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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛(現地)

引きこもり令嬢の元へ、王子が求婚にやって来ました。え?初めてお城を出た?外が怖くて帰れない?

作者: 廻り

こちらは次作のスピンオフですが、語られる年代が違うので別作品とさせていただきます。

こちらのみでも理解できるようになっております。

「マイラ、これをぼくに?」

「お母さまと一緒に作りましたの。ユリウスさまに、差し上げますわ」


 五歳の公爵令嬢マイラは、フェルトで作った小さなウサギの人形を差し出しながらにこりと微笑む。

 それを受け取ったこの国の第五王子ユリウスは、彼女と同じく五歳らしい屈託のない笑顔になった。


「ありがとう、マイラ!きみからの初めての贈り物だ。一生大切にするよ!」


 ユリウスの喜ぶ顔を見て、マイラは安堵した。

 五歳児が初めて作った人形なので、形はいびつだし縫い目もガタガタ。王子に贈るのは失礼だと母には止められたがマイラはどうしても今日、彼に贈り物を渡したかったのだ。


 今日はユリウスの五歳の誕生日。

 王宮の庭では、彼の誕生日を祝う盛大なパーティーが開かれていた。

 彼は大勢の貴族から祝われて忙しそうだったが、パーティーもそろそろ終了時刻に差し掛かり、マイラはやっとユリウスを庭の奥に呼び寄せる機会を得た。


「あのね……、ユリウスさまにお願いがありますの……」

「なんだい?贈り物のお礼として、ぼくにできることならなんでもするよ?」

「わたくしを、ユリウスさまの婚約者にしてくださいませ!」


 マイラは必死な表情で、ユリウスにそう願い出た。

 この国の王家や貴族家の子供は五歳から婚約者の選定が始められ、ほとんどの場合は十歳までに婚約者が決まる。

 そこに本人たちの意思が入ることはほぼなく、結婚とは国を円滑に維持するための手段でしかなかった。


 けれどマイラには希望があった。彼女は公爵令嬢であり、この国には現在王子が七人いる。

 父の話では、王子の誰かとは結婚する予定で王家とは話が進んでいるらしい。

 ならば、歳も同じユリウスが良いに決まっている。マイラはユリウスが大好きだった。


「……うん、ぼくも父上にそうお願いしていたんだ。マイラに先を越されてしまったね」


 ユリウスは照れ臭そうにはにかんだ。

 彼もまた、マイラのことは大好きだった。

 公爵家の子供達は王子や王女の遊び相手として頻繁に登城するが、物心ついた頃からユリウスはマイラばかりを誘って二人で遊んでいた。

 婚約者や結婚についてはまだよくわからなかったが、女の子を一人選ばなければならないのなら、マイラ以外には考えられなかった。


 ユリウスはマイラも同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、自らの唇を彼女の唇と重ね合わせてみた。


 マイラは今まで誰にもされたことがない行為だったので、瞳をぱちくりさせた。


「……今のはなんですの?」

「好きな人とすることなんだって。父上と母上が教えてくれたんだ」


 そうユリウスが微笑んだ瞬間だった――。


「ユリウス殿下っ!!」


 護衛の叫び声と共に、二人の周りに影が落ちてきた。

 雲が出てきたのかとマイラは思ったが、そうではないと空を見上げた瞬間に理解した。


 鳥型の魔獣が、二人をめがけて急降下してきていたのだ。


「きゃー!!」


 マイラの悲鳴と同時に、ユリウスは彼女をかばうように前へ出ると、魔獣に向けて手をかざして防御結界を張った。

 これは王家の者が最初に学ぶ魔法。しかしユリウスは、この魔法をやっと使えるようになったばかりだった。


 薄く張られた防御結界は、魔獣の爪よって呆気なく掻き消されてしまった。


 護衛の剣はあと一歩及ばず――。


 マイラをかばったユリウスは、全身に大きく傷を負ったのだった。






 それから十一年後。


 十六歳でこの国の成人を迎えたマイラは、公爵邸の自室にいた。

 昼間だというのにカーテンは閉めっぱなしで、灯りは机の上にあるランプが一つだけ。

 そのランプの灯りを頼りに書類仕事をしているマイラの背後で、父がため息をついた。


「お前も成人を迎えたのだから、そろそろ外へ出てみてはどうだ?」

「外へは、出たくありませんわ」

「この国ではもう、昔のように魔獣が襲ってくることもなくなった。安心して外へでても良いのだよ?」

「それは存じておりますが……、わたくしは一生をこの公爵邸の中で過ごすと決めましたの。将来公爵家を継ぐ予定のお兄様には了承を得ておりますし、こうして生活費も自ら稼いでおりますわ」


 マイラは父に振り向き、書類の紙をひらいひらと見せる。


「お前には婚約者がいるのだがな……。成人したからには話を進めなければならないというのに、どうするつもりだ」

「社交界でわたくしがなんと呼ばれているかくらい存じておりますわ。相手方にとっては十分な婚約破棄の理由となりましょう」


 公爵令嬢であるにも関わらず一度も社交場へ出たことがないマイラのことを、貴族達は『引きこもり令嬢』と呼んでいるそうだ。

 兄からその話を聞いた際は、自分にぴったりだとマイラは笑った。


 マイラは五歳の時に王宮の庭で魔獣に襲われて以来、外が怖くて公爵邸に引きこもりっぱなしだった。

 幼い身で恐怖を味わった彼女には両親も強く出ることができず、マイラは学校へ通うこともなく家庭教師を招いて知識を身につけた。


 今では父の補佐として事務官の仕事をこなし、一般の事務官と同じだけの給料を得ている。その給料は自分の生活費として全て家に納めていた。

 公爵令嬢でありながら、マイラは公爵邸で下宿しているような状態だ。


「相手方にそのつもりはないようだが……。それほど嫌なら、お前がしっかりとお断りするのだな」

「えぇ。公爵邸を訪れてくださるのでしたら、いつでも」


 にこりと微笑みながら、マイラは完成した書類を父に手渡す。父はため息をつきながら書類を受け取ると、それ以上は何も言うことなく部屋を出ていった。


 扉が閉じられたのを確認してから、マイラもため息をついた。

 父はあのように言っていたけれど、婚約者がマイラと結婚したいと考えているようには思えなかった。

 なぜならマイラは、婚約者と一度も顔を合わせたことがなかったのだ。


 婚約はマイラが十歳になった時に決められたが、慣例ならば男性側から挨拶に来なければならないというのに、彼はこれまで一度も公爵邸を訪れていない。

 それどころか、直接会うまでマイラには婚約者が誰なのか明かすなと言われているらしく、彼女は自分の婚約者が誰なのかすら知らない状態だった。

 予定が変更されていなければ七人の王子の誰かだろうけれど、マイラには見当がつかなかった。


(ユリウス様なら良かったのに……)


 マイラは幼き日の淡い恋心を思い出した。

 あの頃の二人は幼いながらに相思相愛で、優しいユリウスに会うのがいつも楽しみだった。

 彼が婚約者だったならこんな自分を受け入れてくれるかもしれないし、もしかしたら外へ出られるように……。


 そこまで考えたマイラは急に身体が震え出し、逃げ込むようにしてベッドへ駆け寄って寝具に潜り込んだ。


(ユリウス様が、わたくしを許してくださるはずがないわ……)


 あの日、マイラがユリウスと二人きりになろうとしなければ、魔獣に襲われることもなく彼の身体に傷をつけることもなかったのだ。

 何度か謝罪の手紙は送ってみたが、彼からの返事は一度もなかった。

 きっと自分を恨んでいるに違いない。マイラはそう思いながら今まで過ごしてきた。


(明日はユリウス様のお誕生日だわ……)


 あの日をやり直せたら、ユリウスを傷つけずに済むかもしれないのに。

 毎年、彼の誕生日がやってくるたびにマイラは同じ思いに囚われていた。

 

 




 翌日。

 昼食を終えたマイラが再び書類仕事を始めた時だった――。


 メイドは食事の後片付けを終わらせて出ていったので、夕方に父がいつものように部屋を訪問するまでは静かな時間が流れるはずだった。


 しかし突然に部屋の扉が乱暴に開かれて、誰かがマイラの部屋に入ってきたのだ。


 大きな物音に慣れていないマイラが「きゃーーー!!」と悲鳴を上げながらベッドの陰に隠れると、入室してきた誰かも「うわぁ!!」と驚いたような声を上げて、ベッドの反対側に身を隠した。


 お互いに身動き一つする音が聞こえず、静まりかえった部屋。


 そのまましばらく、沈黙が流れた。


(強盗……、ではないのかしら?)


 いきなり押し入ってきた割に、何も行動を起こさない相手。

 不審人物には変わりないが、今すぐ危害を加える様子はなさそうだ。


 穏便に話し合いで退室してもらえるかもしれないと思ったマイラは、意を決して声をかけてみることにした。


「あ……あの、部屋をお間違えではありませんか?」


 か細い声でそう尋ねてみると、少しの間があってから同様に消え入りそうな声が聞こえてきた。


「いや……、こちらで合っている。貴女に用事があって訪問した」


 訪問という言葉とは釣り合わない登場の仕方だったが、どうやら()はマイラの客人のようだ。

 『彼』と判断したのは、弱弱しいながらも声のトーンが男性のものだったからだ。

 声色から、兄のような若い男性のような気がする。


 けれど、引きこもり令嬢のマイラに男性の友人などいるはずがない。誰かがマイラを尋ねるなんてことはありえない。


「わたくしに……?失礼ですが、貴方様は?」

「僕は、その……、貴女の婚約者だ……」


 まさかの婚約者がこのような形で訪問してくるとは思わず、マイラは言葉を失った。

 再び沈黙が流れるが、強盗ではないとわかり少し気が楽になったマイラは再び口を開いた。


「婚約者様がどのようなご用件で……」

「僕も成人したので、貴女との結婚を進めようと思って……」

「お……お帰りくださいませ。わたくしは、このように引きこもり生活でございます。貴方様の妻に相応しくありませんわ」


 またも沈黙が流れるが、今度は彼から言葉が発せられた。


「それは無理だ……」

「なぜですの……?」

「もう、外が怖くて王宮へは帰れない……」

「……へっ?」


 あまりに予想外の返答だったので、思わす令嬢らしからぬ声をあげてしまったマイラ。

「こほんっ」と咳ばらいをして取り繕い、尋ね直してみる。


「申し訳ありませんが、どのような意味なのかお伺いしても?」

「僕は貴女に求婚するため、初めて一人で王宮の外へ出たんだ……。けれど、ここへ到着して力尽きた。魔獣が怖くてもう外へは出られそうにない」


 驚くほど気弱な理由を淡々と述べる彼だが、王宮から来たということは七人の王子の誰かで間違いないようだ。

 恐怖と戦いながら一人で公爵邸までやってきたようだけれど、こんなに気弱な王子はマイラの記憶にはない。ユリウスの下に幼い王子が二人いたので、そのうちのどちらかだろうかと予想を立てた。


「とっ……とんだ気弱王子様でいらっしゃいますわね!魔獣の脅威は精霊神様によって去りましたのよ。未だに怖いだなんて可笑しいですわ」


 王家が精霊神の召喚に成功したことにより、この国は精霊神によって魔獣から守られている。

 平和な国で魔獣に怯えるなど、本来は可笑しな話なのだ。


 機嫌を損ねさせて速やかにお帰り願おうと思い、失礼なもの言いをしてみたマイラだったけれど、それを聞いた彼からはくすりと笑い声が漏れた。


「一度植えつけられた恐怖心は、簡単には消えなくてね。けれど、魔獣が怖いのは貴女も同じだろう?」

「なぜそれを……」

「婚約者だから――。ねぇ、魔獣が怖い者同士、僕達はお似合いだと思わない?」

「わたくしは魔獣から守ってくださる方のほうが安心できますわ……」

「それなら心配はいらないよ。貴女を守るための魔法は学んだ」

「でしたら、その魔法を使って王宮へお戻りになられてはいかがですの?」

「魔法は貴女のためにしか使いたくない」

「強情な方ですわね……。なぜ、こんなわたくしに執着なさいますの」


 外が怖いのに護衛もつけずに公爵邸を一人で訪問してみたり、マイラを守るための魔法を学んでみたり。それでいてこれまで一度もマイラと顔を合わせようとはしなかった婚約者。彼の行動は、まるで理解できない。


 また沈黙が流れた後、彼がぽつりと呟いた――。


「物心ついた頃から……、ずっと貴女が好きだった」

「かっ、からかわないでくださいませ!」

「からかってなどいないよ。貴女を守れなかったのが悔しくて、今まで努力をしてきたんだ。精霊神にこの国の平和を願い、魔法を勉強してきた。……肝心の恐怖心はこの通りだけれどね」


(……守れなかった?)


 彼の発言にマイラの心はざわつき始めた。

 家族や使用人以外の男性に守られた経験など、一度しかない。


(まさか、そんなはずはないわ……)


 そう思いながらも、彼の発言から思い浮かぶ人物は一人しかいなかった。

 マイラが知っている彼は、気弱ではない。マイラを守るために幼い身で魔獣に立ち向かう度胸のある頼もしい王子だった。

 けれどマイラは、確認せずにはいられなかった。


「……ユリウス様……ですの?」

「うん……、久しぶりだねマイラ。覚えていてくれて、嬉しいよ」


 成長し声変りをしたせいで彼だとは全くきがつかなかったが、優しい雰囲気はどことなくあの頃を思わせる。


「どうして……、わたくしはずっと嫌われていると思っておりましたのに……」

「ごめんね。マイラを守れるだけの力を手に入れるまでは、会う自信がなかったんだ」


 静まりかえった室内で、かさりとユリウスの動く音が聞こえてくる。


「マイラの顔が見たいんだけど……、良いかな?」

「……はい」


 胸の高鳴りを感じながらマイラが返事をすると、四つん這いでベッドの反対側へ移動してきたらしいユリウスが、ベッドの隅から顔を覗かせた。


「やっと会えた」


 嬉しそうに微笑みながらマイラの向かいに座り込んだユリウスは、マイラが記憶していた彼の雰囲気は残しつつも青年へと成長した顔つきになっていた。

 大人の彼にドキドキしながらも、マイラが気になったのは彼の肌だ。


 マイラが最後に見た彼は、魔獣の爪にひっかかれて顔も身体もひどい傷を負った状態だった。

 ランプの灯りだけなので細部まではよくわからないけれど、あの時負ったはずの傷は残っていないように見える。


「ユリウス様、顔の傷は……」

「精霊神が治してくれたんだ、身体の傷もね。マイラが気にしていると聞いてはいたんだけど、見せに来るのが遅くなってしまってごめんね。こんなに情けない僕のことは、もう嫌いになってしまったかな……?」


 彼がこのような性格になってしまったのは、全て自分のせいだとマイラは理解した。

 あの日、マイラがユリウスを連れ出さなければ、彼が身体だけではなく心にも傷を負うことはなかったのだ。


「……いいえ!わたくしのほうこそ、ごめんなさい!ユリウス様がこうなってしまったのは全てわたくしのせいですわ!」

「マイラが責任を感じる必要はないよ。王宮の庭へ魔獣が襲撃してきたのはあの時が初めてだったんだ。五歳だった僕達にはどうにもできない事態だったんだよ」


 そう諭すように微笑みながら、ユリウスはその後の自分がどうしていたのかを話し始めた。






 この国は長年にわたり魔獣の脅威に晒され、人々は恐怖に怯える毎日を過ごしていた。

 国主導で冒険者の支援などもおこなってきたが、その成果が出ることもなく魔獣は増えるばかりだった。


 打つ手がなくなった国王は最終手段として、魔導士達に頼ることにした。

 彼らが長年研究してきたのは魔法陣による召喚。彼らの助言を受け、古くから神聖な地として守られてきた北の森に神殿を建て、神の降臨を試みることが決まった。


 しかし生贄の選定をしていた矢先、ユリウスとマイラが王宮の庭で魔獣に襲われるという事件が起きてしまった。

 全身にひどい怪我を負った息子を目にした国王は青ざめた表情となり、一刻も早く神の降臨が必要だと生贄の選定を急がせようとした。

 けれどそれを止めたのは、ベッドの上で全身に包帯を巻かれてぐったりとしていたユリウスだった。


『父上……、ぼくが生贄となります……。子供なら男でも……良いので……しょう?』


 魔獣に襲われたユリウスとマイラが護衛に助けられた後、泣きながら自分に謝罪しているマイラの顔がユリウスの脳裏には焼きついていた。

 マイラを悲しませるつもりは、微塵もなかった。防御結界の魔法さえ使えばマイラを守れると、五歳の彼はそう信じていたのだ。


 しかし覚えたての防御結界はあっさりと破られ、このような有様になってしまった。

 マイラを守れなかったユリウスは、五歳にしてこの国の現状を痛感した。

 彼女や国民が平和に暮らすには、神に縋るしかない。マイラに会えなくなるのは悲しいけれど、それが王子に生まれた自分の責務だと、生贄になる決意をした。


 王宮にいる誰もが、ユリウスを生贄にすることに対しては反対をした。

 けれど本人の熱意に押されたことや、ユリウスは怪我が治っても不自由な生活になるという医者の診断が追い打ちをかけた。

 もしユリウスの身体に神が宿れば、彼はまた自由に体を動かせるようになるかもしれないと淡い期待を持つ者も増え、結局は本人の希望通りにユリウスは生贄となることが決定した。




 真新しい神殿に運び込まれたユリウスは、神殿の中央に描かれた魔法陣の上に寝かされた。

 その周りを魔導士達が囲み、神を降臨させる儀式が始まった。


 魔導士達が魔法陣を発動させると、辺りには誰もが目を開けていられないほどの風が巻き起こった。

 しかし魔法陣の中央に寝かされていたユリウスだけは、風の影響を受けることなく神が降臨する一部始終を目にしていた。


 天井からキラキラと光の粒が舞い降りてきて、その光は次第に人間の大人くらいの大きさの塊へと変化していく。

 それから徐々に、色や形がはっきりとしてきた。


 透き通るような白い肌、白髪は光の加減で若葉のような色合いを見せ、瞳は黄金に輝いている。

 背中からは蝶のような羽が生えており、透き通っているその羽も髪の毛と同じく光の加減で緑がかる。


 事前に自分の体に降臨するかもしれないと聞かされていたユリウスは呆気にとられたが、『神々しい』という言葉そのままの姿をしている彼から目が離せなかった。


『せっ……精霊神様が降臨されたぞっ!』


 遠くから叫んだ国王の声に反応したように、降臨した彼はユリウスを見下ろした。


『俺は、精霊神になったのか?』

『……違うのですか?』


 五歳児に問われても困る。

 困惑しながらもユリウスが聞き返すと、精霊神は自らの身体を見回した。


『精霊ではあったが、身体が大きくなったようだ。この魔法陣のせいだな……。俺の魂がこの建物と繋がりを持ってしまっている。それと、お前ともな』

『ぼくと?』

『あぁ。お前がこの魔法陣の上にいたせいだろう。それにしてもひどい身体だな……』


 ユリウスは生贄として魔法陣の上に寝かされていたので、包帯すら取られた状態で衣類と言えるものは腰に巻きつけられている布だけだった。

 傷が大きく見える状態だったため、精霊神は顔をしかめた。


『魔獣にやられたのです……。神さまには、お願いがあって来ました』


 そう本題を切り出すと精霊神は興味を持ったのか、床にあぐらをかいて座りユリウスの話を熱心に聞き始めた。

 ユリウスは父親である国王から聞いた国の状況や自分達が襲われた日のことなど、知っている限りの情報を全て精霊神に話して聞かせた。


『ふむ、つまりお前の命と引き換えにして、俺に国の平和を守って欲しいと』

『お願いします精霊神さま!』

『断る』

『え……』


 あっさりと断られてしまいどうしたら良いかわからなくなってしまったユリウスを見て、精霊神はにやりと笑みを浮かべた。


『お前らが勝手に召喚しただけで、俺は神ではない。だが、その話は面白そうだから受けても良い。この神殿と繋がりを持ったせいか随分と力が増したようだから、魔獣を蹴散らすのは容易いだろう』

『ありがとうございます……!』


 理解のある精霊で助かった。ユリウスはほっとしながら目を閉じた。

 後は精霊神に命を捧げたら自分の任務は終了する。


 精霊神に触れられる感触があり、恐怖で体が震え出した。が、ユリウスが想像していた苦痛とは正反対の暖かい感触が全身を包んだ。


 そっと目を開けてみると、精霊神の服が目の前あった。

 どうやら精霊神に抱きしめられているのだと、ユリウスは気がついた。

 父や母に抱きしめられるよりもずっと心地よい感覚が不思議でならない。それどころか傷の痛みはどんどんと和らぎ、身体が動かせるようになってきた。


『精霊神さま……ぼくの怪我が……』

『神ではないと言っただろう……ノアと呼べ。お前はなんという名だ?』

『ノアさま……。ぼくは、ユリウスです』

『ユリウス、お前の命などもらっても困るから傷は治してやる。その代わり、俺の……友となれ』


 こうして精霊神ノアとユリウスは友となり、国から魔獣の脅威は去った。

 ノアの力によって身体の怪我が完治したユリウスは、いつか自力でマイラに会いに行こうと決意し、精霊神ノアから魔法を学ぶのだった。







 ユリウスの話を聞いたマイラの心は落ち着かなかった。

 自分はあの時のトラウマを抱えてずっと引きこもっていたというのに、ユリウスはひたすら自分のために行動してくれていたのだ。

 申し訳ないと思いながらも、どうしようもなく嬉しさがこみ上げてくる。


「先ほどは気弱王子様などと失礼な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした……。ユリウス様はあの頃と変わらず、勇気のある方ですわ」

「勇気か……。僕の勇気は、マイラためでなければ発動しないけれどね」


 ユリウスは苦笑しながら、マイラの頬に触れた。


「ねぇ、マイラ。これからは僕の婚約者として、そして近い将来には妻として、僕の隣で僕に勇気をくれないかな?」

「わたくしでお力になれるのでしたら……、ぜひ」


 あの日、幼いながらも大胆にユリウスの婚約者になりたいとお願いしたマイラ。

 彼はあの時の約束を、こっそりと叶えてくれていたのだ。


 昔と変わらず、優しいまま成長した彼の妻になれる幸せを噛みしめていると、あの日と同じように彼の顔がマイラへと近づいてきた。

 あの日のマイラは彼の行為に驚いただけだったけれど、大人になったマイラには口づけされるのだとわかる。


 それと同時に、あの日の恐怖が蘇ってきた。


「まっ……まってくださいませ。また魔獣に襲われるかもしれないと思うと……わたくし怖いですわ」


 あの時は口づけをされたすぐ後に魔獣に襲われた。

 幸せな気持ちが大きい分、また同じ悲劇が繰り返されるのではと思うと恐ろしくなって、マイラの身体は震え出した。


「あの時と同じ失敗はもう繰り返さないよ。これならどう?」


 ユリウスが片手を天井に向けてかざすと、防御結界の魔法が発動された。

 五歳児だったユリウスの防御結界は薄っぺらなものだったが、今のユリウスが発動させた防御結界は二人をすっぽりと包み込むような立派なものに進化していた。

 彼は本当に魔法を学んで、強固な防御結界を張れるようになったようだ。


 マイラの身体は安心したように震えが収まり、緊張していた顔も緩んでいく。

 その彼女の顔を両手で包み込んだユリウスは、再びマイラに向けて唇を寄せた。


 あの時と違い大人となったユリウスの口づけを受けて、マイラは魔獣とは違う危機感を覚えてびくりと心臓が跳ね上がった。


 マイラがもう限界だと思ったところで、ユリウスから唇を開放され。

 その代わりのように額同士をくっつけた彼は、にこりと微笑んだ。


「魔獣、襲ってこなかったね?」

「でっ……ですわね」


 マイラは魔獣のことなど頭からすっぽり抜けていたが、慌てて同意をした。大人になって初めての口づけの感想が、これで良いのだろうかと思いながら。

 けれどトラウマを理解し合える相手に出会えたのだという気持ちも、同時にこみ上げてきた。


「これからゆっくりと、二人で成功体験を積み重ねていこうよ」

「はい……、ユリウス様とでしたら元の自分に戻れる気がいたしますわ」


 こうして二人は結婚に向けて、外へ出るための成功体験を地道に積み上げていった。

 その陰では精霊神ノアが、過保護的に二人を助けたのだった。







 それから二十年後。

 今日はユリウスとマイラの一人娘と、マイラの兄の息子との結婚式がおこなわれた。

 今ではトラウマを克服し、どこへでも出歩けるようになっていたユリウスとマイラも式に出席ることができ、今は公爵邸の庭で披露パーティーが開かれていた。


「どうして娘を俺にくれなかったんだ……」


 庭の隅で不貞腐れている精霊神ノア。とても他人には見せられない状況に、ユリウスとマイラは苦笑いした。

 ノアは二人の娘を自分の娘のごとく可愛がっていたので、ショックが大きかったようだ。


「僕の血を残さなければ国の平和を守れないと言ったのはノアだろう?ノアのお嫁さんにしてしまったら、この国を守ってもらえないじゃないか」


 ノアがこの国の平和を守ると契約した相手は、ユリウスであり国ではなかった。

 その契約を未来永劫存続させるためには、この国にユリウスの血を受け継いでいる者が必要だと彼は話した。


「そうだが……。ユリウスにマイラがいるように、俺にも伴侶が欲しい……」


 本来ならばその役目は生贄であるユリウスのはずだったが、残念ながらユリウスとでは性別が合わない。

 しかし召喚時にユリウスとは魂の繋がりを持ってしまったので、ノアはユリウスの血を受け継いでいる者を伴侶に欲していた。


「今は無理だけれど、何代か後なら僕の血もほどよく広まっているだろうから、ノアの伴侶に僕の子孫を据えても良いよ。けれど、本人の意思は重視してよ?ノアの伴侶にしても良いのは、君を心の底から必要としている者だけ」

「ふむ。ならば、ユリウスの子孫には俺を頼るよう言い伝えてくれ」

「そうだね、神話でも作って布教するよ」


 その後ユリウスは本当にノアに関する話をいくつも作り、神話として子孫に伝えた。

 何代か後の子孫がその本を聖書風にアレンジし、何百年も経った今では本当に聖書として国中の精霊神聖堂で使われている。


 国中の誰もが聖書は信仰のために作られた空想の話だと思っているが、そのほとんどが実話であることは今となってはノアしか知らない。


 そして聖書の冒頭に出てくるのが、この話。


『引きこもり令嬢の元へ、王子が求婚にやって来ました』


 これは図らずも聖書になってしまった、引きこもり令嬢と気弱王子の物語だ。



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