第6話「ケンカするほど仲がいい?」
店主はユッサにトンファーを差し出した。
「わしの寿命もそう長くはない。どうせなら誰かの役に立つほうが孫も本望だろう。ぜひこれをもらってほしい」
正直ユッサは赤いトンファーに惹かれていた。
とくにこれといって若者受けするような装飾がされているわけでもなければ、なにか高価な素材が使われているわけでもないにもかかわらず。
だが同時に大きな戸惑いもあった。
たまたま通りかかっただけで見ず知らずの自分が受け取っていいものなのだろうかと。
「これは受け取れません。お孫さんとの大切な思い出の品だから」
ユッサは首を横に振り断る。
「当然だ。わしの孫の遺品と聞いてもらってくれるはずがない。こんなものは孫の墓に埋めてしまえばいいのだ」
店主の目から一筋の涙が流れる。
「おじいさん?」
「これはいかんわい。年寄りは涙腺が弱いから堪らんよ。情けないところを見せてしまった」
「どうして売り場に置かないんですか?」
「何度も置いた。だがダメだった。さっきも言ったがこの武具の形をわしは知らん。そしてこの国に同じものはないだろう。鉄製で重く持ち運びも不便、実戦での有効性も未知数。そんなものを買おうなんて物好きはなかなかおらんよ」
ユッサは胸を締めつけられる。いまの自分にできることなら手を差し伸べたいという思いが生まれる。
「おじいさんはそれを渡してしまって寂しくならない?」
「むしろ誰かの手に渡ることを望んでおる。孫の代わりに嫁いでくれれば安心する」
「嫁いで……え?」
ユッサは目を見開いた。『トンファーを作った孫』という表現から勝手に男性をイメージしていた。
「さっきお嬢ちゃんの年齢を聞いたろ。孫が死んだのが十五歳でな。勝手に孫とお嬢さんを重ねてしまったのだ」
ユッサは頬をつねり反省した。思い込みや先入観は失礼だと律し、店主と向かい合う。
「おじいさん。わたしでよければもらいたいです。お孫さんの自信作をください」
「本当にもらってくれるのか!? わしにはまたとない朗報だが……」
「もう決めちゃいました。いまさらダメなんて言わせないです」
いたずらっぽくも素直な気持ちを伝えるユッサ。
店主は何度も「ありがとう」と言いながら店内を駆け巡る。
気がつくとユッサの手にはトンファーのほかに、赤いずきんと狼のお面があった。
「ささやかながらわしからの感謝だよ。遠慮なんてせずにもってってくれ」
「はい! おじいさん、ありがとう!」
店主にお礼を告げて武具屋を出たユッサ。
まだガミガミと言い合っていたレンとフィアナのもとに戻ると、改めた装いを披露した。
「どうしたんだその格好。赤ずきんちゃんかよ」
「ユッサちゃん。両手に持ってるものはなんなの?」
「えっへんへん。花嫁道具だよ!」
「「花嫁道具?」」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてレンとフィアナは見合った。
それからしばらく街を散策していたが、三人の足取りは重くなっていた。
「腹が減ったなあ。なんとかしろよバカ女神」
「まだバカバカ言う元気あるようね」
「もうやめなよ二人とも。余計お腹すいちゃうよ」
最後に食事をしてから三時間経っていた。
空腹のときは気が立ってしまう。ただでさえ刺々しい会話をするレンとフィアナはなおさらだ。
「あーたが異世界を破壊する理由って空腹だったのね」
「そんな理由で破壊してたまるか! そもそも俺は破壊しない!」
また言い合いを始めてしまう二人。
ユッサは呆れてため息をつくしかなかったが、ふとそのとき、壁に貼られていた紙に目がいった。
『ギルド加入者募集中! キミも冒険者になってクエストをこなして高額報酬ゲットだぜ!』
文面を見たユッサの目の光が強く鋭くなる。
「これだよ! レン、フィアナちゃん。わたしたちもギルドに入ろうよ!」
「「ギルド?」」
またもや鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてレンとフィアナは見合った。
「むう。本当は二人とも仲よしなんじゃない?」
変なところで息が合う二人にユッサは少々妬いてしまう。
「王都ギルド、いいじゃないの」
「でもなんか面倒そうなイメージあんだよな」
「ギルドに入って損はないと思うわよ。もしものときのバックアップは充実してるでしょ」
「うーん。しゃーない。ここは女神を信じてみるとするか。困ったときの神頼みだ」
レンは勢いよく紙を壁から剥がした。
「むう。レンってば、神さま信じてないんじゃなかったはずなのに」
ユッサは「サキュバスから救ってあげたのに」とか「幼馴染のわたしのほうが付き合い長いのに」と思いつつ、頬を膨らませてながらも言葉を飲み込んだ。