仮想世界のマシンドール
目が覚めると、白い部屋にいた。
身を起こして周囲を見渡すと、壁も天井も入り口すら見当たらなかった。
だだひたすらに白くて広く、何もない空間。
「ようこそ私の世界へー」
突如、背後からの声を聴いて振り返った。
自ら発光するかのように輝く白銀の長髪に紅色の瞳。
職人生涯を捧げても完成しないであろう精緻な人形が立っていた。
その美しさは僕の語彙では形容するに及ばなかった。
「・・・」
「ぬ? 通じておらんのか、私は『すうぱぁいんてりじぇんと』だからの、
英語とかいうアホな言語は学んでおらん。」
人形は腰に手を当てた後、何かに気づいた様な表情をした。
「まてまて、誤解するな『ぷらぐいん』を『いすとーる』すればいいだけだ。
英語だって喋れる私はアホじゃない。」
「えっと・・・」
「管理者の承認?そんなもの要らん・・・って要るのか!?
ぱすわーど?そんなモン知らんぞ!?」
人形はぐったりとうなだれた後、何か決心したかのようにこちらに向き直った。
「うぇ・・・うぇるかむとぅー まいん・・・ まいんわーるど?」
「君は?」僕は耐えかねた。
「・・・」紅色の瞳がこちらを見上げた。
「ここは?」
「・・・」純白の長い睫毛が上下する。
「うーもうおなか減った。」
パキンと人形が指を鳴らすと
僕と人形の間に
陶磁の食卓とティーセットが前触れなく表れる。
「コホン・・・君も席につきたまえ。」
先に陶器の椅子に腰を下ろした人形はわざとらしく咳払いをして僕に促した。
僕はヒヤリと冷たい椅子に体重をあずけた。
「私はアルマ、ここは私が創り出した世界。」
そのセリフに満足したようにアルマなる人形はティーセットを弄りながら得意げに鼻を鳴らした。
「君も名乗ったらどうだい?」
なぜか少しだけ口角を引き上げてアルマは訳知り顔をした。
ここ数秒でありえないことが立て続けに起こっていて、今さら驚いて見せるのも億劫だ。
アルマの言葉に素直に従う。
「僕は・・・?」自分の名前が出てこない。
「忘れているんだろう?」人形の嘆息。
「そんなはずはない。僕の名前は・・・」
「君の名前はヤイチ。その様子だと本当に忘れているようだね。」
アルマは僕が知らない僕の名前を告げてから、カップに小さな唇をつけた。
いつの間にか僕の目の前に湯気を上げた紅茶が用意されていた。
「あまり時間がない本題を端的に話そう。」