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夏祭り  作者: 兎杜 霜冴
1/2

最後の花火

 あの日の夏祭りの花火は、未だに忘れられない。彼女と最後に見た花火だから。

 ―――――今日は……夏祭りだ―――――

 そう思って家を出た。彼女の好きだった、白い百合(ゆり)の花を数本、近所の花屋で買い、その街へと向かった。

 彼女と過ごしたあの街へ。僕が逃げ出したあの街へ。

 照りつける太陽の日差しは、段々畑の石垣と、そこをぐるっと囲むように広がる海の水面(みなも)に反射して、のびのびと育っている夏みかんを、全然、輝かせていた。

 僕はそれを懐かしいとも、美しいとも思わず、「あるべくしてある景色」とだけ思って、みかん畑の(わき)の坂道を歩く。

 少しばかりしんどいと思わせる、舗装(ほそう)されていない坂道を歩いていると、地面から少しだけ顔を出した、大きいか小さいかも解らない石に(つまず)き、よろめいた。

 (くう)()いた手に、夏の日差しが重なるのと同時に、持っていた百合の花束を落としそうになって、無意識のうちに、それを(かば)うように地面に倒れた。

 蒼天(そうてん)に向けた手の中に、(かば)ったそれがあった。見ると一切の傷も無く、茎はピンとしていた。

 僕は安堵(あんど)溜息(ためいき)をついた。そして、立ち上がろうとした時だった。白く透明な手を差し出された。見上げると、麦わら帽子を被って、困ったように笑う彼女がそこにいるように見えた。

 はっきりと見えなかったが、確かに彼女だった。

 ……いや、そんな(はず)がない。なにせ彼女は……。

 浅はかともとれる考えを、無理矢理に追い出して立ち上がり、更に上の方へと足を進めた。

 家を出るのが遅かったせいか、真夏にしては少し涼しくなってきていた。だが、そっちの方が彼女は出て来てくれそうな気がする。きっと、

「夏の日差しはお肌の敵だよ! ……とか云う私、元陸上部だわ」

と、あの頃のように苦笑して云うことだろう。

 全く、透明で美しすぎて、僕の目には映る事がないというのに……。女というのは、理解し(がた)い生き物だ。同じ人間とは思えないぐらいに。

 あれこれ考えながら歩いていると、開けた平地へと辿(たど)り着いた。奥を見ると、そこにぽつんと墓が(たたず)んでいる。僕はそこにゆっくりと歩いていった。

 十年振りだ。それでも相変わらず綺麗(きれい)にされている。彼女は綺麗好(きれいず)きだったから、自分で掃除(そうじ)しているのかも知れない。

 花を生ける(つつ)が無いので、手に持っている花束は墓前(ぼぜん)に供えた。すると、山の方から穏やかな風が吹いてきた。きっと彼女が喜んでくれているんだ。もしそうなら、良かった……。

 墓を見ると

「西野家之墓」

(きざ)まれていた。僕はそれを見てうつむき、重い口を開いた。

「……美咲……。今日は、お別れを伝えに来たんだ」

 さっきまで穏やかに吹いていた風が、ぴたっと止んだ。まるで、僕の言葉に反応しているかのように。

「実は、海外に転勤(てんきん)になってな……来年からも来れそうにない。きっと僕はそこで、一生を過ごす事になる。……だから、今年は夏祭りで命日のこの日に、君に()いに来たんだ」

 これからも来れなくなった理由を述べて、更に続ける。

「……花火。……日本で見る最後の花火は、君と見たかったんだ。……済まない、僕が殺したようなものなのに、自分ばっかり勝手な事を云ってしまって……」

 懺悔(ざんげ)するように(つぶや)くと、十年前の光景が、彼女と行った最後の夏祭りが、花火の開花のように眼前(がんぜん)に広がった。


 あの頃はまだ、十八だった。高校最後の夏休み、受験勉強の疲れから、つかの間だけ逃れられるこの日、彼女といた。去年から付き合い始め、その間はとにかく、天変地異(てんぺんちい)のような日々で、足元さえ輝いて見えたものだ。

慧丞(けいすけ)、大学決めた?」

 美咲が林檎飴(りんごあめ)(かじ)りながら訊いてきた。

「決まってない……美咲は? 決めたわけ?」

「私?! ……そうだなぁ、ハッキリとは……」

「やっぱりか」

「あっ! でもでも、国公立目指してるからね! 文学部!」

 彼女の慌てた口調と身振りを見ていると、無意識に笑いが込み上げてくる。僕は気付いたら、食べかけの綿飴(わたあめ)を持ったまま、腹を抱えて笑ってしまっていた。

「なっ! 何よ! そんな笑う?」

「……ごっ! ごめん! ……だってさ! はははっ! ……はぁぁ……。だってさ、美咲……可愛かったから……」

「……もう、慧丞(けいすけ)は……しょうがない人……。ふふっ! ……全く、服ベトベトだよ? ……ほら、拭いてあげる」

 彼女は云って、ポケットからハンカチを取り出し、川の水に()らして拭いてくれた。

 そのときだった。月明かりすら見当たらない夜空に、花火が咲き乱れたのは。

「うわっ! ……びっくりしたぁ。……綺麗(きれい)だね」

 突然の開花の音に、彼女の体は僕の胸の中にあった。……驚いたのはこっちだよ……。

 それでも平常心を保っているかのように(よそお)い、云った。

綺麗(きれい)だな……また一緒に見ような」

「うん。私がお(ばあ)ちゃんになった時も、隣には慧丞(けいすけ)がいて……私達の孫に囲まれてて……それで……」

「何云ってんだよ、気が早いっての。……照れるだろ……」

「……そうだね、ごめんね。……でも、本当に好きだから……」

「解ってるよ、僕もそう考えてたから……」

 そう云うと彼女は、嬉しそうに顔を赤く染めていた。まるで手に持っている林檎飴(りんごあめ)のような、(つや)やかな赤み。それなのにいざ触れてみると、それとは比べものにならないぐらいに(なめ)らかで……。

 これ以上の幸せを、一切感じる事はないと心の底から思ってしまったぐらいだ。

 辺りの静寂(せいじゃく)()き消すように、花火の音と光が、そこら一体をそれ色に()らしてゆく。それには二人して息を飲んでいた。

 花火が終わると、張り詰めていた空気が和らいだように、彼女の横顔から笑みが(こぼ)れた。

「……凄い迫力だったね……」

「……ああ……凄かった……。帰るか?」

「……うん、帰ろう。眠くなってきちゃったよ……」

 僕は(うなず)いて彼女の手を引いた。すると彼女は驚いたように僕を見上げ、次の瞬間には照れを隠すように、そっと左腕にしがみついてきた。それには僕も甘受(かんじゅ)していた。本当に嬉しかった。

 その時の彼女の顔は、全然赤く染まっていて、何よりも愛おしく感じた。

「あっ、私こっちだ……。じゃあ、明日も学校でね!」

「おう……一人で大丈夫か? 最近治安悪いし……」

「大丈夫! 私は元陸上部さんだよ! いざとなったら逃げるって」

「……そうだな……解った、じゃあ…………」

 僕より一回り小さい彼女が、僕の肩をぐっと寄せ、享受(きょうじゅ)するかのように(ほお)(くちびる)を当てた。一瞬の驚きは、えも云われぬ幸福感(こうふくかん)に変わっていた。

「ふふっ、じゃあね!」

 彼女は笑って手を振った。そんな彼女に対し、唖然(あぜん)としていた僕は、ただ手を上げただけになっていた。走り行く彼女の後ろ姿は、無邪気(むじゃき)な幼さと静かな成熟(せいじゅく)が感じられた。

 …………それが、僕が見た彼女の最後の姿だった。

 翌日、美咲は死体で発見された。失血死(しっけつし)だった。刃渡り十五センチの包丁で、正面から心臓を一突(ひとつ)きだったらしい。犯人は僕らの関係に嫉妬(しっと)した、クラスメイトの北嶋(きたじま)という女だった。


 あの時一緒に帰っていれば……。そう後悔(こうかい)していると、耳元で(ささや)かれた。

 ―――――慧丞(けいすけ)起きて……花火、もうすぐたよ―――――

 気が付くと夜になっていた。内ポケットに入れていたスマホを取り出して見ると、十九時五十八分を指していた。

「……美咲? ……いるのか?」

 ふと訊いたそれに、返事は無かった。それなのに、彼女がそこにいるような気がした。

 ―――――気のせいだな。きっとそうだ―――――

 そう思った次の瞬間だった。眼前で花火が開花したのは。激しい音と共に、(いろど)りを与えるように、(あざ)やかに辺りを照らしている。

 あの頃と違うといえば、場所と、今一人だという事だ。これ程に寂しい事はない。もしも願いが叶うのなら、もう一度、彼女に………。

「……綺麗(きれい)だな……。でも、何でだろうな……雨が降ってるのに……花火……上がってるって……おかしい……」

 視界が(にじ)んで、花火の光がまるで、水に絵の具を垂らしたようになっている。目をこすって、もう一度それに目を向ける。

「……それ以上に……物足りないよな……。綺麗(きれい)なのに変わりは無いけど、あの頃程では無いな……」

 今年の花火は根本的に欠如しているのだ。いや、九年前からそうなのかも知れない。それ程に、大きすぎる程に大きな大切なものを失ったのだから。

 それでも左腕には妙な安心感と、懐かしさが(まと)わりついていた。ずっといたくなるようなそれは、退屈な花火でさえも最後まで見ようという気にさせてくれた。

 しばらくして終わると、僕は体を墓に向けて云った。

「ありがとうな、美咲。……そっちに行った時に、また二人で花火見ような」

 僕は立ち上がり、彼女の眠る墓に笑って手を振った。いつか彼女が見せてくれたような笑みで。劣っているに決まっている。それでも、別れは笑顔ですると決めていたのだから。

 そこを横切って坂を下る。すると背に軽い何かがしがみついてきた。

 ―――――ずっと待ってる……大好きだから―――――

 美咲の声が、すっと体の中に染み込んでくる。それに驚いて固まった。

 少し間を空けて振り返ると、はっきりと見えた。

 彼女が……美咲がいた。困ったように笑いながら、涙を流して手を振っている。

 僕は目をこすってから叫んだ。

「美咲! …………えっ?」

 彼女は(きり)となって消えていた。綺麗(きれい)に、静かに……。彼女らしいと云えばそうだ。でも……もう一度、抱きしめたかった……。

「……僕も……大好きだよ……。じゃあな……美咲……」

 涙ながらに云って(きびす)を返すと、驚きと同時に、(さら)に涙が(あふ)れ出してきた。

 さっきまで無かったのに、提灯(ちょうちん)のような、橙色(とういろ)の優しい光が、僕の帰路(きろ)を照らしていた。

 ―――――前しか向けない君の足元……私が照らしといてあげるよ。……もう転んじゃ駄目(だめ)だよ?―――――

 と、その光は僕にそう云っていた。僕は(うなず)き、その言葉を胸に焼き付け、そこを後にした。


 夏祭りの最後には、彼女の色に染まっている。十年前もそうだった。彼女が最後に見せてくれた笑みは、どんな花火よりも美しい。

 僕の胸に走った衝撃(しょうげき)と共に、彼女の笑顔が浮かぶ。焼き付けるように、美しく咲く。

 ―――――最後の花火が、彼女の笑顔で良かった―――――

 夏の(やわ)らかい風が、僕の背中を押した。彼女は僕の胸の中で、もう一度微笑(ほほえ)んでくれた。

 今年の夏も、時の流れに身を(ゆだ)ねて、その役目を終えようとしていた。

                 ―――――了

     あとがき



 皆さんおはようございます、こんにちは、こんばんは、兎杜 霜冴(ともり そうご)です!

 今回は二本立てです!

 ところで、これを読んで下さった皆さん、きっと……

「お前の得意ジャンルは何だよ!」

 なんて思っていませんか? ふふっ、愚問(ぐもん)ですよ? 得意ジャンルなんて云ってられるほど、私は成熟していません。

 今は、それを探しています。


 よし、話題を変えましょう!

 あのぉ、私はこれを書いていて、最後に泣いちゃいまして……我ながら涙脆(なみだもろ)いなぁと……思いまして。

 きっとそう、感情移入しやすい体質なんですね! 書いているからこそのそれです!

 何云ってるのか解んなくなりました……では、もう一作をお楽しみ下さい!


 読んで下さった皆さんが大好きです!

 またお逢いしましょう!

 今回ばかりは二本立てです!

 ではではさよなら~

 ありがとうございました!


               兎杜 霜冴

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