第3話「愛は叫んだもの勝ち」
空腹を満たした三人は、とりあえず街を散策することにした。
「それにしてもいろんな人がいるんだな」
「普通の動物が進化したのが獣人よ。元の動物の面影を強く残しているから、マスコット的な人気があるわ」
「異世界のことは知らないんじゃなかったか?」
「辛うじて持っている知識を絞り出してるのよ。できるところを見せないと女神の威厳がなくなってしまうわ」
すっかり機嫌をなおしたフィアナは、レンに聞かれるまでもなく話を続けていく。
「人間と獣人とのあいだに生まれたのが亜人よ。人間に猫耳とか犬耳とか尻尾がある姿が一般的だわ」
「天然バニーガールはいるのか?」
「もちのろんよ」
「ナイス異世界」
鼻の下を伸ばすレン。思春期男子なら仕方のない反応だ。
「あそこにいる耳長の男女がエルフよ。森の守護者とか自然の番人なんて呼ばれてるけど、いまではすっかり都会っ子。人間よりも長命で肉体も外見も若いのよ」
「マジもんのエルフだ! すげー! マジすげー!」
「それからあれがドワーフ。大人でも体は小さいけど騙されちゃダメよ。常人よりも遥かに力持ちで頭もいいのよ」
「用心棒として雇ってトンカチとかハンマー持たせたい」
次々と説明していくフィアナだったが、ふと視界に入った種族を見るや心底嫌そうな顔になる。
「……あれはサキュバスよ。気をつけなさい。あれに見つかれば最後、枯れるまで付き合わされるわよ」
「なにが枯れるんだ?」
サキュバスがいるとわかったユッサの目つきが変わる。一刻も早くその場から離れようとレンの腕を引っ張る。
「わたしが思うにレンはサキュバスに興味ないよ。早く行こう」
「いたたた。そんなに強く引っ張るなよ」
「なにを騒いでるのーん? そのボウヤをわたしぃから遠ざけようとしてるように見えたのーん」
三人の騒ぎに気づきサキュバスが近づいてきた。
フィアナはとっさにレンの耳を引っ張る。
「あーたに用はないわ。これでもあーしたちは忙しいのよ。ごめんあそばせ」
「耳引っ張んなバカ女神」
ユッサとフィアナの足取りは速くなり、レンの腕と耳の痛みが増してしまう。
「レンは一生関わらなくていい人なの。フィアナちゃん、そうだよね」
「そうよユッサちゃん。世の中には関わらなくていいのがゴロゴロいるわ」
「そんなに急いでどこ行くのーん?」
しかしサキュバスに先回りされてしまった。
「しつこいわね。あーたとは関わりたくないのよ」
「わたしぃはボウヤに興味があるだけのーん」
「残念だったね。レンは興味ないんだよ」
「本当にそうなのーん?」
サキュバスは舌を出したり、自身の指を舐めたり咥えたり、腰を回したりと見せつけてくる。
「見てはダメよレンくん。あの色仕掛けを見たら最後、正気を失うわよ」
「なんで俺は見ちゃダメなんだ。なにがそんなに問題なんだ」
「見ちゃダメに決まってるじゃない。あれは男を食らう悪魔なんだよ」
「正解よユッサちゃん。女神とかエルフを差し置いて、いつの間にか色欲の代表ヅラしちゃってムカつく」
「わたしぃがサキュバスだから逃げたんだ。ボウヤをわたしぃに奪われるのが怖いんだ。女の嫉妬とか笑っちゃうのーん」
サキュバスはフェロモンを振り撒くとレンの筋力が増し、ユッサとフィアナを簡単に振り払ってしまった。
「なんかー、いい気分ー」
「いらっしゃいボウヤ。久しぶりに若い子を味わえる。今夜はごちそうのーん」
サキュバスのたわわに実った胸に飛び込んだレンは、満面の笑みを浮かべて幸せそう。
「あちゃー、こりゃダメだわユッサちゃん。もうレンくんのことは諦めましょう」
「そんなの嫌だよ」
「相手はサキュバスよ。悔しいけど、いろんな意味で敵わないわよ」
「絶対に諦めたくない。レンは誰にも渡さない。わたしとレンは幼馴染だもん」
「嫉妬深い女は嫌われるって知らないのーん。それに束縛欲も強そう。幼馴染たって腐れ縁でしょ。わたしぃがボウヤをもらっても問題ないのーん」
ユッサを挑発するようにレンジの頬や耳を舐めるサキュバス。
レンは鼻の下を伸ばして抱きついてしまう。フェロモンのせいではあるが、そんなことはユッサには関係ない。
「しっかりしてよレン」
「いいにおいだー」
「さっきのフィアナちゃんと大女神さまのやりとりと比べたらサキュバスのフェロモンなんて格落ちだよ」
「可愛いー」
「そこのサキュバスよりもエルフのほうが綺麗だし可愛いよ」
「柔らかいー。大きいー」
「胸ならフィアナちゃんのほうが大きいよ」
「愛されてるー」
「わっ、わたしのほうがレンのことを愛してるよおおおお!」
ユッサは顔を真っ赤にして、この日いちばんの大声を張り愛を叫んだ。