第4話「離さない、離せない」
「すんごい大声で叫んじゃってなんなのーん」
「ふぇええ!?」
人々の視線が集まり、堪らず手で顔を覆いしゃがむユッサ。
「あーたら、そういう関係なの?」
「そっ、それは……」
隣に立つフィアナにすら聞こえないほど小声になるユッサ。
レンはサキュバスに抱きついたまま離れようとしない。
サキュバスは勝ち誇るようにレンの頭を撫でる。
「愛されるー」
「そうよボウヤ。このままわたしぃの愛に溺れちゃいなさい。人前で愛を叫んで恥ずかしがるような女なんて忘れるのーん」
主導権はサキュバスが握っていた。
各々、人は違った魅力を持っている。しかし魅力が意中の相手に響くかどうかはべつだ。
どうすればサキュバスからレンを連れ戻せるのか。ユッサは恥ずかさでいっぱいになりながらも考える。
そしてこう考えた。
同じ土俵に立つ必要はないんじゃないかと。
おもむろに立ち上がると、にんまりと笑みを浮かべながら言葉を発した。
「レンのバカ」
「最低なのーん。振り向いてもらえないからって八つ当たりなんて」
「レンのアホ」
「ちょっとユッサちゃん!?」
ユッサはフィアナの静止に耳を貸さず言葉を続ける。
「レンのドジ。レンのマヌケ」
「わざわざ悪口言ってどうするのーん」
「わたしが泊まりに行ったとき、レンってば大声出して喜んだよね」
ユッサはジト目でレンを見る。
「わたしが着替えてるとき、レンってばノックもせず入ってきたよね」
幸せそうにしていたレンの顔色がみるみる悪くなっていく。
「わたしとお風呂に入ったとき、レンってば速攻で抱きついてきたよね」
レンは体を小刻みに震わせる。
「それから……人目を気にせず手を繋いできたし、なんだかんだ理由をつけて髪を触ってきたよね。まだまだいーっぱい覚えてることあるよ」
ユッサが次の言葉を発しようとした瞬間――。
「ユッサ! いい加減にしろー!」
レンは急いでユッサの口を手で塞ぐ。
「むーむー!」
「それ以上余計なことを言ってみろ。俺も仕返しに暴露しちゃうぞ」
レンの目は血走っている。耳まで赤くしながら必死に訴える。
レンからサキュバスのフェロモンの効果が消えたのか確認するべくフィアナは話す。
「へえ。レンくん、いろいろやっちゃってるのね」
「ごごご誤解だバカ女神。幼稚園児のときの話だ」
「ならそんなにムキになることないじゃない」
「ムキになんてなってない」
「これはまたわかりやすいこと。素直になればいいのに」
「俺はいつでも素直なつもりだ。それが災いしたんだがな」
「ふーん。ま、そういうことにしといてあげるわ。なにはともあれサキュバスの色仕掛けから抜け出せたのだから」
フィアナは勝ち誇るように胸を張って仁王立ち。鼻をふんと鳴らしてサキュバスを見る。
「なんなのその顔は。わたしぃから一度奪い返せたからっていい気にならないこと! 次こそはボウヤをもらっちゃうのーん!」
「おとといきなさい。何度でもあーたの相手になってやるわ」
サキュバスは最後に「首を洗って待ってなさい」と言い残して走り去る。
いろんな意味の恥ずかさに襲われてレンは膝から崩れ落ちた。
「ああああ! 穴があったら入りたい!」
「あんなサキュバスにホイホイ靡いた罰だよ。しっかり恥を味わってね」
ユッサはツンとした態度でレンを突き放す。
「ユッサちゃんがへそ曲げちゃったじゃないの。レンくん、男を見せなさいな」
「俺に恥の上塗りをしろってか!?」
「この世界に転生してから一時間も経ってないじゃないの。いまのうちに恥をかいたほうが楽じゃない?」
「なんだよその理屈。ぐぬぬ……しゃーない。株を下げたままなのはマズいしな」
レンは恥で折れた心を奮い立たせると、頬を膨らませ唇を尖らせるユッサに手を差し出した。
「……どういうつもり?」
「とことん恥をかいてやるよ。また俺がホイホイ誰かに靡かないように手を繋いでてくれよ」
「……バーカ。いちいち理由なんていらないよ」
ユッサはギュッと力を込めてレンと手を繋いだ。
「ちょっと強すぎやしないか」
「また手を払われたら厄介だもん」
ユッサは頬を膨らませながら上目遣いでレンを見つめる。
「……しゃーないな」
こうして三人は街を散策するのだった。