脱走劇のラストナイト
今日もまた、いつもと変わらない一日が終わる。
全身が悲鳴を上げて、早く休ませてくれと叫んでいた。
足早に「作業区域」から去り、
施設の総面積のわずか2%にも満たない「娯楽区域」へと逃げるように駆け込んだ。
「娯楽施設」とは名ばかりで、飲食物が饐えた匂いが充満した空間。
この施設に来てから1年が過ぎようとした今でさえ、この匂いに慣れることはできなかった。
それでもまだ、毎日と言っていいほど廃人が出るような、日々の労働と比べればましな方だ。
既にぞろぞろと多くの強制労働者が配給される夕食をもらうため、
まるで家畜のように一か所に長蛇の列を作って並んでいた。
周りに聞こえないように軽く舌打ちをしてから、その列に加わった。
「今日の調子はどうだった?ヤイチ」
特徴的な枯れた声、振り返らずとも誰が後ろに並んだのかわかった。
「どうもこうもないさ、サク、いつもと変わらない何気ない日常だったよ」
目が覚めるとすぐに、読めない文字で書いてある読めない本の書き写し。
この作業ははどういうわけか精神を摩耗させ、発狂する者まで出る始末だ。
その後、休憩が取れるとはいえ、
休憩時間が終わるとすぐに、理由も分からないまま、重い歯車を延々と回し続ける。
これは純粋に身体に負担をかける。労働者が倒れるのを何度も見てきた。
いずれにせよ壊れた者は、ロボットに連れて行かれた。
僕は、連れていかれた奴がどうなるのかも知らなかったし、帰ってきた奴も知らなかった。
「だよな。こんな日常がいつまでも続いて欲しいもんだぜ」
サクは僕の顔を覗き込んでそう言った。
その目には心からそう思っているに違いない色が読みとれる。
到底僕には真似できない完璧な演技だ。
「前」
サクが指をさした。
僕達はいつの間にか列の先頭に立っていた。
トレーを取って、錆びた金属の箱から延びるチューブの下に置くと、
自動で、ドロドロな灰色の液体が、僕とサクのトレーを満たす。
「液状かよ・・・」僕は思わずぼやいた。
「大ハズレだな」
サクの後ろの労働者は灰色の固体が入ったトレーを持って喜んでいた。
いつものように、灰色の液体は腐卵臭を放っていた。
「もう少し晩飯がマシだったら言うこともなかったのに・・・」
方頬を引きつらせて、サクに同意を求めた。
「文句言うなよ。どんなモンにだって欠点はあるもんさ」
サクは、わざとらしく言葉に含みを持たせながら、僕の肩に手を置いた。
「うまくいきそうなのか?」
僕は、監視システムに引っかからない程の小声で尋ねる。
「なんのことだか。俺は、飯の話しかしてないはずだぜ」
「それもそうだね」
期待に胸を膨らませながら、いつもより急ぎ足で席へと向かった。
夕食を終え、そのまま狭い寝床へとこもった。
ここでも当然、監視システムは機能していたので、不自然な動きは避けた。
ポケットの中のタバコを取り出し、そっと火をつけた。
右手でタバコをふかしながら、左手をポケットの中に突っ込んだ。
「ようやくか・・・か」声にならない気持ちが溢れて溶けた。
晩飯の時にサクが押し込んだ紙切れ、そこに書かれた文字を指の感触だけで確かめた僕は、
不味いタバコを一気に吸い上げ、胸に込みあがった感情と共に大きく煙を吐き出す。
『明日決行』
その4文字はただのの紙切れを重く感じさせるには十分だった。