第9話「ゆっくり成長すればいいじゃない」
受付嬢は三人の落ち込み具合を見て心苦しくなっていた。だが彼女にはどうしてもやらなければならないことがある。
心を鬼にして規則を伝えることだ。
「クエスト失敗で傷心のところ申し上げにくいのですが、クエストを失敗した場合、王都ギルドの規則で罰金をいただいております」
罰金。そう聞いた瞬間、レンとフィアナは見合った。
二人の様子にユッサは膨れる。
「二人とも、ちゃんと受付嬢さんの説明聞いてなかったんだね。わたしはちゃんと聞いてたから驚かないよ」
レンとフィアナの顔が青ざめていく。
ユッサは「ざまあ」と小声で呟いた。
受付嬢はユッサの「ざまあ」が聞こえてしまい動揺してしまう。
人は見かけによらないと思いつつ話を再開する。
「今回は銅ランクのクエストでした。依頼内容としては比較的容易いものでしたので、一人、王都ギルド最低罰金額の二千ミヨスとなります。よろしいですか」
「よろしくありません受付嬢さん! 俺たちは今回が初めてのクエストだったんだ。まして装備も貧弱の一文なし。そんな俺たちに罰金を要求するだなんて、あんたに良心はないのかよ」
レンがチワワのような眼差しを受付嬢に向ける。
「規則ですから。ああ、でも心配しないでください。いますぐ払わなければいけないわけじゃありません」
「支払い期日は? 猶予はどのくらいだ」
「とくにありません。払えるときで構わないですよ」
受付嬢の返答にレンは胸を撫で下ろす。
だが一方、フィアナは厳しい目をしていた。
「ギルドに入ったのは失敗だったのかしら。クエストを達成できなければ罰金を課せられる。なら、個人的にやったほうがいいのかもしれないわ」
「いまさら言うなよ。あんたが言ったんだぞ。入って損はないってな」
「それはそうだけれども。受付嬢さん、ついでだから聞いておこうかしら。クエスト達成時の報酬は額面どおりに払われるのよね?」
フィアナが質問した瞬間、受付嬢はなぜか顔を逸らした。
ユッサも続くように質問する。
「依頼主はギルドにいくら払ってるの? わたしたちも困ったら依頼したいから知っておきたいの」
「すみません。ギルド加入者は原則として依頼はできないことになってるのです」
「家族が依頼した場合はどうなるの?」
「それなら構いません。ですがギルド加入者はそのクエストに関わることはできません」
ユッサに対して受付嬢は丁寧に答える。即答できるあたり、全て頭の中に入っているようである。
しかし、頭の中に入ってても即答できないこともあるようで。
「ちょっと聞いてる? あーしの質問に答えてないわよ」
フィアナは眼光鋭く受付嬢を睨む。
受付嬢は打って変わりうろたえながらも、すぐに態勢を戻した。
「報酬が額面どおり支払われるかでしたね。それはもちろんです。心配ご無用です」
「ふーん。じゃあなんで目を逸らしたのかしら。なにか隠してないでしょうね」
「隠してるなんてありえません。まだ確認したいことはありませんか」
「あーしはもうないわ。あなたたちは?」
フィアナは深いため息をとともにテーブルに伏す。
「わたしもいいかな。わからなくなったら聞くよ」
「二人ともないなら俺もいいや。いっぺんに言われて覚えられるだけの記憶力があるわけでもないしな」
レンは受付嬢にコーヒーを注文すると、フィアナ同様にテーブルに伏した。
「コーヒーですか!? あの苦いだけの黒い液体を飲むんですか!?」
受付嬢は顔を引きつらせている。
それもそのはず。アリシアでコーヒーを飲む人はモノ好きを通り越し変態と呼ばれるほどなのだ。
つまりこの瞬間、受付嬢はレンのことを変態と認識したのである。
「わたしもなにか飲もうーと。受付嬢さん、ほかにはどんな飲み物があるの?」
「こればかりは個人の好みになりますけど、いちばん人気はエールになります」
「エールってお酒だよね。わたし未成年だよ」
「でも十五歳ですよね。十五歳で成人ですから問題ないですよ」
異世界では飲酒できる年齢であると聞きユッサは目を丸くする。
だが受付嬢の言葉に反応したのはユッサではなく、テーブルに伏していたフィアナだった。
「はいはーい! あーし飲む!」
「フィアナちゃん飲めるの?」
「あーしは女神だもの。どれだけ飲めるかで女神の格が決まると言っても過言じゃないわ」
「へえ、そうなんだ。なら挑戦してみようかな。郷に入っては郷に従えって言うし」
ユッサが意を決してエールを注文しようとするが、テーブルに伏したままレンが制止する。
「やめとけユッサ。昔から大人たちがドンチャンやってるだけで酔っ払ってたろ。そんなやつが飲んだらどうなるか想像つく。二人を介抱する俺の身になってくれ」
「いまなら大丈夫だよ。わたしだって成長してるんだよ」
「バカ。酒飲めるよう成長する前に、もっと成長するべきことがあるだろう。酒浸るのはあとでもできる」
「なんで頑なに飲ませたくないの!」
「覚えてないことが論より証拠だ。成長したやつが絡んできたら面倒なんだ」
レンは昔のことを思い出しながら、人知れず赤面した。