転生案内所『歴史上の人物になってみませんか?』
案内人「転生案内所へようこそ。ここは『人生を変えてみたい。それも全く異なった人間として。』と考えられているかたの希望を実現へと導く場。……と言いましても勿論。現在、多重債務に苦しまれ。もう借りる先が無いけれども、更に借りることが出来るよう。戸籍の取引や養子縁組を斡旋するような怪しいところではございません。全く別のかたになって頂くことが出来る。言っていることは同じなのではありますが、グレーゾーンとなるようなことではありません。私どもが対象としていますのは『歴史上の人物』。お客様がなってみたいと考えられている歴史上の人物とシチュエーションに誘いまして、思う存分楽しんでいただこう。と言いました趣旨で設立されました団体であります。早速お客様がいらっしゃったようであります。」
案内人「いらっしゃいませ。」
客「『転生案内所』の看板を見て、つい寄ってしまったのでありますが。仕事を斡旋する場所では……。」
案内人「ございません。あくまで私共はお客様のニーズに合った歴史上の人物に転生していただく場を提供しております。」
客「最近よく城跡なんかで見掛けるコスプレをした武将のようなことを?でありますか。」
案内人「いえ。そのようなことではなく、お客様が希望されます歴史上の人物そのものになっていただきまして、更にお客様の希望されますシチュエーションへとお運びすることを行っております。」
客「タイムスリップするのでありますか?」
案内人「その通りです。」
客「どのような方法を採られているのでありますか?」
案内人「これは企業秘密でありますので、ここで述べることは出来ないのでありますが……。どうしても……。となりましたらお客様が転生されることによりまして、実際にタイムスリップを体験していただくことになるのでありますが……。ところでお客様は今。どのような仕事をされているのでありますか?」
客「私ですか……。私は再就職先で現在。『契約社員』として働いておりまして、3年頑張れば正規の社員に登用していただけるのではありますが、それまでの3年間の給料が給料でありまして。少し悩んでいるところであります。」
案内人「可能であれば異なる仕事に就いてみたい。と考えられているのでありますか。」
客「正直に言いますと……そうなりますね……。」
案内人「ご家族は?」
客「独り身です。だから何とかなっているのではありますが……。」
案内人「と言うことは、長期不在となっても特に問題は無い。と……。ところでお客様。何かなってみたい人物とかシチュエーションはございますか?」
客「……そうですねぇ。これまでずっと使われる身。それも非正規と言う不安定な立場が続きましたので、ヒトを使う。それも自らの大望を実現させることが出来るような場所でありましたら。……やってみたいかな?と。」
案内人:「ヒトの上に立ち、自らの野望を実現させる……。」
客「どうでしょうか?」
案内人「この辺りは私どもが得意とするところでありますので。日本と海外どちらが宜しいですか?」
客「言葉通じる日本が良いですね。」
案内人「日本で。と刺激は欲しいですか?」
客「野望の実現のためでしたら。」
案内人「刺激的なシチュエーションで。となりますと……。幾つか出て来ました。たとえばこんなのはどうでしょう?『魏に援軍を要請するも、一本の旗が送り付けられただけだった邪馬台国の卑弥呼』と言うのは如何でしょうか?」
客「その旗を見た相手がひれ伏すわけではないですよね。」
案内人「高校野球のスタンドにデカデカと『根性』と記された横断幕とほぼ同じ効果はありますよ。」
客「刺激的ではありますが、それを上回る『中国まで使いを出したのに。』の絶望感が勝りますので……。」
案内人「駄目ですか。ピンチでは無いほうが良いわけですね。」
客「出来れば。」
案内人「有利な状況で。となりますと……。これですかね?落馬する源頼朝と言うのは如何でしょうか?」
客「行き先が落馬する前と後とでは意味合いが全く変わって来るのでありますが。」
案内人「刺激的なのは勿論『後』でありますが。」
客「そこから回復する術は?」
案内人「当時の最新の医療技術の粋を結集するなど、万全の体制が整えられております。」
客「それって高名な神主様やお坊様が祈祷するだけなのでは?」
案内人「ほかに何かありますか?」
客「むしろその状況の頼朝に現在の医療スタッフが乗り込んだほうが……。」
案内人「それも一案ですね。お客様は医師免許はお持ちですか?」
客「持っていたら非正規で苦しんでいませんよ。」
案内人「医師の資格は持っていない。と。お客様は自ら先頭に立って大望を成し遂げたいですか?それとも優秀な部下の助けを借りて。でありますか?」
客「自分の能力を考えますと、部下の力を借りたいところではありますね。」
案内人「お客様はリーダーシップを発揮しやすいタイプでありますか?」
客「いや。どちらかと言うと部下に任せたいほうではありますね。」
案内人「しっかりとした番頭が居たほうが良い。と……。」
客「はい。そうなりますね……。」
案内人「そうなりますとこちらになりますか。今の岐阜県から求人が来ています。土岐氏と言う守護大名になりませんか?と言う求人でありますが。」
客「土岐氏と言えば室町幕府を支えた名門中の名門。しかもその惣領たる岐阜県からの求人。これは興味が沸きますね。詳しい内容を教えていただけますでしょうか?」
案内人「依頼主様。お客様に転生をお願いしているかたからの情報によりますと『今。悩んでいます。』と。」
客「求人広告にはまず出て来ないフレーズですね。こう言う時は普通『月収35万円以上可』とか興味を抱かせる表現が登場するものでありますが。まぁそれだけ切実な悩みを抱えている。と言う事なのかな?」
案内人「『父は長男である兄を差し置いて私を溺愛しています』。」
客「弟は兄を見て育つわけだから、父の前で何をして良いのか。いけないのか。がわかって行動するので、かわいく見えてしまうのは仕方が無いと言えば仕方がないこと。でも依頼主は溺愛されているほうでしょう。あぁそうか……。家督争いの真っ只中なんだな?」
案内人「いえ。そうではありません。」
客「違うのですか?」
案内人「続きを読みます。『その後、ご多分に漏れずお家騒動が勃発。一度は勝利を修めるも隣国越前から支援を受けた兄に敗北。それにもめげずに私は奮起し、再び兄を越前に追いやることに成功しました。』と。」
客「……別に悩むこともないでしょう。」
案内人「『その過程において活躍した部下が相次いでこの世を去ったため、私はその部下の息子を重用することにより勢力の保持を図ることにしました。』」
客「既に重臣となった親の子として生まれた人物は、重臣となった親の姿しか見ていないから難しいところはありますね。」
案内人「『幸いにして部下は優秀。』」
客「良かったではないですか?」
案内人「『……ただ。』」
客「ただ?」
案内人「『あまりにも優秀過ぎでありまして……。』」
客「……主よりも……。」
案内人「『私の弟に毒を盛り……。』」
客「いつ自分の身に降りかかって来るかわからない状況になっているのでありますか……。」
案内人「『その家臣の名は……。』」
客「斎藤道三ですよね……。」
案内人「はい。その道三の主。土岐頼芸になってみませんか?」
客「……それはちょっと……。」
案内人「美濃一国の主になることが出来ますよ。」
客「すぐにでも追い出されてしまうのでしょ。」
案内人「主のリーダシップを必要としない優秀な家臣がついていますよ。」
客「蔑ろにされてしまっては元も子もありませんので……。」
案内人「……そうですか……。ほかに山口の大内義隆や河内の三好義継からも同様の求人が届いておりますが。」
客「陶晴賢と松永久秀に悩んでいるんでしょ。優秀な部下でありますし、主君を必要としないこと。そして何より主を主と思っていない点で3人は共通していますね。」
案内人「室町幕府の重鎮になることが出来ますよ?」
客「重鎮以前に自分の命が危ないのでそれは……。」
案内人「逆の立場からの求人もありますが?」
客「……と言いますと。」
案内人「重臣として主君の大望を達成させる。と言うものでありますが。」
客「三国志で言うところの諸葛亮のような立場でありますか。それはそれで面白いですね。……ただサポート出来るだけの能力は……。」
案内人「でもお客様はその後の歴史を知っている未来から転生するのでありますから、それを強みに使うことが出来る上、その人物の能力も引き継ぐことが出来ます。」
客「それでありましたら……。因みにどのような求人なのでありますか?」
案内人「『亡命先で不遇をかこつこと10年。いつ続くかわからない居候生活に肩身の狭い思いをしていた私。そんなある日やって来たのが将軍の弟。正確には将軍であった兄が暗殺されたため逃げて来た人物。その人物と、私のゆかりの国に勢力を伸ばした人物とを繋ぐことにより、食い扶持を得ることが出来ました。』。」
客「いいじゃないですか。」
案内人「『その後も主の無茶ぶりにもめげず。東奔西走の日々。更には遠く北陸や甲信。更には四国にまでの出張に次ぐ出張の日々を積み重ね、やっとの思いで掴んだ近畿統括本部長の立場。』。」
客「サラリーマンの鏡ですね。」
案内人「『そんなどこの誰でも無かった私を、ここまでの地位に引き上げてくれた上司は今。本能寺で眠っています。もし今日と言う日を逃したら、四国に嫁いでいった私の部下の妹並びに私がパイプ役となった長宗我部の家は滅ぼされてしまうことになってしまいます。……私はどうすれば良いのでしょうか?』。」
客「……重過ぎます。」
案内人「松永久秀的な立場になって主を振り回すことが出来ますよ。」
客「(依頼主は)明智光秀ですよね。」
案内人「はい。」
客「明智光秀は確かに魅力的な人物であります。無職からあそこまでの地位に。それも織田信長と言う1人の人物について行って。である点でも興味深い人物であります。」
案内人「やりますか?」
客「興味深い人物ではありますが。このシチュエーションは……重過ぎます。」
案内人「もう1つ光秀からは『秀吉に敗れ……。』と言うのもございますが。」
客「『後悔』の二文字以外何もありませんので……。」
案内人「……ですよね。」
客「ほかに無いですか?」
案内人「……そうですねぇ……。ところでお客様は期間はどれくらいならば大丈夫でしょうか?」
客「まぁ1年ぐらいですかね……。」
案内人「それでしたらこちらは如何でしょう。『関ヶ原の戦い後の井伊直政』になりますが。」
客「家康の天下と、新参者である自分の立場を徳川家に認めさせるため。西軍の切り崩し並びに関ヶ原の戦いにおいて獅子奮迅の活躍をした井伊直政でありますか。これは面白そうですね。」
案内人「ミッションとしましては、敵対した西軍勢力と家康との間の橋渡し役を担うことにより徳川の天下を盤石なものとすると同時に、徳川家における井伊家の地位も高める事が仕事となります。ただ島津からの鉄砲傷に苦しむのが難点ではありますが……。」
客「けっして損な役回りではありませんし、将来老いた時に直政の負った傷の経験が活きるかもしれませんので。そちらでお願い出来ますでしょうか。」
案内人「かしこまりました。」
客「ところで直政に転生する方法が気になるのでありますが。」
案内人「現在我が案内所で用いています転生方法となりますと、こちらになります。」
客「ロケットですか?」
案内人「はい。こちらのロケットに搭乗していただく運びとなっております。」
客「これに乗れば関ヶ原直後の直政になることが出来るのですか。」
案内人「はい。」
客「乗った後どうなるのですか?」
案内人「お客様に搭乗していただきましたあと、点火します。」
客「まぁロケットですからね。」
案内人「点火しますとロケットは宙に浮かびます。」
客「そうですね。」
案内人「宙に浮いたロケットは、ある一定の高度に達しますと燃焼がストップします。」
客「空中でですか!?」
案内人「はい。」
客「『はい。』と言われても困ります。それではロケットは地上目掛けて落下してしまうでは無いですか。」
案内人「はい。その落下のエネルギーを利用しまして転生する運びとなっております。」
客「危ないじゃないですか。」
案内人「お客様大丈夫です。」
客「大丈夫ってどこが。」
案内人「ロケットは地面に対し垂直に上がった姿勢のまま落下しますので。問題ありません。」
客「そうではなくて、その衝撃に私は耐えることが出来る構造になっているのですよね。」
案内人(静かに微笑み返すのみ)
こうして私は、鉄砲とは異なる原因の傷を負い、関ヶ原直後の井伊直政に転生したのでありました。