中学校編2
あの日以来、僕はどうにも智尋とまともに目を合わせられなくなってしまって、その結果、意識しすぎてまともな会話すら出来なくなっていた。
会話なんてほとんどしてなくて、うん、と言って頷いたり、笑ったり、話を聞いてるフリをして相槌をうつだけ。
以前のように接することが僕には難しくなってしまっていた。
そのことは智尋も隼人もすぐに気付いていたんだろうけど、二人とも僕に気を遣ってか何も言ってこない。それがまた僕を追い込んだ。
智尋を避け始めた日から、僕はなんとなくダイエットを始めてみたりなんかしたのだけれど、毎日の間食を止めたくらいじゃ僕の体重は一向に落ちない。僕はそれでも少しずつ食事を抜けば体重は落ちるだろうと思い、ダイエットを継続することにした。
「──、みのりいる?」
空腹でボーッとしていた昼休み、突然聞こえた自分の名前に僕はのろのろと顔を上げた。
声のした方を探せば、教室のドアに智尋が立っているのが見える。
「!」
僕は驚いて立ち上がる。ガタン、と派手に椅子が倒れ、そのせいでクラス中の視線を浴びた。勿論智尋も見ている。
「あ、ち、智尋」
智尋は僕の方へ近寄ってきてすぐに眉を顰めた。何故かって、理由は明白だ。今は昼休み中で、でも僕の机の上にはお弁当も何もなくて水のペットボトルだけがあるから。智尋はそれを見て、ハァ、と呆れたように溜め息を吐いた。
「……いつからだ」
「………い、いつ、って?」
「とぼけんな。ダイエットしてるっぽいってお前のクラスの奴から聞いて知ってんだよ」
俺も隼人もな。
隼人、の名前に俺はビクリと肩を揺らした。出来れば隼人にだけは知られたくなかったかも、なんて、見当違いなことを思ってしまう。
ピリピリと苛立った様子の智尋を上目で伺いつつ、僕は内緒話をするようにこっそり尋ねた。
「……隼人、怒ってた?」
「当然。俺も怒ってる。──来い」
ぐい、と智尋に腕を引かれて、僕は慌てて足を踏み出した。
立ち上がった時に倒した椅子に足が引っ掛かって転びそうになる。けれど智尋はそれには気付かず、前を向いたままぐいぐい僕の腕を引っ張って早足で教室を出た。
教室を出ても智尋は僕を一切見ない。
中学に上がってから更に開いてしまった歩幅の違いに僕は早くも息を乱してしまって、情けないとは思うけれどもついに音を上げてしまった。
「ま、…って。ち、智尋、っ……お願い、待って!」
苦しい。息が上がって上手く酸素が吸えなくて苦しい。
それでも智尋は止まらず、振り返ることもせず、どんどん歩いていく。
やっと智尋の足が止まったのは3階にある美術室の前で、僕は、はあはあ、と大きく肩で呼吸した。
「……智尋、な、なに…?」
「中入れって」
ガラ、とドアを開けて先に入った智尋が僕の腕を引く。
その際智尋の胸に軽く顔が当たってしまい、僕は慌てて智尋から離れた。
いけない。智尋は、智尋はこういうの凄く嫌がる。潔癖性なんだもん。
でも僕汗かいてる……智尋に汗がつかなかったかな。それよりも息が上がって……僕ハアハアしてる。どうしよう。
「……っ」
急いで両手で口を押さえてみる。
智尋が片眉を上げて僕を見た。
「…お前何やってんの?」
「……っ、プハァ!はぁっ、はあっ、く、苦し」
息が上がってるのに口を押さえたせいで僕は余計に息苦しくなって、ぜーはーと肩で呼吸を繰り返した。
自分の馬鹿らしさと智尋の冷めた目を見て、何だか悲しくなって僕の目にはじんわり涙の膜が出来た。智尋にはバレないように、サッと俯いて顔を隠す。
智尋はそんな僕を気にも留めない口調で、話を切り出した。
「ハッキリ言わねぇとお前絶対自分からは何も言わないタイプだから、言うわ。みのり、お前いい加減にしろよ」
「………」
「自分でも分かってんだろ。何で俺たちに何も話してこないわけ?」
「………そ、れは」
厳しい口調の智尋に、僕は益々顔を上げられない。
呼吸は落ち着いてきたけれど、今度は脈拍が上がってきて、心臓の音がうるさいくらいだ。
「じゃあ1つずつ聞く。ダイエットしてんのは何で」
「……」
「みのり」
「……り、理由は特に…なくて。ただなんとなく始めてみただけ」
「本当にそれだけか?」
「……うん」
問い詰める智尋の声がいつもと違ってどこか硬くて、尖っているように思う。
きっと顔も怖くて冷たいんだろうなと思った。下を向いたまま僕は自分の体を片手でぎゅ、と抱き締める。
「ふーん。なんとなく、ね。じゃ次、俺を避けてる理由は?顔上げて言ってみ」
「……っ、えと、それは」
「みのり」
「…だ、だからあの」
「だから顔上げろって!」
「…!」
いつまで経っても俯いたままの僕に智尋は僕の顎に手をかけて、無理矢理顔を持ち上げた。
瞬間目に入ってきた智尋の顔に、僕はたまらずポロッと涙を溢してしまう。智尋の目がわずかに大きく開いた。
「……っう、く、ふっ」
「…、どうした?」
「…な、なんでも……ないっ」
「何でもないわけねえだろ。まさか苛められてんのか?誰だ。名前言え」
「ちが、う」
「じゃあ何で泣いてんだよ…ああ、もうクソッ腹立つ!言え、みのり。隠すんならお前のクラスの奴に聞きにいくぞっ」
「違うったら!」
違う、とまた泣きながら否定して、僕は智尋の前でわあわあ泣いた。
泣きながらあの日、智尋と谷君と遠藤君の三人の話を聞いてしまったことを、僕は何度もしゃっくりでつっかえながら洗いざらい全て話した。
智尋が女子とHなことをした話にビックリしたこと。
谷君にデブって言われてヘコんだこと。
そして、智尋が僕の知らないところで、デブの僕と一緒にいるせいで文句を言われていることに一番傷付いたこと。
泣きながら、僕は全部智尋に打ち明けた。
智尋は最初、お前聞いてたのかよ!と顔を赤くして照れていたけれど、僕が話を進めるうちに段々険しい顔になっていって、しまいには馬鹿だな、と呆れたように僕の頭を軽く叩いてぼやいた。