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最終話「めでたし めでたし」

 ユッサが汗を流すべくシャワーを浴びに行く。ジャーっとお湯を出すと外の音は聞こえない。今のユッサには都合がよかった。理由は単純。長年の想い人が別の人と肌を重ねているから。戦いで浴びた返り血、汚れ。一日の疲労を全て洗い流す。

 だがどうやっても洗いきれないものはある。レンに向けた想い、心だ。


 ホテルのベッドに横たわる男女。意気消沈、心身喪失状態のレンと、慰めるフィアナ。


「あーし上手くなったでしょ。まさか淫乱サキュバスに教えを請うことになるとは思いもしなかったけども」


 フィアナは手を使いレンに刺激を与える。ドクドクと脈打つそれに息を吹きかけ焦らす。

 レンは堪らず声を漏らす。一方的に快楽を与えられることに羞恥心を覚えながらも、例えようのない解放感に抗おうとはしない。

 目の焦点をフィアナの二つの膨らみに合わせる。手を伸ばし膨らみの突起部分を指先で摩る。


 フィアナも堪らず声を漏らした。特別強い刺激を受けたわけではない。ただ肌を重ねるという行為そのものがそうさせた。


「レンくん……いじわるしないで……もっと」


 最初はレンを慰めるため。

 しかし回数を重ねていくうちに……贖罪、好意、そして愛情表現へと意味合いが変わっていった。顔を合わせばケンカばかりしていたことが嘘だったかのようにフィアナから求めることが増えた。


「フィアナ……俺」

「我慢は毒よ。そんな毒はさっさと吐き出しちゃいなさい」


 二人は求め合い密着する。腰を動かし髪を振り乱す。腕を背中に回し足を絡める。唇を重ねて舌を絡める。軋むベッドの音と二人の吐息が大きくなる。二人に今日一の快楽がやってきた。もう止めることはできない。

 二人は本能のままに全てを吐き出した。


 * * *


 ユッサがシャワーを浴び終えて出てきたときにはレンは眠りに落ちていた。


「お疲れさまフィアナちゃん。水飲む?」

「ええ。それにしても、こんなに疲れることとは思いもしなかったわ」

「よく言うよ。いつの間にかフィアナちゃんのほうが乗り気だもん」


 ユッサは悔しさを隠そうとはしない。事情がどうであれレンの全てを奪われたことに変わりはないのである。


「女神が人間と結ばれることは禁断だってのに、あーしとしたことが盛っちゃってさ。すっかり骨抜きにされちゃった」

「なにそれ惚気? わたしに対する嫌味かな」

「バカ言ってんじゃないの。あーしはどこまで行っても負けヒロイン。レンくんの心はユッサちゃんに奪われたまま」


 フィアナは自分の好意は実らないと諦めていた。どんなに激しく求め合おうともレンが自分に求めてるのは肉欲と快楽であると。


「わたしは勝つ。未来のレンに勝って全てを終わらせる。そしたら……そしたら……」


 ユッサは決意を胸に未来を見据える。大切な人のためならと拳を握りしめた。


 * * *


 時は流れ。最悪の未来まで、あと一年。


 フィアナは子どもを抱いて歩いていた。子どもの名前はフューロ。フィアナと同じ金髪が眩しい一歳の男の子である。


 軽く散歩をするつもりで外出したフィアナだったが、食欲をそそる香りに引き寄せられた。

 すっかり行きつけとなったパン屋。常連ともなれば焼き立てをサービスしてもらえる。


「いつ食べても飽きない味だわ。もう二、三個いっちゃおうかしら」


 食い気に溺れるフィアナ。

 そんな彼女に近づく男。街の人たちはジロジロと目を向けては逸らし、コソコソと声をひそめて足早に通り過ぎる。

 フィアナは男の存在に気づくがパンを食べる口と手を止めようとはしない。


 男の正体は未来の錬時だった。


「フィアナ、元気そうでなによりだ」

「人妻を口説きにきたの? 案外暇なのね。言っとくけれどフューロは渡さないわよ。可愛いからほしくなるのはわかるけれども」

「誰も欲してなどない。ただの様子見だ。もう一人の俺はどうしてる」

「気になるなら会ってきなさいな。まあ後悔するだけでしょうね」


 フィアナはフューロを抱き抱え錬時に背を向ける。そのほうがお互い話やすいと思っての行動。

 錬時は静かに口を開いた。


「後悔ならとうに済ませた。今は贖罪の日々だ。世界を滅したことに対しては軽い罰だがな。安心しろ。もう敵意はない。敵意すらも失くした、なにもない男だ」

「贅沢な男。自分を召喚した大女神さまを恨んで世界を消滅させたと思えば、ユッサちゃんの平手打ちと罵倒で目が覚めて改心。大女神さまの力で異世界はすっかり元通り。元の世界に帰るや柚冷ちゃんといい雰囲気になっちゃったりなんかしてるくせに」


 なぜフィアナに筒抜けなのかと錬時は疑問を浮かべたが、下手に深追いしないほうがいいと即座に首を振った。


 ――わたしは錬時キミのことが大っ嫌い。わたしは錬時キミの全てを否定する。お願いだから未来に帰って!


 ユッサに叩かれた頬を押さえる錬時。自分を突き放した一発であり、目を覚まさせた一発でもあり。

 言葉とは裏腹にそのときのユッサは笑みを錬時に向けていた。彼女なりの立ち直らせ方であった。


「大女神との契約によって俺は異世界の『ラスボス』となった。世界の悪……必要悪になれと言われた。実に今の俺に相応しい役割だ」

「そうね。精々、悪い大人の見本として頑張りなさいな」


 フィアナと話して肩の荷が下りたのか錬時は憑き物が落ちた表情を浮かべる。本来、決して交じり合うことのない時間を生きる二人は背を向けたまま別れた。


 * * *


 王都ストライクにある庭付きの一軒家。敷地内には畑があり、おいしそうな赤いトマトが生っている。その近くにはハンモックに揺られながらウトウトしている一人の男がいた。読んでいた本を顔に乗せて本格的に眠りに入ろうとしている。


「今寝たら昼ごはん抜きだよ」


 男の昼寝を阻止するべく側に寄ってきた女の手にはフライパンとおたま。となれば起きることは一つ。


 カン! カン! カン!


「ああああうるさい! すんげーいい感じに寝落ちそうだったのに。今は食欲より睡眠欲のほうを優先したいんだ」

「そんなこと言って。また隠れて盗み食いするつもりだったんじゃないの」

「こないだは悪かった。空きっ腹が限界でよ」

「ちゃんと時間時間で食べれば問題なかったんだよ。まったく。レンってばパパなんだよ。フューくんの教育にも悪いんだからね」

「へいへい。ユッサのオカン振りは凄いや」


 レンはすっかり調子を取り戻していた。万が一自分が異世界を破壊しようとしても錬時が止めてくれるということになったからだ。フィアナから子どもができたと報告されたときには泣いて喜び、同時に大きな責任ができ気を引き締めた。


 ユッサとフィアナにプロポーズしたのはそれから程なくして。アリシアは一夫多妻制だったことがレンの背中を押した。


 今のレンを突き動かしているのは、愛。その愛を分け隔てなくフィアナとフューロ、そしてユッサに注いでいた。


「誰がオカンですか。わたしは妻だよ。妻。キミの人生の伴侶。それとも、わたしに母性を求めてるのかな。だとしたら引くよ引く。フューくんが求めてくるなら大歓迎なんだけどさ」

「単にフューロに甘えられたいだけじゃねえか」

「だってフューくん、未だにわたしを『ユッサちゃん』って呼ぶんだもん。ちょっとはわたしにも母性を感じて求めてくれてもよくない?」


 レンとユッサのあいだに子どもはいない。もう少しフューロが年齢を重ねてから、と考えていた。だから余計にフューロに対して子煩悩になってしまっている。


 そうこうしてると母の腕の中でスヤスヤ眠っているフューロと、そんな我が子の頭を愛おしく撫でなるフィアナが帰ってきた。


「帰ってくるの早かった? せっかくのイチャイチャの邪魔をしてしまったのかしら」

「い、イチャイチャなんてしてない。俺はハンモックに揺られてただけだ」

「そうだよフィアナちゃん。第一フューくんの教育によくないもん」


 レンとユッサは慌てて訂正するものの、フィアナは呆れ顔だ。


「はいはいごちそうさま。仲がよろしくて大変喜ばしいかぎり。でもちょっと妬けちゃうわね」

「や、妬ける!?」


 フィアナの言葉にレンの体温が上がる。


「レンってば鼻の下伸ばしてるー。フィアナちゃんが色気を振り撒くなら、わたしは料理を振る舞うんだよ」


 ユッサの言葉にレンの胃袋が鳴る。


 なんとも微笑ましい光景。なんでもない穏やかな日常。こんな日々がいつまでも続いてほしいと誰もが願った。


 そして一年後――。


 フィアナは久しぶりに夢を見た。「叶うものならいつまでも見ていたいほど心地よい夢だった」と、朝一番にレンとユッサ、フューロに話すのでした。

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