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第壱話 ~万物ハ流転スル~

 『明日から原稿やるよ』さんにて投稿していた物を微妙に加筆修正した物です。内容は同じです。


「来てやったぞ、甘粕正彦」


 見た目は十七歳の、けれど少年と呼ぶには些かその瞳は老成し過ぎ、少年とも青年とも呼べない、だが何処か若者らしさ・・・のある男が、一直線に水平線しか見えない空間を進んでいく。その足に迷いも淀みもなく、決然とした雰囲気はある種の神々しさを孕んでいる。

 詰襟学生服の上に大仰なその道の人の大幹部あたりしか着そうにないコートを羽織り、彼が甘粕正彦と呼んだ男が軍刀を持つのに対し彼は無手で相対する。

 いや、そもそもこの非常識極まる空間内において武器など必要に値しない。それすらも超常現象がごとくに手元に現れる。


 対する男、甘粕正彦と呼ばれた男もまた、裏も表もなさそうな、と云うよりは表しかない顔・・・・・・で相対する。


「あぁ、待っていたよ。救世主イェホーシュア

「……何故このような暴挙に及んだ。仮にもお前、この世界の神様に相応するレベルまで自分を高められたくせに――それとも争いが好きなのか? 敵味方で血を流しあって喰らいあう地獄が好きなのか? そうまでして成したい夢があると云うのか?」

「何を云うかと思えば…………俺は争いは好まん。友人も知人も、皆口を揃えて嘘だと云うがね――いやなに、ただ単純な理屈さ。お前がその答えに至ったのと同様、シンプルで且つ絶対的でさえある」




 社会の劣化が気に食わなかったのだよ




「なるほど、確かに増税20パーセントなど正気の沙汰ではない。首を吊りたくなるのも激しく頷けるだろう――だが、彼らにはまだ、彼らすら知りえない彼らの輝き・・がある。彼らには彼らにしか出来ないことがある。だと云うのに、己を磨くことを善しとせず堕落し続けついには就労意欲減衰症と呼ばれるにまで至った。あぁ、だからその全てを否定したいわけではないよ。俺がそこまで単純ではないことは、お前が一番よく理解していることだろう?」


 大仰な身振りと手ぶりとともに(魔王)も歩き始める。

 魔王として、この地平まで上がってこれた勇者に対する最大限の謝辞と称賛を以て、礼儀には礼儀で返している。

 一般的な倫理観とともに常識と良識を併せ持つ魔王であり、その実彼の我儘わがままのために世界六十億の人間すべてがこの明晰無(VR)に囚われた。彼の享楽がために、彼の云うところの輝きを見るために、劇的ドラマティック且つ試練サディスティックな舞台を用意して見せ、たった一人で、誰の承認も得ぬままに世界中心を制覇して見せた。

 最初にして最強の魔王であり、こいつが全ての元凶であり、人格者でありながら同時に気狂きちがいだ。そうまで狂っていなければこんな境地になど至らないであろうし同じ術理によってここまで至った時点で己も同様に狂っているのだろうと自嘲しながら、救世主イェホーシュアと呼ばれた彼はそれを聞き続ける。


「俺は貧困を、差別を、路傍に捨てられる孤児を見れば見るほど胸が締め付けられるような気持ちを、若いころから抱いていた。世間でよく美化し賛美されるNGOとやらにも積極的に参加していたとも。他ならぬ、俺がその路傍に打ち捨てられたわらべだったが故にな」


 衝撃的な事実ではあったが、そんなのはどこにだって有り触れている。こいつだけが特別なわけではない。


「社会的貧困、虐げられる社会的弱者、差別、偏見、不法投棄される動物たち―― 一言で言い表すなら、不幸・・と云う言葉が適当だろう。俺はその全てを憎んでいる……! 生きるために盗みを働いた子供が、警察官と云う特権階級によって虐殺されるような世の中を、どうして正しいなどと賛美できようものか」


 正気すぎる。正気過ぎて真っ当過ぎて、いっそ聖的ですらある。

 まともすぎる返答は、歩みを止めるまいとしていた彼の歩みを止めるには十分だった。こんな何もない場所で、己の享楽がために理不尽で暴力的なまでの暴力の塊を生み出していた人間とは到底思えないほどで、それは誰にはばかることなく真っ当だった。


 ならば何故、こんなことを仕出かそうと思ったのか。


 超大容量量子コンピュータ『月讀ツクヨミ』と物理的ニューロネットワークシステム『天照アマテラス』内部に仮想再現された巨大な宇宙空間に六十億人が閉じ込められた。

 攻撃力1000000防御力100000のスライムが一番雑魚で、それのせいで多くの自衛隊員や軍人が死んできた。同時多発的に起こったそれらの事象が、一部のニート共を沸かせた。曰く、俺の時代が来たと。

 ゲームさながらにパラメータ表示やステータスと云った物を用意し、与えられた・・・・・力に浮かれてさらなる血が流されてきた。そんな悲劇を起こした奴が、こんな真っ当なことを云うのかと瞠目する。


 少なくとも、この甘粕と云う男に裏面、打算と言い換えた方が良いそれは欠片も感じられない。ただただまっすぐに、子供が夢想するように愚直にそう信じていると思わせられる凄味がある。


「だと云うのに――だと云うのに、あぁ人間は段々と腐ってきている。頭に蛆虫が湧いて正常な思考回路が閉ざされている。これは如何とするべきか

 何も為せぬくせに匿名掲示板とやらでは居丈高になり、そのくせ犬畜生のように誰が上で誰が下かを明確化したがり、間違った知識をさも己の云う全ては間違っていないかのように振る舞う

 身元を割り出すほどの実力もないくせして特定したなどと騒ぎたて誤った情報を流し、揚句には極道を騙る馬鹿者や公道で煽り運転する無学者むがくしゃ、必要な体罰と理不尽な暴力の違いも分からん無知蒙昧むちもうまいが増えてきた」


 たった三十秒調べれば身元などすぐに特定できるような時代、便利な情報機器に囲まれる生活をしていながらそれの0.001パーセントも活用できずに腐らせている。

 見かけの華美さ優美さを求める消費者、情報を精査することのできる膨大な情報網ネットワークを使いもせず、見たままを鵜呑みにし、見て聞いた全てを全てと信じ込むバカモノが増えてきた。

 高速道路や公道を使用させて貰う前提条件ルールすら守れない塵同然の身分の癖に他国の交通法規を持ち出してさも己の運転に間違いはなかったとのたまう愚図の群れ。


 腐っている――


 溜め息のような吐息を洩らしながら、甘粕はその猟奇的とさえいえる笑顔のままに、吐き捨てるかのように一息で語りきり、また大仰な仕草で語り続ける。よく喋る奴だと思いながら、それが甘粕らしいところでもあるのだと、同じ領域に至った彼はその姿に敬意を覚えていた。

 お互いの考え、大別すれば思想と呼ばれるそれを言葉を尽くして語り、多くの人を引き付ける魅力を持っている。言葉選びが過激だが、それすらこいつの味となって生かされているのだ。

 きっとこいつは、たとえ相手がどれほど無知であろうと語り尽くすのだろう。語る段階を超えてから、こいつの本性だ。


 甘粕正彦の精神構造とは即ち、昭和以前の人間のそれだ。どちらかと言えばまだ多少は豊かだった大正時代のあたりの人間に近いのかもしれない。アナクロ過ぎて今ならば過激とさえ謂われるそれは、確かな学を持った人間からすれば当然な言葉の羅列によって表現している。

 こいつは間違いなく人格的で、且つ良識と倫理も間違いなく持っているはずなのだ。だと云うのに、こいつはどこかが歪んでいると、彼は続く言葉を待つまでもなく続く言葉を予想し理解した。


「悲しいよ。悲しすぎて涙すら出てこぬよ。だから考えた。仏道における救世ぐぜに至るために――」


 それがここだ。


 そう言わんばかりのドヤ顔と堂々とした立ち居振る舞いはまるでこいつこそが正しいという錯覚を伴い、だからこそこの男から目を逸らすことはできない緊張感すらはらんでいた。

 双方、三百メートル・・・・・・の距離を取って対峙し、甘粕は続ける。考えたのだと。


「考えた。考えに考え、熟考に熟考を重ね、そして思い至ったのだ。そう、こんなに単純なことだったのだよ」


 そしてこれまでの事実を分析すれば、甘粕正彦の至った答えと云うのは簡単だった。


 ――戦争だ。


 人間は猿の頃から争い続けてきた。最初は拳や爪から、やがて武器を使うことを覚えると爆発的な速度で進化して行った。

 骨はやがて木と石をくっつけた簡単な槍へと。その槍は時代がすすみ、加工技術を会得してから剣や刀へ姿を変え、再び槍がやってきて、以降15世紀近くもの長きに渡って剣や槍の類が使用し続けられ、そしてあるとき鉄砲が生み出された。

 鉄砲の開発の後には文明はさらに飛躍的という言葉ですら追いつけない速度で発達し、銃や大砲、爆弾といった物が作られるに至った。


「人間とは古来より争い続けてきた。武器、兵器の進化とともに今ではボタン一つで数十万人を虐殺することすら可能になった。それは誰に向けられるものか? ――敵に他ならんだろう」


 そう、人間の歴史とは戦争の歴史だ。こいつはそれを、この仮想世界の中でその数十万年や数百万年分を追体験させた・・・・・・と云うのだ。この甘粕正彦と云う男は。

 認識の方向性バイアスをいじり、好きな情報を好きなように与えられる状態、設備さえあれば極論歴史そのものを改変する事さえ可能だ。

 この男はそれを人類史単位で適用し、このVR空間内でそれを仮想再現したのだ。


「彼らが彼らの輝きを彼ら自身の手で発揮させるには彼ら全員にとっての共通の敵を作り出せばいい。戦略兵器などではなく、それこそ頼光公や鈴鹿御前らが討ち果たした人間の恐怖の集合体、つまるところ化生けしょう化外けがいの類を生み出せばよい。

 そういう理不尽があるからこそ、人は己を磨き、高め、強く美しくしなやかに且つ健やかにいられるのだと――つまるところ、それは勇気だ」


 狂っている。闘争や競争を嫌っていながら、極論それが彼らの輝きを発揮する重要な要素だと言い放つ。人間を極限状態のただなかに置き争わせることによってそいつらは輝けるのだと、そんな暴論を大真面目に語っているのだ、この甘粕正彦と云う男は。

 そういう理不尽の中、逃避することすら許されない一択問題の中にさえあれば、たとえ無職ニートでも輝ける場所があるのだと、そう言っている。要するに、自分の大嫌いな差別と貧困の中でこそ、人はそれに抗い、闘おうとすると、本気で、大真面目に、何処までも愚直にこの男は信じていると云う。彼は信じられない者を見る目で、甘粕正彦を見た。


 何と云う矛盾か。本来ならその嫌いな物を無くすために動き出すはずが、こいつは享楽がために全世界の人間を閉じ込めたと云うのだから。


「親しい友人を、家族を、あるいは家族同然に飼っている愛玩動物ペット――身を捨ててでも立ち上がり守ろうとする意志、愛情、友情、勇気、至誠、大別して要素だけを抽出し還元すればそれは覚悟と云う言葉に置き換わる。

 彼らが彼らのやる気が出ないというなら、やる気が出るようにお膳立てしてやろう。覚悟が持てるように分かりやすい明確な敵を作ろう。あまりにも強すぎる故、理不尽に抗える力をくれてやろう。そうすればきっと、俺の信じる彼らは立ち上がってくれる。あらゆる理不尽を跳ね返す力を手に入れ、心を――己を磨いて天上に煌めく星々がごとく輝いてくれると」


 その為ならどれほど規格外の化物でも用意してやる。同じ領域に至っているが故に、彼には甘粕の発言に裏が無いこと、根底にあるそれにすら気が付いて理解した。

 端的に彼は共感を得ていた。共感しているからと言って同一の思想を持っているわけではない。彼は敬意と共にその覚悟と極論に理解を示したのだ。確かに正論で、少なくとも間違ったことは言っていない。ただそのあとの事を考えていないだけで。

 こいつが誰からの承認も得ぬままに、六十億人の支持を得てようやっと至れた場所にたった一人で至れた理由もまた、単純でまた明白だった。


 単純な話、こいつの夢の強度が高いという話だ。

 盲目的なまでに人間を性悪説的に見ている存在でありながら、こいつは同時に地球人類すべてを愛している。その矛盾を補って余りある夢の強度、狂信と言い換えてもいいそれがたった一人の承認を数十億人分以上の“承認”に匹敵させているのだ。

 それだけの質量とそれだけの密度で彼は本来多人数の承認と第四行への到達の必要な場所にたった一人の承認で至ったのだ。その精神性は異端や驚嘆と云った言葉で語れる領域ではなく、それこそキチガイと云う言葉が当てはまる。

 考えても見ると良い。六十億人の承認でギリギリ至れた場所に余裕で至れたと云うことは、その精神性、夢の質量と密度は六十億人分を軽く凌駕していると云うこと。馬鹿げた出力と馬鹿げた事実は、それだけこいつの夢の強度が強いことと、こいつが本気でそれを願っていることの両方が証明される――なぜならここは、それらが顕在化する世界なのだから。

 故に、その馬鹿げた出力を以てすれば三千大千世界(十億の多元宇宙)小千世界(千乗)規模を超える化け物を創り出すことを可能とした。


「それで、三千大千世界と小千世界分もある化け物を生み出したのか……? なぜそこまでやる必要がある」

「論議に値しない。その答えは先も述べた通りだ――俺は彼らを愛している。俺は彼らを信じている。ならば無論、俺の信じる彼らはその程度の化外の二つや三つ祓ってくれるだろうとも。そして今俺の目の前に立っているお前、清宮きよみや和聖かずきよはそれを果たした――あぁ、美しいぞ。一周回って格好良すぎて涙すら出てくる。人とは斯く在るべきだ。俺はおまえのその燃焼を、その輝きを愛し慈しんでいる。貴びたいのだよ声を大にして! ――無くしたくないのだ」


 甘粕正彦の思い描く楽土とはすなわち鉄風雷火てっぷうらいかの三千世界。永遠に闘争を繰り返し、こいつ曰くの“人間の命の燃焼カガヤキ”を永久とわに見続けたいというのだ。

 そう、こいつは本当にただそれだけの為に地球のほぼ全人口をコンピュータ上に仮想再現したある種の力場を作り、コンピュータ上に宇宙を再現し、コンピュータ上で様々な無茶を創造したというのだ。その結果がこの空間と言える。

 甘粕はその抗う姿を見せた救世主イェホーシュアと呼ばれた彼、清宮和聖を美しい、愛していると言い、再び歩き始める。

 清宮和聖イェホーシュアが勝つか甘粕正彦(第六天魔王)が勝つか、それはインド神話のマハーバーラタ(英雄譚)か、それともイギリスのアーサー王伝説(英雄譚)のような、そういう強大さと広大さを伴い、それを見上げる他者全てを圧倒するだろう。


「俺は彼らのその輝きを見続けるために、そして彼らが真に人間として人間たらしい生き方と死に方を謳歌できる楽園ぱらいぞを作りたい、いや作った。この楽園ぱらいぞでこそ、多くの人間は真に人間として生き死ぬことが出来る」

「確かに、働かないくせして知った風な口を利いて、そのくせ実際何も生み出さない、生み出せない奴らが嫌いだ。中には投資とかで金を稼いでいる者もいるだろう。そういうやつらはそれでも良いさ。曲がりなりにも経済を回しているのだから。

 だが、お前の云うそいつらが、これまで立ち上がらなかったのを立ち上がらせて、闘い競い合わせて――それは、お前の云う弱者を踏み躙る奴らとどう違うと云う?」

「勘違いするなよ――これまで立ち上がらなかったからこそ、立ち上がって戦うと云う当然のこと・・・・・を賛美しているのではない。

 己には発言の権利がある、権利を享受する権利がある、そう言った法と権利に守られ人糞を垂れ流す大多数が、権利に甘えるのではなく、義務と責任から目を逸らすのではなく、直視したうえで戦うからこそ意味がある」


 戦争を嫌っていると言った張本人が戦争を起こしている。差別を嫌っていると言った張本人が差別を認めている。いや、その差別に抗う姿こそが人間の本来・・あるべき姿・・・・・と断じて、その差別を、その埋まらない差を埋めるために自分から進化しようとする人間を美しい、愛しているとすら言っている。

 要するに、諦めることを認めていない。いつか追いつける日が来ると信じて、まるで病院で治りもしない肩凝りを和らげるためにマッサージと湿布剤を買い求めに来る老人達の様に、無意味な努力を続けろというのだ。それら権利の認められない場所で、永遠に、足掻き続けろと。


 故に、そもそも論点が違うのだと目で伝えてくる。


 自分の足で立つのは当然のことだ。それを喜ばれるのは幼子のうちのみで、大の大人がこれまで自分の足で立たなかったのを立ったからと言って褒め称えるのはそもそもおかしいと言っている。

 甘粕の言う輝きとは、そうして立って、覚悟と気概を持ち努力する姿にある。そして覚悟と気概を持たざるを得ない場所に放り込んだのだから間違いなく彼らは輝いてくれる、そう愚直に信じ込んでいる。


 だからそんな明確な問いかけをした清宮和聖に魔王は丁寧な例示と共にまた問題を提起する。


「たとえば、バブル崩壊を機に女性の社会進出が進んだ。これに着いてどう思う?」

「――――女性が公に、社会の先端に立って経済を回すことが認められた、その第一歩ではないのか」

「そうだな、概ねその考え方で間違いはなかろう。その結果として、女性を尊重しようと言う風潮が生まれ、やがて特権とも似た様な権利が保障されるにつれ、女性にしても男性にしても、人間性が腐り始めて来た。何故か分かるか?」


 問題提起をする以上、それは答えなければならない。あまり直視したくない問題であるが、その直視を避けて来たからこそ甘粕と言う男はそれを直視させる。須らく魔王とは、立ち向かう他者に対して誠実でなければならないという甘粕正彦の魔王感、ともすれば美学があり、甘粕正彦はそれに従って問題を投げかけた。

 それは今の時代女性蔑視だ性差別だと騒ぎたてられることは間違いない考え方であるが、詰まるところそういう権力者たちの遊びであること、それが高潔とすら囃された高貴な・・・遊び・・であること、それを清宮和聖本人の口から出させたいのだ。


 事実であるしあまり認めたくない考え方だが、要するにそういうことだ。

 教育の義務化、中高大学の低レベル化、女性に特権を与える権力者の快楽、障害者に手を差し伸べる左翼的団体フェミニストの遊び、企業の望む最高の解決案ソリューションと体制の利害の一致、民度の低下、究極的には教育を受ける・・・・・・機会を得た・・・・・ことによって・・・・・・生まれた不幸・・・・・・とすら呼べる。

 社会が、国際情勢が落ち着きを見せれば、そう言った類のいわゆる力の・・弱い人々に・・・・・手を・・差し伸べて・・・・・やる・・行為に快楽と自尊心プライドの充実を得るようになり、左巻きの思想に染まった者らは掌で良い様に遊ばれているとも気付かずに喜ぶ。


「――――――女性という、二昔も前には家の所有物とすら定義付けられていた存在に慈悲を施すこと、それを高潔だとしたからか……?」

「そうだ。そのくせ社会形態は旧態依然と『女性は社会や男が守るべき』であると言う認識は是正されず、歪んだ男女平等参画社会とやらは推移した。科せられる義務もなく、ただ権利だけが保障される。古くは男しかいなかった場所を今は女が支配している。

 あぁ、別にそれを批判したいわけではない。それもまた時流だ。権利が保障されればそれまで権利を保障されなかった人間が積極化するのは世の常であるしそれその物は忌避すべきではない」


 穢多や非人、奴隷や第三身分、部落や占領地の民、対立する宗教と宗教の民、それらがおおやけに権利を認められればそれらは大手を振って表社会に出てくる。それ自体は新たな市場を開拓し新たな需要を生み新たな雇用を生み、ゆくゆくは経済を回して行く。

 経済が回れば金が回る。金が回れば巡り巡って労働者に行きわたる。労働者はそれを糧に経済を回す。経済学とは極論すればこれをいかに効率化するか、そこに集中する。

 だから権利が保障され、社会に進出することそのものは忌避すべきではない。逆に喜ぶべきことだと、けれどその認められ方に歪みがあるのだ。

 権利を保障するなら名誉回復などの措置と共に働きやすい・・・・・社会構造・・・・が作られるのは当然であるし社会常識は旧世代のモノをいつまでも引きずるべきではなく、温故知新の故事成語が如く旧世代と新世代に相応しい社会常識とを複合し、形式上でも・・・・・平等であるべき・・・・・・・だった。

 それが為されなかったことそのものが、罪だと、そう甘粕は言いたいのだ。

 それが為されず、諦観の内に壊死を始め、溜まった膿が腐り始めて来たのが今の社会だ――それが先ほどの問いに対する甘粕の答えだった。


「ただ男女平等を謳う割に、レディーファーストという本来権力者が自分の生命を安堵するために行われてきた行為をさも高潔な行為とばかりにはやしたて、そのくせ少しでも自分に不利になれば、あるいは自分に納得のいかないことがあれば男女平等・・・・を叫ぶ。芸能人にレイプされたと、警察にも届け出ずに四十九日経ってマスコミに垂れ流すような軟弱者もいる。

 ……阿呆あほうよなぁ。阿呆よなぁ。皆等しく――阿呆よなぁ。男女平等を謳うならばそもレディーファーストと云う言葉は存在せぬし、レディーファーストとやらを徹底するならこの世から女子供は駆逐され尽くすだろう。それすらかいせぬ無知蒙昧が増えてきたとは思わんか? 男女平等・・・・を叫ぶから男同様の勤務時間を設定すれば騒ぎたて、ならば女性用の勤務時間を作れば男女平等ではないと騒ぎたてる阿呆どもが増えて来たとは思わんか?

 自分は女だからこの仕事はやりたくない、男ならばこの程度の責め苦は甘んじて受けるべき、自分は女だから男よりも少ない仕事量で多くを稼ぎたい、男ならば10時間と云わず42時間労働程度して然るべきだ、自分は女だから男よりも優先されて然るべきだ、男ならば体調の不良程度で仕事に穴をあけるな、自分は女だから産休も育児休暇も欲しい――そうして行けば自然、社会は腐敗する。己は何の義務も無しに権利を保障されていると無学文盲むがくもんもう然とした人間が生まれる」


 それが甘粕の云うところの、社会の腐敗。権力者の遊びで与えられた権利に胡坐をかき、発展せず進歩せず学習しない。義務と責任を忘れ、見当違いの愛護論や見当違いの論点がまかり通る。

 都政すらまともにこなせない知事が国権の最高権力を目指し、まるでそれが正しいことのように囃したてられる。悪党の逮捕に一役買ったスポーツ選手がそれが故に傷害の罪で逮捕される。事件とは無関係の一家を脅迫することがまるで正義であるかのように囃したてられ正当化される。

 そういう未来を見てきて、そしてその未来は現実のものとなった。

 たとえ労働者の待遇が改善されようと、たとえこれ以上の権力を欲する者たちに特権を与えようと、犬や猫に人間以上の権利・保障を敷いたとしても、左翼どもの云う通りに軍備を縮小したとしても、国民の云う通りに警察権をヤクザに渡そうとも、そもそもの社会形態が依然として明治や昭和から抜け出せていない。抜けだそうとさえしない。今が豊かならばそれでいいじゃないかと、そして厭世感が世界を包み込んだ。もはや我慢ならない。


 ならば進歩しなくていい。進化もしないでくれていい。都合よく自分の現実が壊れて、都合の良い展開と都合の良い人間関係ハーレムが訪れてほしいと夢想したって良い。




 その代り、試練をやろう。




 試練に抗い、立ち向かおうとする雄々しい姿を見せてくれるなら時代が逆行したって構わない。いっそ原始時代にまで返したって何も問題はない。なぜなら、それがお前たちの望むモノだからだ。

 そしてそういう物は、そういう理不尽の中でしか発揮されない。だから試練を課す。

 三行九法さんこうくほうに第四行という超常の技術を、手っ取り早い敵の代表格、世界の危機、お前たちはそういうシチュエーションが好きだろう? 魔王()も好きだ。オーソドックスで普遍的で、何世代経とうと色褪せることはない普通さを持っている。


 甘粕がそういう地獄を望んでいること、そして人が無意識のうちに思う破滅への願望、それが奇妙なほどの偶然で一致した瞬間だったのだ。そこから甘粕はこの空間を作るための段階に入り、現実世界の全てをここに再現した。

 お前たちが望んだものなのだから勿論、お前たちが破滅しても良いだろう? 甘粕はそれを至極正気で言い放ち、図星であるからこそ誰にも言い逃れを許さない。


 ――良いわけないだろうが。


「たとえば、国防費を増額することに対して『保育に金を回せ』『自衛隊は税金を喰らう害虫だ』『日本の国防はアメリカに任せれば良い』と云ったご婦人方の考え方が急速に広まっている。それは何故か? 彼女ら曰く『子供を守るため』だそうだ。なぁ、お前はどう思う?」

「――――お前の云うことも、分からなくはない。その子供の頭上を通過するかも・・・・・・しれない・・・・弾道弾ミサイルから子供を、国民を守るために軍備を整えなければならないのは少し考えればわかる話だ。お前はそれをして、国民性が腐っていると云いたいのだろう?」

「そう、己には生きる権利がある。己には他より優先される権利がある。己は法に、社会に護られている。故に己は誰に害されることもない。インターネット上での希薄な関係性の癖に、いや、だからこそ増長し、義務と責任を放り出し覚悟無く糞をかっ食らっている。

 本来は国会で取り沙汰される必要のない瑣末なことがまるで国策事業の様に国会で取り上げられ、子供が、親が、家族が――そう言ったお題目とお為ごかしの為に国庫は疲弊し尽くしている。

 男は腰ぬけだから女の柔軟な発想で国を発展させると、国家を運営まわした事のない都知事が大言壮語を垂れ流した。その結果はどうだった? 土壇場で東京五輪は中止される結果となったなぁ。そして男は『女は面倒くさい』と揶揄する。権利が保障され家畜同然の立場におごたかぶる女も至極面倒臭い生き物だが、男もまた至極面倒くさい生き物よなぁ。どちらも野心と自尊心プライドと権力欲の奴隷だ」


 要するに、何もかもが間違っていると云う。

 権利と権力を保障されるならば自分の全てを掛けて排斥する必要はないと云う打算家たちの心情、耳触りの良いお為ごかしの大好きなご婦人がたや自称正義の味方ども、差別に反対する癖に差別することの好きな女性と、それを見て馬鹿だと嘲り笑う他大多数。皆一様に、馬鹿だと罵っている。

 権利と権力に縋り、義務を果たさず責任を果たさず、ただ権利のみを享受したい。そう言った驕りを間違っていると糾弾し、義務と責任を果たさざるを得ない場所を欲し、作り上げ、こいつはノリで数百万人を虐殺して見せたのだ。

 自分も人であるなら相手は誰か? 自分が権利を行使できるのであれば相手は権利を行使できないのか? 覚悟を持てと云っている。気概を持てと云っている。

 我も人なら彼も人。我も人なら彼女も人。我も人なら神や仏すら人だ。ならば目の前に立つ人間には敬意を持ち、自分だけは安全圏に居ると云う驕りをなくし目の前には他者・・がいると云うことを忘れるなと説いている。


 たとえば、税金だってそうだ。税金を減らして福祉を充実させるだと? 何を道理の通らないことを言っているのか。

 たとえ云う通りに消費税を3%まで落としたとして、団塊ジュニアや第二次ベビーブームで生まれた彼らをどうやって支えていく? 若者が多く死んでいく中、いまだに年寄りは元気にゲートボールに興じているではないか。それをどうやって支えていくつもりだ?

 税率を上げて福祉を充実させるならまだしも、福祉を充実させるために税率を下げるだなどとんでもない。お前たちは何を言っている?

 金がかかるのには金がかかるなりの理由がある。金がないには金がないなりの理由がある。国が福祉を充実させるために金が必要なら、福祉の充実を求めるお前たちが率先して払うべきだろう?


 それが分からない者が増えてきた。


 一強政治を覆すとだけ答えて、先の展望を述べないまま有耶無耶のうちに国権の最高権力にまで上り詰めた元都知事がいた。結果的に、北朝鮮と某国の始めた戦争で北朝鮮の主張と自衛隊の主張、両方に揺り動かされて何もできないままに国土を犯されるところまで接近を許した。

 最初から妥協案の提示だってされていると云うのにそれを突っぱねて無駄に会期を延長した揚句に妥協案に落ち着いたことだってあった。五輪開催費用の捻出に失敗して結果的に選手の宿泊施設だけ作って会場が出来上がらずに東京五輪は中止となった。

 所詮、一時の人気などその程度の物だと、何度も経験してきた道だと云うのに分からない博打打ばくちうちどもがいる。何度同じ轍を踏むつもりか。


 故に、阿呆だ――。


「一纏めに、阿呆よ。脳味噌に蛆虫うじむしを飼っているのではないかな?

 仮想世界の匿名掲示板上での発言に一体どれほどの価値がある? 無思慮に他者を貶し、悦に入っている。名前を秘して発言されるそれに一体どれほどの力が宿るというのか。

 別に他者を扱き下ろすなと言っているわけではない。だが他人を貶すのなら最大限相手への敬意を払いその目を見つめて罵倒する覚悟を持たなければならん。

 お前と俺のこの状況と同じで、目の前には自分とは異なる思考回路、自分とは異なる目的、自分とは異なる立場の他者がいることを忘れてはならんのだ。我も人であり彼ないし彼女も人であるならその人物と直接向き合い言葉を交わす。殴られるかもしれんし師弟関係であるなら絶縁されるかもしれん。それすら肝に銘じ覚悟して相対する、それが礼儀だ」


 こいつは礼儀とか礼節の話が大好きで、敬意や尊敬を持ちそれでも為したいことがあるのなら目と目を合わせる覚悟を持てと云う。その覚悟のない者がインターネット上で好き勝手のたまい、他者を平気で愚弄せしめる。

 だがそれでも俺はそんなお前らが大好きだ。愛している。だからそうせざるを得ない境遇になりさえすれば、お前たちはきっと覚悟と礼儀と敬意を取り戻してくれる。そう信じている。

 儒教じゅきょう的で性悪説的で朱子学的で、こいつは何処までも人格者であり続けながらボタンを一つ掛け間違えている。

 何処までも平等であり対等であるのなら必要でさえあれば男でも女でも殴るし、必要であれば男でも女でも叱咤激励しったげきれいする。必要であれば殴り合いだってしよう。そうでなければ分かりあえないならそうしよう――こいつの自論のままで行くなら、こいつは愛しているからこそ殴り、愛しているからこそ座っていつまでも立ち上がろうとしない人間の尻を蹴りあげるのだ。

 極端で、それは一切の挫折を認めない。いっそ、挫折していられる元気があるならもうひと頑張りして見せろとさえいう。至極極論だが、至極真っ当なことしか言わない。それがこいつの人間性であり、そうでなければこんなところにまで至れはしないのだから。

 故に甘粕正彦と云う魔王は、清宮和聖と云う勇者に敬意と愛情を以て相対しているのだ。


「我も人で、彼も人で、彼女も人である――であるならその関係は常に対等でなくてはならん。

 たとえ顔が四つあろうと十あろうと百あろうと、腕が四本あろうが十本あろうが二十四本あろうが四十二本あろうが、人型を保ち礼儀と思想を以て相対する相手(他者)には敬意と礼儀と覚悟を持ち対等に接しなくてはならん。たとえそれが仏道における天部の者であろうと、な。

 廓然大公かくぜんたいこうと学び続け戦い続けることが人の本懐であり本性ほんせいであろうと云うのにそれを放棄するなら、尻を蹴りあげ顔が真っ赤にはれるまで叩き続けよう。別に殴ることが好きなわけではない。愛し見込んでいるからこそ殴るのだ」




 話すべきことは終わったとばかりに無言のまま、お互いに目を見つめ合いながらその距離をどんどん縮めていく。

 目先数十mにはこの状況を作り出した馬鹿(元凶)が待ち受けている。双方とも一体どれほどの相対速度で移動しているのか、当初は百メートルあった距離はたったの数瞬で交わっていく。





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