ネクロフィリアの見る夢は
ネクロフィリア、それは、死体を愛する人達の総称────。
死体────それは、人の最後の姿、生きる意味、そして、真実。
初めて死体を見たのは、病死した従姉妹のお葬式だった。
その、木漏れ日の中でうたた寝したような、幸せそうな寝顔に似た、死に顔を見てから、私の生死観は180度変わった。
死とは、ただ、残酷で恐ろしい物だと思っていた。
だが、しかし、死とは、唯一、人間を苦しみから救ってくれる、平等の権利だと思うようになった。
死体とは、人が一番、幸せな瞬間の姿なのだと、思うようになった。
それから、ウエディングドレスより、死装束に憧れるようになった────。
「アーチェ様、アーチェ様」
使い魔のカラス、レイリーが鳴いている。
どうしたのかしら?
「魔法学校時代の同窓会の招待状ですよ」
私は、手紙の内容を聞いて、がっかりした。
私の大嫌いな、同窓会の招待状だなんて。
やれ、子供が出来ただの、やれ、昇進しただの、そんな話を聞かされるだけの場所。
私は、結婚も仕事もしていなかったので、話のネタもなかった。
私は、いわゆる引きこもり。
私は、魔法学校を出てから、ずっと、仕事もせずに、家に引きこもっている。
それというのも、私は、赤ん坊の頃に高熱を出してから、引き付けを起こし、大人になってから、「怒り」の感情を失っていたことに気がついた。
女の子の日以外、イライラしたことが無いのだ。
世間で言えば、いわゆる自閉症というヤツだった。
怒りの感情がわからない故に、ちょっとした言動で、人をすぐ怒らせてしまい、迫害を受ける。
表情というものを、どう作って良いのか、わからず、いつも無表情で、怖いと言われる。
友達も一人もおらず、人から忌み嫌われ、怖がられ、いつも、悪く誤解され、疎まれる人間だった。
嫌がらせというのは、私を心から傷つける物だった。
元はと言えば、母が高熱を出した私に気が付かず、コタツの中に入れていたかららしいけど、仕方がないとは言え、人が好きなのに、人を理解出来ず、怒らせ、人から嫌われる事ほど、辛いことはなかった。
「……死にたい」
そう、呟いた時だった。
深夜0時。
レイリーも眠ってしまった時間。
その存在は、姿を表した。
真っ黒なローブに、大きな鎌。
そう、死神だった。
◆
「初めまして。アーチェ・サルバトリーさん」
「は、はじめまして……」
私は、数年振りに人間?と口を利いた。
「私の名前は、シオン。死神です」
「死神……?」
私は、死神に聞いてみたいことがあった。
自分はいつ死ぬのか、今すぐ死ねる方法があるのか、何故、私は生まれてきたのか。
本物の死神かどうか聞くなんて、野暮な質問だった。
「貴方は、生まれてすぐ、死ぬ予定でした。けれど、命だけ助かり、魂だけは、すでに死の世界にあります」
「どう言うこと?」
「貴方は気づいていないかもしれませんが、貴方は魂的にはもう、死んでいます」
「え……嘘」
「嘘じゃありません。貴方は、命だけここに置き去りにしたまま、死の世界を生きているのです」
私はある意味納得した。
死の世界に、これほど憧れ、安らぎを感じている私は、すでに、死人。
だから、生きている人間と、気が合わないのだ。
「私は、どうしたらいいの?」
「貴方はこのままだと、80才までこのままです」
「80才まで?!絶対に嫌!お願い、私を死の世界へ連れて行って?命なんか要らない」
「そうして差し上げたいのですが、貴方の魂はすでに死の世界にあります。すでに死んでいる人間を殺すことなど、出来ないのです」
「そんな……」
私は愕然とした。
あと、50年以上ずっと一人ぼっちなんて……。
「じゃあ、寿命を短くする事は出来ないの?」
「残念ながら……」
私は、涙が出てきた。
やっと、死神に会うことが出来たのに……。
「じゃあ、せめて、死ねる方法を教えて。今まで何回も自殺未遂してるの」
「それは出来ますが……、死んでも、すぐに生まれ変わります。また、魂のないまま……」
「そんな……」
私はまだまだ諦めなかった。
「じゃあ、私の寿命を家族にあげたい」
「それも、さっきの質問と同様。寿命を短くすることは、出来ません」
「そんな……」
私は、泣き崩れた。
「じゃあ、貴方は何のために私のところへやって来たの?!」
「貴方の側にいてあげる為です」
「!!」
「生の世界では、初めまして。
死の世界では、恋人のシオン・ルーミットです」
「ここここここここ、恋人?!」
◆
「貴方は、心を理解できない私の事、嫌いじゃないの?」
「私は死神。元々、心というものは、死ねば無。死の世界の貴方は、今の貴方とは、大分違います」
「本来の私って、どんな感じ?」
「すぐ、怒ります。嫉妬深くて、傷つきやすくて、泣き虫で……」
「まるで私じゃないみたい。それ、本当に私なの?」
すると、シオンは、私の頭の方を指差して、とある手鏡を見せてくれた。
「貴方の頭のてっぺんには、魂が切れた跡があります。貴方の魂の方にも、肉体と無理矢理引き離された跡があります。その糸切れ目が、お互いの方向を指差しているのです」
「そういう物なのね」
私の空っぽな心を見通すシオンは、まるで、ずっと昔から私を知ってくれているような、そんな安堵感があった。
「つまらない人間で、ごめんなさいね。側にいてくれてるのに、楽しい話一つ出来ない」
「気にしないで。君が悪い訳じゃない。君の運命は、事故だったのだから」
「事故?どういう意味?」
「君は、ある人間に無理矢理魂を刈られたんだ」
「どう言うこと?」
「今、天界が調べてる。君は、事件の被害者だ。だから、僕が来た。いつでも君を見守れるように……」
◆
シオンが話してくれた話をまとめると、こうだ。
私は、生まれたばかりの頃、死神の鎌を盗んだ人間に、魂を刈られた。
その犯人は、未だ捕まっていないらしいが、赤ん坊の魂を100個刈ることで、死人を蘇らす事が出来るらしい。
犯人には、蘇らせたい人間がいたと言うことだろうけど、私にしたら、ただの迷惑な話だ。
自閉症で生まれてくる子供達の魂を刈ったのも、そういう奴等のせいなのかもしれない。
私は、初めて、沸々と、怒りのような物が沸き始めた。
でも、それは、やっぱり、すぐに消えてしまった。
「やっぱり、怒りを感じることができないみたいだね」
「すぐに、怒りの感情が冷めてしまうの。だから、何をされても、全然、腹を立てられなくて……」
「可哀想に、アーチェ。君をこんな風にした犯人を、僕は許さない」
すると、シオンの携帯電話が急に鳴った。
「はい」
どうやら、上司らしい。
「ごめん、一度、戻らなきゃいけない。もし、君が望むなら、僕で出来ることなら、何か……」
「なら、死体が欲しい。死体を預かる仕事がしたい。そしたら、シオンがいなくても、淋しくないから」
「わかった。神父にかけあってみるよ。じゃあ、またね、アーチェ」
シオンは、私の頬にキスをして、消えていった。
◆
「アーチェ、最近、ご機嫌だね?」
カラスのレイリーに、私は、心の中を見透かされてしまった。
人間とはなかなか友達になれないけど、動物とは、沢山、友達になれた。
「突然、シオンていう彼氏が現れるなんてね」
黒猫のルーシーが、レイリーに話しかける。
レイリーとルーシーは、大の仲良しだった。
「そうじゃないの!シオンがね、私を教会で働かせてくれるようにしてくれたの!教会と言えば、結婚式に、お葬式でしょ?!そのお葬式の方に、参加させてくれるようになったの。毎回。これで、死体と毎日ご対面!安置されてる間、眺めていても、違法しゃない!最高よ!」
「げ……」
さすがに、レイリーとルーシーも、そのアーチェの趣味にはついていけなかった。
「アーチェ。もしかして、僕たちが死んだ後も、剥製とかにして飾っておく気?」
「私は、エンバーミングには興味がないの。死体愛好家だけど、死体は、死にたてだから、意味があるの。死体が腐る前までの間、その短い時間しか、眺められないから、意味があるの。価値があるの。本当は、魔法で腐らないように出来るなら、ずっとそうしてあげたいんだけどね。美しい寝顔のまま」
「じゃあ、もし、そういう魔法があるって言ったら?」
「あるの?」
「僕は、あの魔女ルーカスの飼い猫だった、ルーシーだよ?学校じゃ教えてくれない魔法なんて、腐る程あるさ」
「そんなことを言うなら、僕だって、あの魔女メビウスのペットだったんだから、このレイリー、僕だって」
「そんな魔法あるなら、どうしてすぐに教えてくれなかったの?!」
「だって、そんなの教えたら、アーチェは家の中を全部、死体だらけにすると思ったから」
二匹は、同時にそう答えた。
◆
教会で働くようになって2ヶ月。
私は、ようやく仕事に慣れてきた。
神父様のお手伝いをして、棺の中の死体を愛でる。
綺麗に洗って、髪を解かして、洗濯した洋服を着せて。
私は、その日も、お葬式までまだ三日あった遺体を、教会の安置室でずっと眺めていた。
怖いとか、汚い、という感情なんて、どこにもなかった。
「何をやっているんだ!?」
そんなある時、死体を一晩中眺めている所を、見つかってしまった。
「あいつ、姉ちゃんの死体をずっと見ていたんだ!何か良からぬ事をしたのかもしれない!調べてくれ!」
見知らぬ子供に、私の至福の時間を過ごしている所を見つかってしまい、良からぬ疑いをかけられてしまった。
また、悪い誤解を一方的に受けてしまった。
「指輪だ!その指輪、姉ちゃんの指輪とそっくりだ!」
「これは、きちんと、私が店で買った指輪で……」
「嘘をつけ!!」
なんで、こんな小さい子供に、こんなに追い詰められないといけないんだろう。
我ながら、情けない。
そこに、神父様が来て、話を解決してくれた。
「この人は、教会のお葬式を手伝ってくれている人で、仕事で死体を見ていただけなんだよ」
本当は、趣味をかねてだったんですけど、私が死体愛好家なのも、神父様は理解してくれていた。
死体を何より大切にすることも。
「ワイズ。メイの指輪なら、ここにあるわ」
「母ちゃん!」
「どうも、すみません。神父様。アーチェさん」
「いえ……」
話は、なんとか丸く収まって、疑いも晴れた。
「良かった。神父様、ありがとうございます」
「例には及ばないよ。でも、悪い噂が立つといけないから、ご遺体を眺めるのは、これからはもう、やめてもらえるかな?」
「……わかりました」
私は、その日は、早く家に帰った。
「どうして、死体を見ていただけで、あの男の子は怒ったんだろう……」
私には、考えても解らないことだった。
◆
「ねぇ、シオン。貴方は、自分の家族の死体を、赤の他人がじっと見てたら、腹が立つ?」
「腹は立たないけど、不快感を感じるね。見ず知らずの人間に、大切な人の亡骸なんて、見られたくないから」
「だから、あの少年は怒ったのかしら?」
「勝手に見てたから、腹を立てたんだと思うよ?」
「そういうものなのかしら?」
「そういうものなんだよ」
「ふーん……。じゃあ、死体の写真を撮ることも、嫌がられるのかしら?」
「君だって、死に顔を他人に撮られたくはないだろ?」
「もし、貯めてたら、捕まる?」
「今のところ、犯罪ではないけど、訴えられる可能性があるね」
「じゃあ、全部消すわ」
「……君は、本当に死体が好きなんだね」
「ふふ」
私は、死神のシオンに気味悪がられてるのに、気づかずに、自分を理解してくれたことが嬉しくて、微笑んだ。
死神にすら、気味悪がられている私って一体。
「私も、死神になりたいわ」
「君には、向いてない。君は死を愛しすぎているから」
確かに、死神の鎌を持たせられたら、喜んで沢山の命を刈りに行くわ。
それにしても、何故、人は生まれてくるのかしら?
「ねぇ、シオン。死の世界でも、男女は愛し合ったりするの?」
「肉体的に、という意味かな?」
「そう」
「そうだね。君と僕は、もう、何度も愛し合ったよ」
「死の世界には、子供とか出来ないの?」
「出来るよ」
「出来た魂は、どうなるの?」
「いつか、人として生まれてくる」
「いつかって、いつ?」
「いつかは、いつか。君の親になるかもしれないし、子供になるかもしれない」
「へぇ。そういうものなのね」
「そう。今夜、眠って、夢を見てごらん。君の死の世界での情景が見える」
「今夜?」
「そう。今夜」
「なんで、今夜?」
すると、シオンが私にキスをした。
「これで、今夜、僕との世界の夢が見れる」
すると、私は気を失うように、その場ですぐ眠りについた。
「はい。こちら、シオン。犯人、見つかりました。被害者の……」
おしまい
突然、現れた、自称死神のシオン。
実は、死の世界でも、恋人ではなく、本当は、死神の鎌を盗んだ人間。
死の世界とは、つまり、夢の世界。
夢の世界で一度も会ったことの無いシオンとは、当然、恋人ではない。
シオンには、蘇らせたい恋人がいた。
キスで、アーチェが気を失ったのは、命を奪われたから。
本当は、シオンという死神ではなく、シオンという死神から鎌を奪ったただの人間。
ユリウス。
死神を殺した人間。