第2話「異世界のパンはスカスカじゃない」
異世界の国アリシア。
なかでも王都ストライクは、馬車が楽々すれ違えるほど広い道路や見上げると首が痛くなるほどの高い建物ができるほど栄えている。
「不思議と既視感を覚える街並みだけど、本当に異世界転生したんだな」
「マンガやアニメの影響かも。ねえねえレン、あそこの露店のパンおいしそうだよ」
名前を錬時からレン、柚冷からユッサに変えた二人は胸を躍らせていた。死んでしまったことにショックを受け、転生することに不安がっていたことが嘘のよう。
とくにレンは髪と瞳の色が黒から赤に変わり、二重瞼のつり目になり、ユッサと同じだった背丈が少し伸びたりと転生の恩恵を受けていることが拍車をかけていた。
そんな二人をジーッと見る少女は悔しさを隠しきれないでいる。ほかでもない、女神フィアナだ。
「レンくんもユッサちゃんもあーしを無視しないでちょうだい」
「無視してない。あんたを連れてきたのは俺たちなんだ」
「大女神さまにもお願いされちゃったもんね」
「大女神さまったら酷いわよ。罰として二人の異世界生活をサポートしろだなんて。ただの厄介払いに違いないわ」
フィアナはその場でジャンプしたり走ったりと落ち着きがない。
「さっきから騒がしいな」
「あーたらは転生したおかげでなにも感じてないでしょうけど、この世界の重力、あーたらの世界の二倍はあるわ」
「フィアナちゃんも大変だね」
早くもフィアナへの呼び名を「女神さま」から「フィアナちゃん」に改めたユッサはパンの香りに空腹を刺激されてしまい買いに走る。
「おじさん、パンください」
「おお。これは可愛い子がきたな」
「可愛いだなんてお世辞いらないよ。わたしなんて地味で目立たないもん」
「んなことないさ。その黒髪も大きな目もイケてるぜ」
「そんなに褒められたら嬉しくなっちゃうよ。いっぱい買っちゃおうかな」
おじさんからとはいえ容姿を褒められたユッサは、ホカホカのパンと一緒に上機嫌で戻ってきた。
「パン屋のおじさん、いい人だったよ」
「ユッサに色目使うなんざ百年早いってんだ」
「おやおやーん。レンくんってば妬いてる?」
「だ、誰が妬くか。バカ女神、からかい方が古いぞ」
「心配しなくてもわたしは大丈夫だよ。それよりも早く食べようよ」
レンは初めて見る異世界のパンに警戒しつつも、嬉しそうにパンを食べるユッサに続く。
「あれ……おいしいぞ」
「異世界のパンってスカスカしてると思ってたよ」
「あーたらは異世界をなんだと思ってたわけ? 元の世界と同等とは言わないけど、そこそこ発達してるのよ」
二人が一個食べ終わると同時にフィアナは四個食べ終えていた。食い意地は立派な女神である。
「これからどうしたらいいんだ。俺もユッサも異世界のことはからっきしだ」
「悪いけどあーしもチンプンカンプンよ」
フィアナの発言に二人は固まった。当然といえば当然だ。異世界のことは遠慮なくフィアナに頼ろうと思っていた。
「バカじゃねえの。なんのための女神だよ。頭は回らない、気は利かない、おまけに無知ときたか。つっかえなー」
「そこまで言っちゃダメだよレン。こんなに美少女で行動力に長けた人はいないよ」
「本当の美少女ってのは中身も完璧なやつのことを言うんだ。無駄に行動力に長けたせいで俺たちは殺されたんだ。このバカ女神は救いようがないぞ」
「はっきり言っちゃダメだってば。さすがに可哀想だよ」
歯に衣着せぬレンとフォローになっていないユッサの会話を聞かされたフィアナは我慢の限界に達した。
「いい加減にしてちょうだい! あーたらを殺したことは悪いと思ってるし許してなんて思ってないわよ。けど、あーしの存在を否定しなくてもいいじゃない!」
フィアナの目からポロポロと涙が流れる。
言いすぎたと思いレンはすぐに言葉を訂正する。
「べつに否定はしたわけじゃない。ただもうちょっと女神らしくしっかりしてほしいだけだ」
「ほ……ほんとぅ……ぐじゅに?」
「俺が少し言いすぎた。悪かった」
「わかれば……ずびぃ……いいのよ」
フィアナは七人の女神でいちばん年下。ゆえに末っ子気質。甘えん坊で駄々っ子で、気を引きたいがために多少の無理や無茶もする無鉄砲なところがある。
レンの言い方はキツいが全部当たっていた。だから悔しかったのだ。
これまで交流のなかった同い年の人間から言われたことがフィアナには強く堪えた。
「フィアナちゃんはできることをしてくれればいいよ。わたしもレンもできることをするからね」
ユッサはニコッとフィアナに微笑む。
そのときフィアナは思った。
ああ、これが本当の美少女なのかと。