第8話「恋の宣戦布告」
ヌメヌメ草が自生している場所は、王都ストライクを出てすぐの草原だ。
魔物の姿は見当たらないものの、目当てのヌメヌメ草もまた見当たらない。ユッサは受付嬢からもらった本を読んで確かめる。
「ヌメヌメ草の全長はクローバー並みだって。この草原から樽いっぱいになるまでのヌメヌメ草を摘むのは至難だよ」
「冗談だろ。それで報酬は五千ミヨスかよ」
「魔物と戦うほうがよっぽど楽ね。あーし、宝探しとか嫌いなのよ」
フィアナは面倒なのを隠さない。思ったことが顔に出てしまう。
「じゃあ、あんたがなんとかしてくれよ。女神の魔法でパパッとさ」
「あーたは女神をなんだと思ってるの。女神は高貴な存在なのよ。女神の魔法を拝むなんてもってのほかだわ」
「……つっかえな」
レンは小声で不満を漏らす。
フィアナの顔が険しくなる。
「あーた、いまなんて言ったのかしら。高貴で優雅で優美で神聖なあーしに対してなんて言ったのかしら。あーしの耳が確かなら『つっかえな』と言ったのかしら」
フィアナはわざとらしく耳に手を当てる。
「地獄耳を持った女神だな。はいはいそうだよそうですよ。俺はあんたに『つっかえな』と言いました」
レンは開き直って両手を広げて観念してみせた。
ヌメヌメ草は見つからない。たとえ見つかっても樽いっぱいには程遠い。そしてどうにかこうにか達成したとしても報酬は五千ミヨス。大女神にもらった一万ミヨスの半分にしかならない。
レンもフィアナも気持ちのやり場がなく、ついつい当たってしまう。
さらなる口撃の合図のように風が吹く。レンとフィアナが見合う。
「だいたいあんたが」
「そもそもあーたが」
二人が同時に発した口撃合戦が始まるかと思いきや――。
「レン、フィアナちゃん、いい加減にして!」
鬼の形相をしたユッサの一声に二人は言葉を飲み込んだ。
ユッサは言葉を続ける。
「レンとフィアナちゃんはいったいなんなの。なにかあると言葉のドッジボールしちゃってなんなの。聞かされるわたしの身にもなってよ。お互いに思うことがあるのはわかるけど、正直言っていまは関係ないよ」
「わ、悪かったユッサ」
「ゆ、ユッサちゃんの言うとおりだわ」
レンとフィアナは謝まるがユッサは止まらない。
「だいたいなんなわけ。二人して嫌がらせなの。どう聞いたって痴話ゲンカにしか聞こえないよ。くだらないことでグチグチとお熱いこと。レンが転生デビューしたい気持ちはわかるし、フィアナちゃんが自分可愛いをアピールしたいのもわかるけど、除け者にされてるわたしのことも考えてよ」
「除け者なんてしてないぞ」
「ユッサちゃんの思い過ごしだわ」
レンとフィアナは釈明するがユッサは聞く耳を持たない。
「どうせわたしは負け犬幼馴染ですよーだ。赤ずきんと狼のお面ではしゃいじゃう女子力ゼロの幼馴染ですよーだ。くすん。どうせ幼馴染は負けヒロインですよーだ」
「ユッサ、なに言ってるんだ」
「ユッサちゃん、それ以上は!?」
ユッサはもう止まれない。ユッサのブレーキはとっくに壊れていた。
朝起きると見知らぬラーメン屋にいて、これまた見知らぬ女神の少女に誤って殺しちゃったと言われ、あれよあれよと異世界転生したと思えば衣食住の問題に
直面。挙句、元凶の女神は自分が長年想いを寄せている幼馴染とくだらないケンカをしてばかり。
ユッサはアクセルフルスロットル。怒涛の口撃を繰り出していく。
「あのサキュバスには心底ムカついたよ。でもわかりやすい色仕掛けなぶん可愛げがあった。だけどフィアナちゃんは卑怯。レンのことをなんとも思ってないポーズしといて徐々に距離を縮めてる」
「あーしがレンを!? ないない。だいたいあーしのタイプじゃないわよ」
フィアナは首を横に振って否定をするが、ユッサは眉一つピクリとも動かさない。
「口ではなんとでも言えるもん。でもわたしにはわかるの。フィアナちゃんはレンのことが好きなんだよ」
「そんなことないわ。百パーセントありえないわ」
「わたし、フィアナちゃんに殺されたことを許してない。でも同い年だから仲よくしたいと思ってる。昨日の敵は今日の友だもん」
「フィアナちゃん、落ち着いてってば」
「わたし負けないよ。恋と友情はべつだもん。わたしの幼馴染力とフィアナちゃんの女神力のどっちがレンを振り向かせることができるか勝負だよ!」
ユッサはビシッと人差し指をフィアナに向ける。
恋の宣戦布告とともに風が吹く。
話題の中心のはずが、いつの間にか除け者にされてたレンは頭を掻いて呟いた。
「ヌメヌメ草、パスしよう。俺、どうしよう」
その後、ギルドに戻るや受付嬢に泣きつくレンであった。