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そのままの君がすき  作者: 神山
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中学校編




「――それでは、これで美化委員会の定例会を終わります」



3年生の委員長の先輩がそう言ったのと同時に皆が一斉に立ち上がり、ガタガタと机が揺れた。

ボーッとしていた僕はそのことに気が付いて慌てて立ち上がり、書類をかき集めてから一番最後に教室を出る。



「ふーみんお疲れ~。委員会終わった?」


「あれ…っ、隼人?何で制服なの?」



委員会の集まりが終わって教室に向かう途中、廊下の向こうから隼人が歩いてくるのが見えて驚く。


てっきり、サッカーで汗を流している頃だろうと思っていたからだ。



「部活は今日休み。テスト前だからね」


「あ、そっか。そうだよね。中間の時も休みだったもんね」


「そー。だからふーみんと久しぶりに一緒に帰れるじゃん、と思って。あ、勿論智尋もいるよ」


「…ほ、本当に?嬉しいなぁ。久しぶりだよね、3人で帰るの!」



思わずテンションが上がって笑顔で喜ぶと、隼人がニコニコ笑いながら頭を撫でてきた。


「ふーみんも俺たちと一緒にサッカー部入れば良かったのに。そしたら毎日一緒なのにさー」


「無理だよ…だって僕、デブだもん」


つい、デブ、と自重する部分が小さくなってしまったけれど、隼人はそれを聞き逃さなかったようで、コツンと僕の額を指で小突く。


「そんなこと言わないの。ふーみんは体型気にしすぎなんだよ」


「で、でもね、5月にやった健康診断の時に、僕だけ肥満ってスタンプ押されたんだよ…?中学1年生の時はなかったのに…」


半年も前のことを思い出してしょんぼりする。


確かに去年より体重は17kg増えたのだけれども、身長も10cm以上伸びたのだ。

見た目は中学1年生の時と大して変わらない…と僕は思っているけれど、もしかしたらそれは自分だけなのかもしれない。そう考えると、以前よりもずっと自分の体型がコンプレックスになってしまっていた。


勿論これ以上太らないように努力はしているつもりだ。けれど僕がダイエットなんかを始めると――、



「……まさかふーみん、ダイエットしようだなんて考えてないよね?」



と、このように、毎回、必ず、隼人から厳しい牽制が入る。


いつもニコニコしてる隼人が、この時ばかりは何故か温度を失ったかのような冷たい目で見てくるので、僕はこの隼人がちょっと苦手だ。

だから急いで答えなきゃと思うのに、妙なプレッシャーからか逆に吃ってしまって上手くいかない。


「か、考えてない。考えてないよっ?あのね、でも…僕だけなんだって。肥満値超えてるの、うちのクラスで僕だけなんだって。前に担任の緒方先生が言ってたんだ…」


「だから何?…お前だけ肥満だから、だから痩せろって言われたの?」


「っ、違う、違うよ…緒方先生は太ってると健康にも良くないし、おまけに高校大学出て社会人になる時に、しゅ、就職にも不利だって…だから、だから…」


「………、ふーみん」


ハァ、と呆れたように溜め息を吐く隼人に、僕はビクッと肩を揺らした。


「ふーみんは素直すぎ。教師とか親とか、大人が言うことはみんな正しいって思ってる」


「…そんなこと、ないよ」


「じゃあ何でダイエットなんかしようとすんの」


「………、だ、だって」


隼人の口調はいつも通り優しいものに戻っていたけれど、纏うオーラがまだ怒っているようで僕は俯いたまま小さく反論する。


それを分かった上で隼人は、ふーみん?と甘い声でわざと僕の顔を下から覗きこみ、ニコリと極上の顔で微笑みかけてくれた。


「ごめん。ふーみんに怒ってるワケじゃないから。そんな顔しないで」


「……うん、大丈夫。ごめん隼人」


隼人が悲しそうに笑うから、僕も謝る。


こんな時なのに僕は、隼人がどうして女の子にモテるのかその理由がなんとなく分かった気がして、隼人は凄いなぁ、なんてトンチンカンなことを考えていた。



「――じゃ、この話はおしまい。2組で智尋が待ってるから呼んでくるよ。ふーみんは自分の教室で帰る支度してて?」


「う、うん。分かった」


「荷物取ったらすぐ行くからねー」



さっきまでのやりとりなんかまるで何もなかったかのように、ケロッとした顔で手を振って隼人が僕の教室とは反対方向の廊下を歩いていく。


……隼人……隼人はどうして、僕がダイエットしようすると嫌がるのかなぁ。


「………」


僕はしばらくそのまま突っ立っていたけれど、考えてもしょうがないか、とくるりと踵を返して自分の教室に向かった。



あと数歩で教室に着く、という時、



「……――はあぁっ!?マジかよ!」



教室の中からそう叫ぶ声がして、ビックリして僕は思わず足を止めた。



「美馬ぁ、いくら格好つけたいからって嘘つくなって!」


「ギャハハハ!こいつ!必死!童貞だから!」


「うっせ!お前もだろぉ!?」



美馬…?


聞き慣れたその名前にまさか、と思い、そーっと教室の中を伺う。


やっぱりいた。智尋だ。


智尋は僕の机の上に座り、向かいに立っているであろう僕のクラスメイト――明るくて面白いグループの谷君と遠藤君だ――と仲が良いのか、何やら楽しそうに話し込んでいた。


隼人は智尋を呼んでくると言っていたけれど、智尋は多分、待つことに痺れを切らして僕の教室まで来てしまったんだろう。


智尋を待たせて申し訳ないのと、隼人にこのことを知らせなきゃいけないのと、先にどちらを優先しようかとオロオロしていると、突然僕の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。



「つうか……なぁ?ガチ?ガチなの?2組のエミリンとガチでヤッちゃったの!?焦らすな、美馬!」



…………えっ?


い、今、なん、なんて……っ



「……っ!」



思わず叫び声をあげそうになって、僕は慌てて自分の手で口を塞ぐ。


…ダ、ダメだ。今、今ここで立ち聞きしていい話じゃない……と思う。


例えそれが冗談だったとしても、童貞でそういう知識があまりない自分には刺激が強すぎる話だ。



――逃げなきゃ。



でもそう思った時には遅かった。


智尋がけして大きくはない声で、むしろ全然自慢気ではない声で面倒そうに言った言葉が、自分の足を止めてしまったのだ。



「――ヤッてはねえよ。あの女が汚くて触れなかったっての。だから…フェラ、つうの?それさせただけ」



ふ、ふ、フェラ…?フェラって…なんだっけ…


どこかで聞いたことがあるような、意味は分からないけどでも卑猥な響きのその単語に、僕は一瞬でカァッと体が熱くなった。


昔からの幼馴染みが自分とは縁遠い性行為を経験したんだと知ってしまうと、何やら置いていかれたような、妬ましいような、恥ずかしいような、尊敬のような…とにかく色んな感情がブワーッと体中を駆け回り、暴れだす。



「~~~っ」



自分では収拾がつけられないほどカッカッと火照る体を抱き締めて、僕はずるずるとドアを背もたれにして床に座り込んでしまった。


…も、もう聞きたくないのに。逃げなきゃいけないのに……体が震えて、ここから一歩も動けない。


こちらのそんな気持ちなどまるで知らない3人の赤裸々な会話が教室の中からハッキリ聞こえてきて、僕は恥ずかしくて目を瞑り両手で耳を塞いだ。


それでも耳は会話の1つ1つを拾ってしまう。



「げーっ、勿体な!何で最後までしなかったんだよっ!?」


「…だからぁ…俺、ダメなんだよ昔っから。体臭っつうか汗っつうの?とにかく汚いと思ったらもう無理。臭ぇと思ってる奴に触るとか無理。穴とか、あんなグロいもん気持ち悪くて見てねえし」


「潔癖過ぎだろ!」


「え、じゃあエロ本は?エロDVDは?」


「モザイクがある。俺、成人しても無修正なんか絶っ対見ねー」


「美馬が馬鹿で助かったぁー!っしゃあ!」


「ハハハッ、そこ喜ぶところかよ童貞!」


「だーかーらー!お前もだろがよっ!」



ゲラゲラ、ゲラゲラ。


智尋と谷君、遠藤君の笑う声が遠くで聞こえるような気がする。


早く、隼人、早く来て、と願うけれども、隼人は隼人で教室にいない智尋を探しているんだろう。


自分がこの場を離れることが出来たら一番いいのに、僕の足は情けないくらい震えて立ち上がることが出来ない。



……どうしよう。



赤い顔を隠すように膝に頭を押し付けて、僕は考えた。

この場から何とか逃げる方法を。


そんな時。



「つうか美馬さー、そこまで潔癖症なんだったら何であのデブと仲良いわけ?」



谷君が、なんとなくという風に言った言葉に、僕は自分の心臓の音が一瞬聞こえなくなってしまった。



「は?デブ?……って、みのりのことか?」


「谷~、お前な、今文谷が委員会から戻ってきたらどうすんだよ」


「…あ、やっべ!」



ガタガタ、と机か椅子を揺らして谷君が立ち上がったようだ。


その音に僕も驚いて顔を上げる。もしかしたら谷君が廊下に向かってくるかもしれない、と思ったからだ。



――だ、だめ…!



そう考えた時にはもう、僕は震えて力の入らない足のことなんかすっかり忘れて勢いよく立ち上がっていた。

そしてその勢いのまま、さっき通ってきたばかりの廊下を駆ける。



早く、早く。

逃げなきゃ。ダメだ。見つかったらダメ。



そして急いでいたせいで、僕はすっかり忘れていたのだ。



「ふーみん?」



階段を駆け降りている途中、聞こえた自分の名前に僕は、ハッと慌てて後ろを振り向いた。



「…は、っ、隼人。あ、ごめん…僕っ」


「どうしたの、そんな急いで。荷物も持ってないし」


「……あ、」



隼人に言われて気が付く。

僕の荷物は教室に置きっぱなしだ。あの、智尋たちがいる教室に──



「……隼人、僕っ、先に帰るね…!」



そこまで考えた時、僕の口から勝手にそんな言葉が出てきた。

隼人が不思議そうな顔で僕を見ていたけれど、僕は隼人の返事を聞く前に走り出す。



「え?…あっ、ふーみん…!」



隼人の声を背中で受けて同時に、僕は走った。後ろを振り返ることなく走って走って階段を駆け降りた。




こんがらがった、めちゃくちゃに散らかった頭で、僕は考える。


ショックだったのは、幼馴染みの智尋が女の子とそういうことをしたから?


谷君が、僕をデブと言ったから?


違う、どれも正解で、どれも違う。


僕の頭の中をぐるぐる回っている一番強く残るショックは、僕のいないところで智尋が、僕のクラスメイトから、なんであんなデブと一緒にいるんだと、言われていたことだ。


それがとても、悲しくて──辛い。



隼人も智尋も、サッカーを始めると同時に身長も伸びてきて、今じゃ学年の中でも人気のある男子だ。カースト上位というらしい。

対して僕は部活にも入らずに、誰もやらない美化委員を押し付けられた毎日を適当にのんびり生きているデブ。

そんな僕が隼人や智尋と一緒にいたら、みんなきっと、谷君と同じように考えるんだろう。


なんであの二人が、あのデブと一緒なんだろう、って。


その事実に今まで気が付かなかった自分が恥ずかしい。

隼人と智尋にもそんな思いをさせているのかと思うと、そんなことにも気が付かなかった自分がみっともなくて恥ずかしい。恥ずかしくて消えてしまいたい、そう思った。




ふーみん、と隼人が呼ぶ声を無視して、僕は自分でも整理のつかないこんがらがった頭を抱えて、得体の知れない何かからとにかく早く逃げていたかった。




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