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夏祭り  作者: 兎杜 霜冴
2/2

別れの灯火

 あの日の夏祭りは、今でも忘れられない。彼に甘えた、最初で最後の夏祭りだから。

 ―――――今日は……夏祭りだ―――――

 少し憂鬱(ゆううつ)で、とても楽しみだ。

 今年の花火は、私の目に、どう映るだろうか……。

 残り(わず)かの時間は……彼と過ごしたい。

 この景色を誰にも気付かれず、たった一人で一望(いちぼう)するのは、今年で十年目になる。

 今年は、彼は来てくれるだろうか……。

 そう思いながら、墓石(ぼせき)に座って海を眺める。太陽の光が海の水面(みなも)に反射して、私の目に入ってくる。その光は、私の背後(はいご)に広がる樹木(じゅもく)に映り、さざなみを立てている。

「あぁ……退屈だぁ……。誰か来てくれないかなぁ……」

 呟いて下を見ると、道路の(わき)に一台の車が停まっているのが見えた。見た事の無いそれは、私の(から)っぽの心に、云い知れない高揚感(こうようかん)幸福感(こうふくかん)を与えていた。

 私は墓石(ぼせき)から飛び降り、下まで続く坂道を(のぞ)き込んだ。それと同時に一気に胸が高鳴って、気が付いたらその人のもとへと()け出していた。

慧丞(けいすけ)! やっと来てくれたんだね!」

 私が寄って抱きつこうとした瞬間に、彼は石に(つまず)いて転んだ。彼が必死になって、守るように(つか)んでいた百合(ゆり)の花が、蒼天(そうてん)に向けられていた。

 ―――――私が一番好きな花……覚えていてくれたんだ―――――

 心と顔がほころんで、彼に手を差し出してしまう。あの頃と変わらない。少し間が抜けていて、可愛いような、かっこいいような顔を見て、つい苦笑いをしてしまう。その中の照れを隠すように、被っている麦わら帽子を、しっかりと被る。

 彼は一瞬こちらを向いて驚いた。見えたのだろうか。いや、見えたとしても、仮にそうだとしても、「幻覚(げんかく)だ」 なんて思って一蹴(いっしゅう)してしまうだろう。私は確かにここにいるのに……。

 彼は立ち上がって、また歩き出した。

 しばらく坂を上って、さっきまで私が座っていた墓石(ぼせき)の前に百合(ゆり)の花を置いてくれた。白くて綺麗(きれい)百合(ゆり)の花は、そこから辺り一体に甘い香りを()き散らしていた。

「立派な百合(ゆり)だね! ありがとうね、慧丞(けいすけ)!」

 彼からの反応は無かった。これ程までに悲しい事は無い。もう一度、彼と笑い合いたい。それがもう、叶わない事だと解っているけれど……。

 そう思っているうちに、彼は墓に()られた名前を見ていた。

「西野家之墓」

 と(きざ)まれているそれは、私のものだ。

 私、西野 美咲は、とっくの昔に死んでいる。その日から、私の時間は止まっている。

 もう二度と、動き出す事は無い。

 一人()()の無い悲しみに暮れていると、彼はうつむき重そうな口を開いた。

「……美咲……。今日は、お別れを伝えに来たんだ」

「……えっ? それって……どういう……」

「実は、海外に転勤(てんきん)になってな……来年からも来れそうに無い。きっと、僕はそこで一生を過ごす事になる。……だから今年は、夏祭りで命日のこの日に、君に()いに来たんだ」

「……そっか……お仕事、頑張(がんば)ってるんだね……ちゃんと生きてるんだね……」

 私は嬉しいような、寂しいような気持ちに(おそ)われた。私の大好きな彼が、記憶の中だけで、同じ言葉を()り返す人形のようになるのが、とても怖くて、寂しくて、悲しい……。

「……花火。……日本で見る最後の花火は、君と見たかったんだ。……済まない、僕が殺したようなものなのに、自分ばかり勝手な事を云ってしまって……」

「勝手なんかじゃないよ! 慧丞(けいすけ)が私を殺した訳でも……。私自身のせいだよ? 自分を過信(かしん)しすぎていた私の……」

 急に胸が苦しくなって、両手で押さえた。その痛みで、十年前の事を思い出す。

 十年前のこの日、夏祭りで()ったことを。私が殺された時の事を……。


 誰もいない。どこまでも閑散(かんさん)としていて、言葉で表すことができない何かが(おそ)い来る。やっぱり彼に付いてきてもらえば良かった……。

 後悔(こうかい)していた頃、前方から誰かが歩いて来た。点のように設置された街灯に照らされて、その姿が私の目に認識された。

「あっ、北嶋(きたじま)さん、どうしたの? こんな時間に」

 それは同じクラスの北嶋 妙子(きたじま たえこ)さんだった。クラスの女子の中心で、少し傲慢(ごうまん)なところがあるから、私はあまり好きではない。思い通りにならないと、すぐ怒ったり……。

「西野、あんた南 慧丞(みなみ けいすけ)君と付き合ってるわよね?」

「そう……だけど……。だから何?」

「何で付き合ってんの? 馴初(なれそ)めは?」

「……陸上部で同じ競技で……コツとか教えてもらってから……仲良くなって……それで……。ねぇ、何なの?」

 彼女はポケットから(かわ)の手袋を取り出し、手にはめた。何をしようとしているのかを訊く前に、北嶋(きたじま)さんは云った。

「別れてよ。私、彼が好きなの」

「……はぁ? そんな事できる訳無いじゃん! ふざけてんの?!」

「これでも?」

 肩から()げていた小さなバッグから、刃渡り十五センチ程度の包丁を取り出し、私に向けてきた。

「…………っ!」

「死にたく無ければ、適当に振ってくれない?」

「……絶対に嫌! 私達はずっと一緒にいるって、約束したから!」

「そんなの知らない! 別れろって云ってんだよ!」

「どこまで自分勝手なの! 莫迦(ばか)じゃないの!」

 絶対王政のようにクラスの女子を支配する彼女の事だ、きっとこんなに云われた事が無いのだろう。それが図星(ずぼし)だと云わんばかりに、下唇(したくちびる)を噛んでいる。

 しばらく静かになって落ち着いたと思った私は、彼女が手に持っている包丁を見て、云った。

「それ……包丁……。銃刀法違反(じゅうとうほういはん)になるから、さっさとしまって帰りなよ。受験前に警察沙汰(ざた)になるのは、流石(さすが)にマズイでしょ?」

「……お前の……その正論がましいのが腹立つんだよ!」

「ちょっ! やめっ! …………うっ…………!」

 全身の力を使って、その包丁を刺してきた。それは私の胸の真ん中に刺さっていた。心拍(しんぱく)がそれを伝って外に響く。それに(ともな)い血が(あふ)れ出す。

「……ハァ……ハァ……っ! ……ぁぁっ……………」

 私はその場で五、六歩よろめいて、(ひざ)から崩れ落ちた。

「……はっ……ははははは! …………やった……これで、南君は……」

 北嶋(きたじま)さんは高笑いして逃げ去って行く。手や服にべっとりとこびりついた私の血が、彼女に優越感(ゆうえつかん)を与えたように。

「…………かはっ! ……っ! ……(けい)……(すけ)……。ごめんね…………私………もう、駄目(だめ)…………みたい…………」

 (まぶた)の重さに()えきれず、私は目を閉じた。横たわっているせいか、息が苦しい。……全身に力が入らない。……寒い。その間にも、血は絶え間なく(あふ)れ出す。消えゆく私の命の火は走馬灯(そうまとう)になって、彼との思い出を見せてくれた。

 ―――――あぁ……最後に彼に甘えておいて良かった……。もう一回ぐらい、キス……したかったなぁ―――――

 心の中で(つぶや)いて、軽く笑った。笑うつもりは無かったけれど、彼の驚いた顔や笑った顔が目に浮かんで、幸せだった事を実感できたから……つい……。

 私が死んだと知ったら、彼はきっと泣くし、これから先、どうなるか解ったものでは無い。もし、何も見えない(やみ)が広がったなら、私は……死んだ私は、彼に何をしてあげられるだろうか。

 そうだ、答えは簡単だ……。人間にはできなくても、幽霊(ゆうれい)ならできる事…………。私は………………。

 そこまで考えて、私の命の火は消えた。咲いた花火の散り際は軽く余韻(よいん)(のこ)すものだ。私のそれも、花火のそれと相違(そうい)無い。この決意がそれなのだ…………。


「……んっ……やばっ! ……寝てた……。暗いなぁ……あっ! 花火! あと何分……」

 ―――――花火打ち上げまで五分前となりました。会場の皆様、良い席はお早めに―――――

 そんなアナウンスが耳に届いた。

 生前、不必要と思っていたそれに助けられるとは……皮肉(ひにく)なものだ。

慧丞(けいすけ)起きて……花火、もうすぐだよ」

 聞こえる訳無い。そう思いつつも、つい云ってしまう。体を揺すりたくても、私の手は彼に触れる事ができない。二度と彼の輪郭(りんかく)をなぞる事ができない。

 そう思っていると、ふと目に光が入ってきた。彼のケータイの光だ。……起きた? 聞こえたのだろうか。彼はキョロキョロと辺りを見渡して云う。

「……美咲? ……いるのか?」

「……っ! いるよ! ここに! あなたの(となり)に! ……ねぇ……いるってば……」

 きっと気のせいだって思っている。死んだ私がいくら声を上げても、彼の耳に届く訳がない。……解ってる。………解ってるけれど…………。

 私の悲しみを()き消すように花火が上がった。もう驚く事は無い。彼に、あの頃のように抱きつく事はできないし、何より慣れてしまった。

 墓前(ぼぜん)の彼は座ったまま云う。

「……綺麗(きれい)だな……。でも何でだろうな……雨が降ってるのに……花火……上がってるって……おかしい……」

慧丞(けいすけ)? ……雨なんて……」

 彼は泣いていた。目から涙を流して、少しだけ笑っていた。

「……それ以上に……物足りないよな……。綺麗(きれい)なのに変わり無いけど、あの頃程では無いな……」

 彼の心は、ぽっかりと()いていた。私のせいだ。私の死から九年、きっと満たされて無かったんだ。

 ……申し訳ない事をしたなぁ……。でも、こんなに想ってくれていたなんて……好きでいてくれたなんて……。私の人生では、この短い命の中では、勿体無(もったいな)いぐらいだ。どうしようも無い私を、こんなに……。

 嬉しさを(おさ)えられず、私は彼の左腕に、ぐっと身を寄せた。意識をすれば、感触(かんしょく)は無くても触れる事はできた。

 それからしばらくして、花火は終わった。彼は体を墓に向けて云った。

「ありがとうな、美咲。……そっちに行った時に、また二人で花火見ような」

 そして立ち上がりそれに笑顔で手を振った。

 全く鈍感(どんかん)だなぁ……私は(となり)にいるのに……。でも、そこを好きになったんだ……。可愛かったんだ……。

 彼はそこを横切って、坂を下って行く。このまま何も云えずにさよならなんて……できない!

 私は走って彼の背中に飛び付いた。そして耳元で云った。

「ずっと待ってる……大好きだから」

 彼は驚きのあまり、固まってしまったようだ。その間に墓まで戻った。いつも別れの時は、笑顔で手を振っていたから……今回も………。

 私はすっと右手を上げた。でも、うまく笑えない。これが最後だと解っているから、凄く悲しい。

 ……涙は(こら)えられないよ……。もう()えないなんて……嫌だよ……。

 目から涙が(あふ)れ出して、(ほお)を伝ってゆく。

 そうこうしているうちに、彼はこちらを向こうとしていた。

 ……さっきの……聞こえたんだ……。なら……。

 私は「ありがとう」 と、「元気でね」 の気持ちを込めて、手を振った。

 自然に笑顔になっていた。涙は出ているけれど、ぎこちないけど、笑顔でお別れはできた。それだけで、満足だ。

 私の存在を疑うように、彼は目をこすった。そして叫ぶ。

「美咲! ………えっ?」

 きっと見えなくなったんだ。私は右手の力を抜いて、服につけた。ぎゅっとそこを握って、大きく深呼吸をする。

 ずっと考えていた。人間にできなくて、幽霊にはできる事。彼は気味悪がるかも知れないけれど、最後ぐらい彼に何かしてあげたい。よく転ぶ彼に、前ばっかり見る彼に……。

「……僕も……大好きだよ……。じゃあな……美咲……」

 彼が云うのと同時に、指を「パチッ」 と鳴らした。それに呼応(こおう)するように、坂道に橙色(とういろ)の光が現れた。

 これを別れの灯火にしよう。もう二度と転ばないように、足元を照らしてあげるんだ。

 彼が涙ながらに(きびす)を返すと、また立ち止まった。……余計(よけい)に泣いてるよ……。どれだけ涙(もろ)いの……。私まで……泣いちゃうじゃん……。でも……これで……。

 私は彼の前に回り込んで、いつものような笑顔で云った。

「前しか向けない君の足元……私が照らしといてあげるよ。……もう転んじゃ駄目(だめ)だよ?」

 彼は(うなず)いて、去って行った。

 ―――――さよなら、私の大好きな人―――――


 夏祭りの最後には、彼の色に染まっている。十年前もそうだった。彼との思い出は私にとって、どんな豪華(ごうか)な花火よりも、印象的(いんしょうてき)で美しい。

 私の空っぽの心の中に、彼の笑顔が浮かび、あの頃の気持ちが(よみがえ)る。

 ―――――本当の最期(さいご)を、彼と過ごせて良かった―――――

 夏の(やわ)らかい風が、私の体を包み込んだ。彼との思い出を、心の奥底に焼き付けて、ゆっくりと自然に身を(ゆだ)ねた。

 私の意識は、透けた体と共に消え、乾いた夏の夜に風になった。

                     ―――――了

     あとがき



 皆さんおはようございます、こんにちは、こんばんは、兎杜 霜冴(ともり そうご)です!

 いかがでしたか? 二本立てのシリーズ風短編は。

 私も一年以上書いていますが(投稿開始は少し前から)、なかなか難しいですね。

 言葉を同じにするのがまた……。

 こんなに考えまくったのは、異世界シリーズ(今暖めてます)以来ですよ、全く……。

 さて、泣きました? 二人を自分と大切な人に重ねて下さい。二人の気持ちになってください。そして、泣け!


 …………どうです? この云い回し、結構ウケるんですよ? 笑って下さいね!

 そろそろ異世界シリーズやろーかなーとか思っています。原作は完結してますが、添削(てんさく)がまだなので、ゆっくりのんびりとやっていきます。

 相棒と頑張ってます!

 さて、そろそろ昼食ですね、ではまた。

 読んで下さったあなたが大好きです!

 またお逢いしましょう!

 それまでどうかお元気で!

 ではではさよなら~

 ありがとうございました!


               兎杜 霜冴

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