6 ある少年の物心がついて以降のこと
平は間もなく中学3年生になる。
平が物心ついたとき、世の中は賑やかだった。やたらと騒がしかった。
平の周りにいる人も、各種のメディアで見聞きする世界の人たちも、常に忙しそうにしていたし、何かと攻撃的な人が多かったと思う。
平が小学校に入学して間もないある日。
父が興奮して喋っていたことを平は憶えている。
ー総選挙で、静穏中庸党が第一党になった。これから世の中が変わるぞ。
その時の父の喜びに満ち溢れていた顔も平はよく憶えている。
そして、どんな場所でも人々の会話の中にやたらと出てくる藤田寛幸という人物の名前と、その顔を平ははっきりと認識させられていった。
―優しそうで、綺麗な顔をしていて、なんてカッコイイお兄さんなんだろう。
平はそう思った。そしてその人が、平が日々生活しているその世界において、人々から最も尊敬されている人である、ということも平は知った。
静穏中庸党。
小学校の低学年であった平であっても自然に憶えたその政党は、日本以外の外国にもどんどん誕生していった。
アメリカ合衆国、イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、インド、ブラジル、カナダ、オーストラリア。
そしてロシア、韓国、中国。
絶対的唯一神を信仰する宗教が世の中心となっている国家を除いて、世界中の国家で静穏中庸党が政権を担うことになっていった。
藤田寛幸は人々から「統一者」と呼ばれるようになった。
小学校入学から卒業まで。
その6年間。
世界はどんどんと静かに平和になっていった。
平の周りの人々も、そして世界の人たちもゆったりと穏やかになっていった。
理想の世界。永遠の平和。
そんな言葉を、平は各種のメディアでよく見聞きした。
そしてもうひとつ、平がよく聞く言葉。
超越教。
その教えなるものを、平も読んでみた。
難しくてよく分からなかった。
父に言わせると、
ーこの世界は、とても大きなものに包まれている。
―死ぬということは、この宇宙から全ての願いがかなう理想の世界に還っていくということ
そんな教えなのだそうだ。
ーそうなのか。
平もその教えを信じてみようかと思った。信じたいと思った。
そして平の周りから、そして世界から、かつて「商品」
と総称されていたらしい多くのものが消えていった。
平の毎日の生活はとてもシンプルになった。
平が中学に入学した頃。
平は、周りの、そして世界の雰囲気というものが総じて変わってきていると感じた。
人々は「退屈」していた。
かつてあった世界が懐かしい。
そんな類の言葉を、平は色々なところで聞いた。
韓国で、台湾で、そして中国で総選挙が実施された。
その結果、静穏中庸党政権が倒れた。
第一党となったのは、韓国では民主党。台湾では国民党。
中国では自由党。
その他諸外国でも、間もなくこの数年間行われることのなかった総選挙が実施される。
世論の動向によれば、静穏中庸党はのきなみ打倒されることになるであろう、と予想されていた。
日本でも総選挙の実施を求める声が高くなっていた。
そして、藤田寛幸が逝去した。