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ネクロフィリアの見る夢は

作者: 両賀みちる

ネクロフィリア、それは、死体を愛する人達の総称────。



死体────それは、人の最後の姿、生きる意味、そして、真実。


初めて死体を見たのは、病死した従姉妹(いとこ)のお葬式だった。


その、木漏れ日の中でうたた寝したような、幸せそうな寝顔に似た、死に顔を見てから、私の生死観は180度変わった。


死とは、ただ、残酷で恐ろしい物だと思っていた。


だが、しかし、死とは、唯一、人間を苦しみから救ってくれる、平等の権利だと思うようになった。


死体とは、人が一番、幸せな瞬間の姿なのだと、思うようになった。


それから、ウエディングドレスより、死装束に憧れるようになった────。




「アーチェ様、アーチェ様」


使い魔のカラス、レイリーが鳴いている。


どうしたのかしら?


「魔法学校時代の同窓会の招待状ですよ」


私は、手紙の内容を聞いて、がっかりした。


私の大嫌いな、同窓会の招待状だなんて。


やれ、子供が出来ただの、やれ、昇進しただの、そんな話を聞かされるだけの場所。


私は、結婚も仕事もしていなかったので、話のネタもなかった。


私は、いわゆる引きこもり。


私は、魔法学校を出てから、ずっと、仕事もせずに、家に引きこもっている。


それというのも、私は、赤ん坊の頃に高熱を出してから、引き付けを起こし、大人になってから、「怒り」の感情を失っていたことに気がついた。


女の子の日以外、イライラしたことが無いのだ。


世間で言えば、いわゆる自閉症というヤツだった。


怒りの感情がわからない故に、ちょっとした言動で、人をすぐ怒らせてしまい、迫害を受ける。


表情というものを、どう作って良いのか、わからず、いつも無表情で、怖いと言われる。


友達も一人もおらず、人から忌み嫌われ、怖がられ、いつも、悪く誤解され、疎まれる人間だった。


嫌がらせというのは、私を心から傷つける物だった。




元はと言えば、母が高熱を出した私に気が付かず、コタツの中に入れていたかららしいけど、仕方がないとは言え、人が好きなのに、人を理解出来ず、怒らせ、人から嫌われる事ほど、辛いことはなかった。


「……死にたい」


そう、呟いた時だった。


深夜0時。


レイリーも眠ってしまった時間。


その存在は、姿を表した。


真っ黒なローブに、大きな鎌。


そう、死神だった。






「初めまして。アーチェ・サルバトリーさん」


「は、はじめまして……」


私は、数年振りに人間?と口を利いた。


「私の名前は、シオン。死神です」


「死神……?」


私は、死神に聞いてみたいことがあった。


自分はいつ死ぬのか、今すぐ死ねる方法があるのか、何故、私は生まれてきたのか。


本物の死神かどうか聞くなんて、野暮な質問だった。


「貴方は、生まれてすぐ、死ぬ予定でした。けれど、命だけ助かり、魂だけは、すでに死の世界にあります」


「どう言うこと?」


「貴方は気づいていないかもしれませんが、貴方は魂的にはもう、死んでいます」


「え……嘘」


「嘘じゃありません。貴方は、命だけここに置き去りにしたまま、死の世界を生きているのです」


私はある意味納得した。


死の世界に、これほど憧れ、安らぎを感じている私は、すでに、死人。


だから、生きている人間と、気が合わないのだ。


「私は、どうしたらいいの?」


「貴方はこのままだと、80才までこのままです」


「80才まで?!絶対に嫌!お願い、私を死の世界へ連れて行って?命なんか要らない」


「そうして差し上げたいのですが、貴方の魂はすでに死の世界にあります。すでに死んでいる人間を殺すことなど、出来ないのです」


「そんな……」


私は愕然とした。


あと、50年以上ずっと一人ぼっちなんて……。


「じゃあ、寿命を短くする事は出来ないの?」


「残念ながら……」


私は、涙が出てきた。


やっと、死神に会うことが出来たのに……。


「じゃあ、せめて、死ねる方法を教えて。今まで何回も自殺未遂してるの」


「それは出来ますが……、死んでも、すぐに生まれ変わります。また、魂のないまま……」


「そんな……」


私はまだまだ諦めなかった。


「じゃあ、私の寿命を家族にあげたい」


「それも、さっきの質問と同様。寿命を短くすることは、出来ません」


「そんな……」


私は、泣き崩れた。


「じゃあ、貴方は何のために私のところへやって来たの?!」


「貴方の側にいてあげる為です」


「!!」


「生の世界では、初めまして。

死の世界では、恋人のシオン・ルーミットです」


「ここここここここ、恋人?!」





「貴方は、心を理解できない私の事、嫌いじゃないの?」


「私は死神。元々、心というものは、死ねば無。死の世界の貴方は、今の貴方とは、大分違います」


「本来の私って、どんな感じ?」


「すぐ、怒ります。嫉妬深くて、傷つきやすくて、泣き虫で……」


「まるで私じゃないみたい。それ、本当に私なの?」


すると、シオンは、私の頭の方を指差して、とある手鏡を見せてくれた。


「貴方の頭のてっぺんには、魂が切れた跡があります。貴方の魂の方にも、肉体と無理矢理引き離された跡があります。その糸切れ目が、お互いの方向を指差しているのです」


「そういう物なのね」


私の空っぽな心を見通すシオンは、まるで、ずっと昔から私を知ってくれているような、そんな安堵感があった。


「つまらない人間で、ごめんなさいね。側にいてくれてるのに、楽しい話一つ出来ない」


「気にしないで。君が悪い訳じゃない。君の運命は、事故だったのだから」


「事故?どういう意味?」


「君は、ある人間に無理矢理魂を刈られたんだ」


「どう言うこと?」


「今、天界が調べてる。君は、事件の被害者だ。だから、僕が来た。いつでも君を見守れるように……」



シオンが話してくれた話をまとめると、こうだ。


私は、生まれたばかりの頃、死神の鎌を盗んだ人間に、魂を刈られた。


その犯人は、未だ捕まっていないらしいが、赤ん坊の魂を100個刈ることで、死人を蘇らす事が出来るらしい。


犯人には、蘇らせたい人間がいたと言うことだろうけど、私にしたら、ただの迷惑な話だ。


自閉症で生まれてくる子供達の魂を刈ったのも、そういう奴等のせいなのかもしれない。


私は、初めて、沸々と、怒りのような物が沸き始めた。


でも、それは、やっぱり、すぐに消えてしまった。


「やっぱり、怒りを感じることができないみたいだね」


「すぐに、怒りの感情が冷めてしまうの。だから、何をされても、全然、腹を立てられなくて……」


「可哀想に、アーチェ。君をこんな風にした犯人を、僕は許さない」


すると、シオンの携帯電話が急に鳴った。


「はい」


どうやら、上司らしい。


「ごめん、一度、戻らなきゃいけない。もし、君が望むなら、僕で出来ることなら、何か……」


「なら、死体が欲しい。死体を預かる仕事がしたい。そしたら、シオンがいなくても、淋しくないから」


「わかった。神父にかけあってみるよ。じゃあ、またね、アーチェ」


シオンは、私の頬にキスをして、消えていった。





「アーチェ、最近、ご機嫌だね?」


カラスのレイリーに、私は、心の中を見透かされてしまった。


人間とはなかなか友達になれないけど、動物とは、沢山、友達になれた。


「突然、シオンていう彼氏が現れるなんてね」


黒猫のルーシーが、レイリーに話しかける。


レイリーとルーシーは、大の仲良しだった。


「そうじゃないの!シオンがね、私を教会で働かせてくれるようにしてくれたの!教会と言えば、結婚式に、お葬式でしょ?!そのお葬式の方に、参加させてくれるようになったの。毎回。これで、死体と毎日ご対面!安置されてる間、眺めていても、違法しゃない!最高よ!」


「げ……」


さすがに、レイリーとルーシーも、そのアーチェの趣味にはついていけなかった。


「アーチェ。もしかして、僕たちが死んだ後も、剥製とかにして飾っておく気?」


「私は、エンバーミングには興味がないの。死体愛好家だけど、死体は、死にたてだから、意味があるの。死体が腐る前までの間、その短い時間しか、眺められないから、意味があるの。価値があるの。本当は、魔法で腐らないように出来るなら、ずっとそうしてあげたいんだけどね。美しい寝顔のまま」


「じゃあ、もし、そういう魔法があるって言ったら?」


「あるの?」


「僕は、あの魔女ルーカスの飼い猫だった、ルーシーだよ?学校じゃ教えてくれない魔法なんて、腐る程あるさ」


「そんなことを言うなら、僕だって、あの魔女メビウスのペットだったんだから、このレイリー、僕だって」


「そんな魔法あるなら、どうしてすぐに教えてくれなかったの?!」


「だって、そんなの教えたら、アーチェは家の中を全部、死体だらけにすると思ったから」


二匹は、同時にそう答えた。





教会で働くようになって2ヶ月。


私は、ようやく仕事に慣れてきた。


神父様のお手伝いをして、棺の中の死体を愛でる。


綺麗に洗って、髪を解かして、洗濯した洋服を着せて。


私は、その日も、お葬式までまだ三日あった遺体を、教会の安置室でずっと眺めていた。


怖いとか、汚い、という感情なんて、どこにもなかった。




「何をやっているんだ!?」


そんなある時、死体を一晩中眺めている所を、見つかってしまった。


「あいつ、姉ちゃんの死体をずっと見ていたんだ!何か良からぬ事をしたのかもしれない!調べてくれ!」


見知らぬ子供に、私の至福の時間を過ごしている所を見つかってしまい、良からぬ疑いをかけられてしまった。


また、悪い誤解を一方的に受けてしまった。


「指輪だ!その指輪、姉ちゃんの指輪とそっくりだ!」


「これは、きちんと、私が店で買った指輪で……」


「嘘をつけ!!」


なんで、こんな小さい子供に、こんなに追い詰められないといけないんだろう。


我ながら、情けない。


そこに、神父様が来て、話を解決してくれた。


「この人は、教会のお葬式を手伝ってくれている人で、仕事で死体を見ていただけなんだよ」


本当は、趣味をかねてだったんですけど、私が死体愛好家なのも、神父様は理解してくれていた。


死体を何より大切にすることも。


「ワイズ。メイの指輪なら、ここにあるわ」


「母ちゃん!」


「どうも、すみません。神父様。アーチェさん」


「いえ……」


話は、なんとか丸く収まって、疑いも晴れた。


「良かった。神父様、ありがとうございます」


「例には及ばないよ。でも、悪い噂が立つといけないから、ご遺体を眺めるのは、これからはもう、やめてもらえるかな?」


「……わかりました」


私は、その日は、早く家に帰った。


「どうして、死体を見ていただけで、あの男の子は怒ったんだろう……」


私には、考えても解らないことだった。





「ねぇ、シオン。貴方は、自分の家族の死体を、赤の他人がじっと見てたら、腹が立つ?」


「腹は立たないけど、不快感を感じるね。見ず知らずの人間に、大切な人の亡骸なんて、見られたくないから」


「だから、あの少年は怒ったのかしら?」


「勝手に見てたから、腹を立てたんだと思うよ?」


「そういうものなのかしら?」


「そういうものなんだよ」


「ふーん……。じゃあ、死体の写真を撮ることも、嫌がられるのかしら?」


「君だって、死に顔を他人に撮られたくはないだろ?」


「もし、貯めてたら、捕まる?」


「今のところ、犯罪ではないけど、訴えられる可能性があるね」


「じゃあ、全部消すわ」


「……君は、本当に死体が好きなんだね」


「ふふ」


私は、死神のシオンに気味悪がられてるのに、気づかずに、自分を理解してくれたことが嬉しくて、微笑んだ。


死神にすら、気味悪がられている私って一体。


「私も、死神になりたいわ」


「君には、向いてない。君は死を愛しすぎているから」


確かに、死神の鎌を持たせられたら、喜んで沢山の命を刈りに行くわ。


それにしても、何故、人は生まれてくるのかしら?


「ねぇ、シオン。死の世界でも、男女は愛し合ったりするの?」


「肉体的に、という意味かな?」


「そう」


「そうだね。君と僕は、もう、何度も愛し合ったよ」


「死の世界には、子供とか出来ないの?」


「出来るよ」


「出来た魂は、どうなるの?」


「いつか、人として生まれてくる」


「いつかって、いつ?」


「いつかは、いつか。君の親になるかもしれないし、子供になるかもしれない」


「へぇ。そういうものなのね」


「そう。今夜、眠って、夢を見てごらん。君の死の世界での情景が見える」


「今夜?」


「そう。今夜」


「なんで、今夜?」


すると、シオンが私にキスをした。


「これで、今夜、僕との世界の夢が見れる」


すると、私は気を失うように、その場ですぐ眠りについた。


「はい。こちら、シオン。犯人、見つかりました。被害者の……」




おしまい

突然、現れた、自称死神のシオン。


実は、死の世界でも、恋人ではなく、本当は、死神の鎌を盗んだ人間。


死の世界とは、つまり、夢の世界。


夢の世界で一度も会ったことの無いシオンとは、当然、恋人ではない。


シオンには、蘇らせたい恋人がいた。


キスで、アーチェが気を失ったのは、命を奪われたから。


本当は、シオンという死神ではなく、シオンという死神から鎌を奪ったただの人間。


ユリウス。


死神を殺した人間。



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