第11話「半年後の変化と役割り」
砂漠の上を颯爽と駆ける少女が一人。砂漠の暑さをものともせず赤ずきんを被り、赤いローラースケートで砂を蹴散らし赤いトンファーで砂を巻き上げる。
転生してから既に一年が経っていた。ギルドの金ランククエストをいくつもこなせるようになっていただけじゃなく、本人たちは不本意ながら二つ名がつけられていた。
ユッサは『赤装束の小悪魔』と呼ばれていた。暑さ寒さなどどこ吹く風。狙われるモンスターが怯えてようと笑顔を絶やさず、ばっさばっさとなぶり倒す。だから小悪魔。
――以上、彼女に告白して秒で玉砕した者たちの叫び。
「ユッサは……すげえよ。モンスターを一撃で仕留めちまう」
「あらあら嫌味。能ある鷹は爪を隠すってことかしら」
ユッサの戦闘を少し離れたところで見てる赤髪の少年と金髪の少女。砂漠の暑さにやられてしまったレンと、女神であるため暑さへっちゃらのフィアナだ。
フィアナがレンに言っていることは間違ってはいない。レンの強さはユッサを凌駕している。ではなぜユッサに戦闘を任せているのかというと、半年前の出来事を振り返らなければならない。
* * *
――半年前。
「もう一人の俺……。俺は本当に世界を……」
レンは自分の両手をマジマジと見る。
レンは五年後に世界を破壊する。フィアナの予知夢が見せた最悪の未来。それを回避するべくフィアナは錬時を殺した。錬時が異世界転移するという正史を阻止した。錬時は異世界転生こそしたが容姿を変え、名前をレンと改めた。
だが突如目の前に未来の錬時が現れた。
王都ストライクで睨み合う二人の『錬時』は一触即発。
このころのレンは低級モンスターと引き分けるのがやっと。対して錬時は立っているだけで強者の風格を漂わせていた。勝負は始まる前に終わっていた。
ここで二人のあいだにユッサが割って入る。
ユッサ曰く、錬時は転生前の錬時と結びつかず、同一人物とは思えないとのこと。
それに対し錬時は、育った環境が変われば人もまた変わると言ってのけた。
三人のやりとりを見ていたフィアナは体を震わせていた。あまりの恐怖になにもできないでいた。女神として情けないと嘆きながら。
歴史が変わっても存在する錬時。つまり過去と今、そして未来はイコールではないということになる。それは同時にある事実を告げてもいた。
フィアナの行いが無駄だったということを。
予知夢という不確定要素を信じて、罪のない二人の尊い命を奪ったということを。
ユッサの割り込みで戦意が削がれた錬時だったが、同時に懐かしさを覚える。
錬時はユッサに一瞬で近づき彼女の唇を奪ってのけるや「若い」と一言告げた。
レンは状況が飲み込めなかった。ユッサが誰となにをしようと勝手だ。だがそれが未来の自分なら話はべつ。自分であって自分でない。錬時がレンの幼馴染の唇を奪ったという事実。
膝から崩れ落ちるユッサ。驚きで脱力したわけではない。唇を奪われたからでもない。
ただただ恐怖に負けてしまった。
レンはキッと錬時を睨むことしかできなかった。悔しいがそれしかできなかった。
錬時はフィアナにも近づき唇を奪う。そのとき錬時の目からは一筋の涙が溢れた。「不覚だ」と言いながらも声色には優しさが感じられる。
最後に錬時は「次に会ったときが最期だ」と言って消えていった。これが半年前の出来事。
これ以来ユッサは戦闘にのめり込むようになり、フィアナはレンを認めるようになった。
* * *
「あーたがそんなウジウジ状態じゃユッサちゃんが参っちゃうじゃない」
「俺が生まれてこなきゃこんなことにはならなかったんだ。なんで俺は……くそ」
どうしようもない現実がレンを蝕んでいく。己の全てを否定し世界と壁を作る。この半年でレンは何度も自傷を繰り返し、そのたびにフィアナが傷を癒してきた。
「いまあーたがやることは五年後の悲劇を起こさないようにすることだわ」
「無理だ。俺には……もうなにもできやしない!」
レンはフィアナを憚らず涙を流す。転生したときの威勢のよさはすっかり消えてしまった。根拠のない自信も……なにもかもを。
そこへ戦闘を終えたユッサがやってきた。呼吸一つ乱れず余裕が表情に表れている。
「また泣き虫モードか。こうなるとなかなかしつこいんだよ。砂漠で泣くとは自殺行為だよ。そうやって泣いてもなにも解決しない。レンはレンのできることをするの。わたしはレンとフィアナちゃんの代わりに戦うって決めてるからね」
ユッサはフィアナのほうに視線を移すと、口パクでなにかを伝えた。これはユッサとフィアナの二人だけが知る合図。
「ほら立ちなさいな。ユッサちゃんが汗を洗い流したいそうだわ。早くストライクに帰りましょ」
フィアナはレンの心身担当となっていた。女神だからこそできる役割りではあるが、この数ヶ月、彼女の心境は複雑であった。