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短編集 冬花火

蛍火に呼ばれ

作者: 春風 月葉

 私は虫、いつだって光を求めて彷徨う愚かな虫。

 街灯の青い光に誘われ、パチっと弾ける音と共に火花となって消えた別の虫を見て一匹の蛾が言った。


 黒瀬蛾(くろせまゆげ)、それが私の名前だ。腹がたつほど私にぴったりの名前だと思う。

 私は昔から存在感がなかった。今はない両親の虐待を避けるためにいつも息を殺して生活していたからだろうか。気付いた頃にはそうなっていた。

 小学生になる頃、両親の虐待はなくなった。いや、この表現は少し間違えているかもしれない。両親は亡くなった。別に興味はなかったが、事故死だったそうだ。

 私は母方の祖父母に引き取られ、住んでいた都内の小綺麗な部屋から、山の中にある田舎の質素な一件家に移ることとなった。

 そこには幸せがあった。用意された温かい食事、綺麗に洗われた洋服、ふわふわとした布団、そして私の頭を撫でる優しい手。私はそこでそれまでの分の幸せを取り戻していたのだと今は思う。

 中学生に上がった頃、私はいじめを受けることになる。両親がいない、そんな下らないことが知れただけでこんな目に合うなんて当時の私は思いもしなかったのだ。

 いじめは辛かったか?どうだろう。ただ少し、幼い頃を思い出していただけのように思う。

 いじめが終わることはなく、それより早く中学生という身分に終わりが来て、私達は卒業した。

 卒業を祝う式では多くの人が涙を流し笑っていた。そこでは私をいじめていた数名も涙を流していたのかもしれない。ただ、私には関係のないことだろう。私はその場にいる誰の顔も覚えていなかったのだから。

 体育館の入り口の扉の前で、私は鏡に映る自分の顔を見てわかった。きっとあの時からだろう。私はあの時からまともではなかったのだろうと。


 夏川蛍(なつかわほたる)、可愛いらしい容姿に人懐こい性格、すれ違えばすぐに気付くだろうその人物は、言うまでもなく私とは正反対の人種だろう。

 私は中学生である最後の日、その夜に彼女と出会った。

 普段は早々に帰宅する私だが、この日は祖父母を心配させぬよう、友達と遅くまで話してから帰りますと伝えていたのだ。

 まぁ、勿論そんなはずはなく、私は公園のベンチで日が暮れるまで何をするわけでもなく、ぼーっとして時間を潰していたのだが…。

 そこに現れたのが彼女、夏川だった。

 彼女は私を見るなり話しかけてきた。

「こんばんは、あなたはみんなと話していかないの?」と。

 私は気になって、

「あなたこそ、どうして話しもろくにせず早々にこんなところへ?」と聞いた。

 彼女は苦い顔をして愛想笑いをした。

 私は追求するのをやめた。

 どちらも話すことなど特にないので、どこか別の方を見ながらそれぞれがぼーっとしていたが、しばらくすると夏川は突然すっと息を吸い、ゆっくりと口を開いた。

「みんなね、空っぽなの。」私にはその言葉の意味がわからなかった。

「みんなは生きているふりをしているだけで、自分は生きているんだって自覚が欲しいだけ。その場の空気を共有して、本当はありもしない感情を演じあってるの。」彼女は続ける。

「私ね、ずっとあなたを見ていたの。でも助けなかった。あなたは他のみんなとは違う。死んでいるのに中身が溢れ出しそうなほど苦しそうで、周りなんて見ていなかったわ。ねぇ、教えて。あなたは何を見ていたの?」彼女の目が強い光を放って私の目を捉える。

 堪らず私は口を開く。

「…少し、昔を思い出していた。ただ、それだけ。」彼女ははてという顔でこちらを見ている。当然だ。

 私は幼い自分の記憶を、初めて他人に口にした。

 私が話し終えると夏川はは涙を流して泣いていた。それが彼女の言う空っぽの涙なのかどうかは私にもなんとなくわかった。

 彼女は言った。

「ごめんなさい。大丈夫だよ、あなたは生きてるよ。」ふと頰に雨が降りたことに気がついた。おかしいな、空は枯れているのに。

 夏川が私の頬を流れる一筋の雨粒を掬った。その指が目元に届く時、初めてそれが自分の涙だったことに気付いた。

 いつぶりだろう、涙なんて流したのは。


 一匹の蛾は蛍の光に導かれ、二匹は明けることのなかった冬を越えた。

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