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第1話「寝起きのラーメンは死後の味」

 十五歳の少年錬時(れんじ)と幼馴染の少女柚冷(ゆさ)は目を点にして、見知らぬラーメン屋のカウンター席に座っている。


 二人のほかに金髪ポニーテールの少女が座っており、黙々と麺を啜っている。


 金髪ポニーテールの少女は、隣に座る二人から視線を向けられていることに気づき箸を置いた。


「ようやく起きたのね。おはよう、錬時くん、柚冷ちゃん」

「「!?」」


 初対面の少女からいきなり名前を呼ばれ二人は驚き見合う。


 錬時は一重瞼の垂れ目を思わず擦るが、黒く輝く瞳には金髪ポニーテールの少女が映ったまま。


 柚冷は頭を振って黒髪ショートボブを乱してから頬をつねるが、目の前にはラーメンが置かれたまま。


「わたしは女神フィアナ。とりあえずラーメン食べなさいな」


 錬時は中学のジャージの袖を捲り、柚冷はピンクの寝間着の袖を捲り「いただきます」と手を合わせた。


 ズルズル。


 ズルズルズル。


 ズー、ズー、ズー。


 錬時はどんぶりを両手で持って一気にスープを飲み干す。


 柚冷はレンゲで少しずつスープを飲み干す。


 フィアナはどんぶりを片手で持ちグビグビと喉を鳴らしながらスープを飲み干した。


「ラーメンの食べ方は人それぞれよ。そんなことはどうでもいいわね」


 フィアナは二人に紙を一枚ずつ渡す。紙には『転生誓約書』と書かれていた。


 柚冷は首を傾げつつ、一文字も見逃さぬよう隅々まで見る。


 一方、錬時は早々に紙から目を離してフィアナに質問をぶつけた。


「俺と柚冷が死んだみたいに書かれてるんだけど冗談だよな。あんたが女神ってのも胡散臭い」


「胡散臭いとは失礼ね。あーしは正真正銘女神さまよ。あーたらが死んだのは冗談じゃなく本当よ」

「な!?」


 錬時は思わず立ち上がるが、フィアナは気にすることなく話を続ける。


「誤算は柚冷ちゃんまで巻き込んで殺してしまったこと。ごめんなさいね」


「わたしは巻き込まれただけ!?」

「まったくもって状況が掴めない。あんた、なんで俺と柚冷を殺した?」


 フィアナは追加注文したチャーシューを食べながら答えた。


「錬時くんが五年後に異世界を滅ぼすからよ」

「五年後? 異世界? なに言ってんだ?」

「あーし、たまに予知夢を見るのよ」

「た……たったそれだけで殺したのかよ!」

「熱くならないでちょうだい。これまであーしの予知夢が外れたことはないわ」


 錬時に頭を冷やす時間を与えるため、柚冷が話に割って入る。


「わたしたち、異世界の行き方なんて知らないよ」

「本来なら今日、あーしよりも偉い大女神さまが錬時くんを異世界召喚するはずだったのよ」

「でも五年もあればなんとかなったんじゃ」

「異世界召喚者には大女神さまの加護がつくの。そうなると女神じゃ手出しできなくなる」

「万が一本当に危なくなったら、そのとき大女神さまに言えばいいんじゃないのかな?」


 フィアナの箸がピタッと止まった。


「あ……あははは。そうかそうかこりゃ失敬。そこまで頭回んなかったわ」


 店内の空気が一気に凍りつく。


 錬時は顔を伏せ、柚冷は天井を見上げシクシクと泣いてしまう。


「俺たちはバカに殺されたんだ」

「バカは失礼だよ錬時。アホだよアホ」

「うっさい。バカもアホも失礼極まりないわよ」


 フィアナは残りのチャーシューを一気に平らげると逃げるように店を出た。


「食い逃げすんなバカ女神!」

「女神さま、待ってよ!」


 フィアナを追いかけ外に出た二人は目を疑った。

 空一面に広がるオーロラと見慣れない街並みが視界に飛び込んできたのだ。


「ここは神界。あーしを含めて七人の女神と、大女神さまが住む世界よ」

「ここが異世界?」

「バカ言わないでちょうだい。あーたが滅ぼす異世界じゃないわよ。そんなことより一緒にきなさい」


 フィアナは暗い表情を浮かべながら二人を連れて、大女神のいる女神城へ向かった。


「フィアナ、久しぶりに女神城にきましたね。それもお客を連れてくるなんて珍しい」


 大女神は笑顔で出迎えてきた。

 腰まで伸びる紫髪と透き通った紫の瞳、白い肌とすらっとした手足指先。それと鈴が鳴ったような声。

 大女神としてふさわしい、誰もが息を飲む美女である。


「えーとですね大女神さま。この二人は……」

「説明には及びませんよフィアナ。わたくしは大女神ですので」


 矢継ぎ早に説明しようと意気込むフィアナだったが、大女神に阻まれてしまう。


「ソウデスカ。ソレハ説明ガ省ケテ助カリマス」


 大女神の雰囲気が変わったことを感じたフィアナの声は小さくなり片言になる。


 そんなフィアナに大女神は説教という名の雷を落とす。


「あなたは女神です。女神が人の死期を決めることはもちろん、命を奪うだなんて言語道断。恥を知りなさい!」


 大女神がフィアナに近づく。


 フィアナも大女神もプロポーションは抜群だ。誘惑された者はイチコロであろう。二人とも、スリットが入った白いローブを着ているが違った魅力を放っている。


 大女神が細い指でフィアナの顎を撫でていく。


「こうして近くで見るとあなたの若さがよくわかります」

「大女神サマモキレイデスヨ」


 フィアナの声と足がガクガク震える。


「あなたは七人の女神の末っ子ですからピチピチしていて当然ですか」

「大女神サマモ……ピチピチ……ひゃん!」


 大女神が細い指を顎から首へと撫でていく。


「可愛い声をもっと聞かせてください」

「そんな……ひゃっ! ダメ……ひゃん!」


 大女神とフィアナのやりとりは十五歳には刺激が強すぎた。錬時は腰が抜け、柚冷は顔を真っ赤にする。


「お仕置きはこの程度にしておきましょう。人前で醜態を晒すのも女神の恥ですよ」


 フィアナは膝から崩れ落ちる。


 大女神は錬時と柚冷に深々と頭を下げた。


「このたびは本当に申し訳ありませんでした。まだまだ女神として未熟なゆえに招いた結果です。フィアナにはあとでキツく言っておきます」


 大女神の言った「キツく」がどういうものなのか想像した錬時は膝をガクガク震わせる。


 柚冷は顔に熱さを覚えながらも大女神の謝罪に反応した。


「正直許せない。五年後がどうとか異世界がどうとかで一方的に殺されたから。できることなら生き返りたいよ」


 柚冷は大粒の涙を流す。

 大女神は柚冷に近づき、そっと涙を指で拭った。


「生き返らせることはできないのです。世界の理と言えばわかりますか。ですが、お二人を異世界に転生させることはできます」


「い、異世界転生ですか!?」

「はい。今回はお詫びに容姿も記憶もそのままにいたします」


 大女神の提案に悩む柚冷。

 容姿も記憶もそのままという納得しやすい条件だが、異世界転生という現実離れしたことに対する恐怖もあった。


 すると膝をガクガク震わせていた錬時が会話に割って入る。


「ちょっと待ってくれ。記憶がそのままってのは賛成だけど、容姿もそのままってのは反対だ」

「れ、錬時?」

「膝から崩れ落ちてるバカ女神の言うことを間に受けたわけじゃないけど、どうせならバッと変えてくれ」

「一度変えてしまうと戻りませんよ」

「俺は構わない」


 錬時のまっすぐな目に大女神は頷く。

 柚冷は錬時の決意に戸惑いつつも、素直な気持ちをぶつけた。


「わたしはこのままがいい。異世界でも自分は自分で在りたい」

「お二人の気持ちはわかりました。それでは転生魔法を使います」


 錬時と柚冷の足元に大きな魔法陣が現れる。大女神が呪文を唱えると魔法陣は強い光を放つ。


 ようやく膝の震えが止まったフィアナは大女神の側に行く。


「フィアナご覧なさい。これが転生の瞬間です」


 ピカーッと眩しい光が辺りを照らし異世界転生が完了した。

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