスの体を起こす。
あれほどまでに引き締まった筋肉の塊が軽く感じられるほど、彼は弱っていた。
「魔剣も完成したんです。代金支払ってもらうまで死なせませんからね……」
肩を掛けてゆっくりと立ち上がり、引きずるように進んでいく。
「貴方の“好き”って言葉の意味、未だによく分からないので……。ちゃんと説明してもらわないと、モヤモヤして仕方がないんですから……!」
恐怖心を自らの言葉で掻き消しながら進んでいくも、その行く手を巨大な刃が阻んだ。
「お嬢さん、その男を離しなさい」
等間隔に分裂していた巨大な刃は私の目の前の地面を削りながら、持ち主の手元へと戻っていき、成人男性の背丈以上の特大の蛇腹剣を形勢する。
持ち主は真っ赤な金属鎧を纏った男だった。
長い髪に真紅の瞳、全身に吹き荒んでいる風の渦は魔剣の異能によるものか。
「僕が欲しているのはその男、ファランド王国第二王子アルギス・フォン・グレイファーの首だけです。新しい魔剣の試験運用のために強襲した町に、第二王子がいるなんて……日頃の行いが良いからですねぇ。ああ、目的と状況を説明しただけで、7秒も浪費してしまった……」
めちゃくちゃ早口だった。
憂鬱な表情を浮かべ、頭を抱えた男は、戦場にいるとは思えないほど軽い口調で語る。
「貴方は……」
「自己紹介がまだでしたね。私は帝国軍第七連隊所属、スージット・オルケリウス。我が魔剣の名は【テンペスト・エッジ】。その名の通り、暴風を纏い刃です……詳しい説明をしたいところですが、それをするとあと10秒は必要なので、今回は省略させていただきます」
「……よく嚙まずに言えますね」
ふざけた口調に早口過ぎて半分聞き取れない台詞だが、町の惨状は彼1人によって生み出されたものだ、油断はできない。
魔剣使いとは、単騎で戦場を制することのできる規格外の存在である。
「さて、貴女が名乗る必要はありません。さっさと彼を僕に渡してください。5秒以内に」
「嫌です」
「ほう……即答。良い心がけです。ですが内容が気に食わない」
「アルギスのこともそうだけど、私は貴方が許せない」
今、私が立っている瓦礫の山は、元々は町で一番大きな酒場だった。
向こうの壊れた建物は学校だった。
その隣の天井が崩落した建物は教会だった。
人が住んでいた建物も沢山壊れている。
「貴方はこの町の人たちの生活を、奪ったんだ……」
「ほう……面白いことを言いますね」
「そんな貴方の言うことなんて、聞いてやるものか」
「お嬢さん、ひとつ教えて差し上げましょう。世の中は常に強い者が奪い、弱い者が奪われる構図で回っている……。弱い者がいくら正義を唱えたところで、それは単なる思想でしかない。必要なのは力なのです。ンンン……! これは10秒以上かけて説明するべきでしょうね」
スージットは魔剣【テンペスト・エッジ】を私に向けて、早口から一変、ゆっくりと舐るように言った。
「魔剣こそがその力なのです。圧倒的な力を前に、弱者は逆らうことすらできない」
テンペスト・エッジは特大の蛇腹剣は鞭状に変形し、暴風を伴って急接近してくる。
「残念ですが消えてください。力なき正義のお嬢さん」
魔剣を使えるのは鍛錬を積んだ戦士だけだ。
私が振るおうものなら、両腕が千切れ飛んでしまうかもしれない。
だが、やるしか――。
その時、私が抱えた魔剣を掴む腕があった。
「レイナ、遅くなってすまない」
煤汚れた布の中から、白銀の片刃が姿を表す。
意識を取り戻したアルギスは、レイナの打った魔剣を手にしてそれを構えた。
鞘がなければ、柄も取り付けられていない。
あるのは片刃と茎だけ……人間で例えるなら、一糸纏わぬ姿。
戦場でそれは、滑稽だ。
しかしアルギスはこの場にいる誰よりも、堂々としていた。
「そんな剣でなにができますか! 死ね!」
「その剣は引いて斬るのです! 力ではなく、技で! そうすれば貴方の剣はどんなものにも負けやしない!」
「承知した……!」
アルギスは返事とともに、白銀の片刃を迫りくる巨大な刃に向け、一閃。
神速の白銀が鋭い金属音とともに、巨大な刃を弾いた。
「なァッ!? どうしてなぜ、なぜ、あの貧弱な片刃の剣に僕のテンペスト・エッジが弾かれたのですか。ありえない、どんな力関係、物理法則、まさかまさかまさかまさか、まままま、まけッ!」
「――魔剣だ」
「僕のセリフを奪うんじゃあない!」
「レイナが魂を込めて打った、この世ので一番のな」
アルギスはそう言うと、額から流れた血を拭い、地面を踏みしめる。
その両脚は震えていた。
きっと怪我の影響だ。
万全ではない状態で……意識を取り戻してすぐ魔剣を握り、その力を使いこなした。
恐ろしい男だ。
「しかし見たところ異能は発動していないようですね。異能を持たない魔剣に、価値はありません! アルギス第二王子! その首を、皇帝陛下に突き出して差し上げましょう!」
「異能ならあるさ……今、この魔剣から感じ取った」
「ええい、口答えするんじゃあない! このやりとりで既に10秒も浪費しているのですよ!」
「そうか、なら早めに終わらせよう」
アルギスの翡翠の眼差しが煌めく。
白銀の刃を構えなおし、堂々と立つ。
私が打った魔剣は柄のない不完全な状態のはずだった。
しかし今、目の前で“完成した”と理解した。
この魔剣はアルギスのまっすぐな心と鍛え抜かれた体を以てして、完全無欠の一振りへと変貌したのだ。
威風堂々、質実剛健、美しき王の佇まいがそこに在る。
私の脳裏にその魔剣の名が浮かんだ。
「アルギス! 魔剣の名前は【獅子王】です!」
「なるほど獅子王か! いい名前だ! ならば征こう、獅子王よ。眼前の悪を斬り伏せる!」
白銀の刃から金色の光が溢れ出す。
「悉くな!」
迫りくるスージットの魔剣、テンペスト・エッジの刃がアルギスに向かった。
しかし動じることなく、アルギスは獅子王を振り下ろした。
まるで水面を刀身で斬るように、獅子王の刃はテンペスト・エッジの先端部分を両断していく。
「なァッ!? 魔剣が“斬られた”!?」
「これが獅子王の異能。あらゆるものを斬る。たとえ相手が魔剣であっても、容赦なく」
「無茶苦茶なことを!」
暴風が吹き荒れアルギスに襲い来るが、暴風すらも獅子王は斬り伏せていく。
迫りくる巨大な刃はさらに分裂し、各方面からアルギスの全身を狙ってくるが、それも全て獅子王から繰り出される無敵の斬撃の前に消えていった。
「ぼ、僕の魔剣がッ! テンペスト・エッジがッ!?」
「誰も俺と、レイナの道を阻むことはできん」
アルギスは獅子王を振るいながら前進を続ける。
「僕に逆らう気か! 魔剣使いの僕に!」
「ああ。逆らう。獅子王に回り道は許されぬ。時間の浪費だからな」
スージットは分裂させた刃を合体させ特大の蛇腹剣を構えて迎え撃とうとするが、もはや力の差は歴然であった。
振り下ろされた獅子王の刃はテンペスト・エッジの魔銀を原子レベルで切り裂いていき、やがて使い手の脳天を捉えると、
「終わりだ」
「ひぐやァっ!」
彼の全身を一刀両断した。
使い手を失い消滅していく魔剣テンペストエッジの粒子を背に、アルギスは振り返り言った。
「獅子王、しかと受け取った!」
「はい!」
予想外の出来事はあったが、どうやら初製作の魔剣は使い手の技量も相まって、師匠の名に恥じない活躍をしてくれた。
私は胸を撫で降ろしながらも、どこか寂しげな感情を抱いていた。
柄と鞘を製作し終えて渡せば、やがてアルギスも王都に戻る。
残された私の役目はアルギスの魔剣、獅子王の定期メンテナンスぐらいだ。
なんだかんだで師匠以外の人間と一緒にいる感覚は悪くなかった。
それに彼の好意だって――。
「レイナ、ありがとう」
アルギスはこっちに歩み寄ってくると、鉄と土埃で汚れた私の手を取り、静かに口づけをする。
「は? なにしてんですか?」
心中で呟くはずだった言葉が、思わず口に出てしまった。
「なにってキスだが」
「いや、汚いですよ」
「汚くなどない!」
「そうですか……」
好意の示し方が独特過ぎるのではないだろうか。
「で、これからどうします?」
「そうだな。君を王都に招待したい」
「……マジで言ってんですか」
「ああ、大真面目だ。父と兄さんに挨拶をしなければな」
「父って王様で、兄って第一王子じゃないですか。なにサラッと言ってんですか。結婚する気ですか」
「嫌か?」
「…………」
正直、第二王子に一般人が求婚されるなど、光栄すぎることだ。
アルギスのことも嫌いじゃない。
暑苦しいときはあるが、なによりもまっすぐで誠実で、それはまるで鋼のように強く。
ハッキリ言うと、惹かれた。
だが、
「……私には恋人がいます。鎚と炉です。別れることはできません」
鍛冶職人としての自分は捨てられない。
人生そのものなのだ。
この先、華やかな王宮での生活など想像すらできない。
「わかった」
アルギスはそう短く返事をした。
諦めて欲しい。
こんな煤汚れた女よりも、ずっといい人が彼には似合うから。
「では、俺は2番目の恋人でいい!」
「はい!?」
「その言葉の通りだ。レイナは鍛冶職人として生きたいのだろう? ならば俺はそんな君の意思を尊重したい」
「……第二王子を浮気相手にする一般市民の女なんて、聞いたことないですよ」
ああ、そういう人だったな。
なんとなく私は、アルギスがどういう人物か分かった気がする。
彼は自由なのだ。
自分勝手ではなく、他の誰かを優しく包み込みながら進んでいく。
王族らしい、豪快な生き方をする男なのだ。
「どうだ、それでもダメか?」
「わかりました。後悔しても知りませんからね?」
「後悔などしないさ」
私はアルギスの手を取り、歩むことにした。
その温もりは炎に似て、優しく感じられた。
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