帰路にて
心地よい振動で体を揺さぶられる。
窓を開けるとさぞ心地いい風が入ってくるのだろうがもれなく目の前が真っ白になる程の砂塵のおまけ付き。
せっかく生き残ったのにそんなことでクラッシュからのドカンは笑えない冗談だ。
はぁとため息をつき背もたれに身を委ねる。
正面に見えるモニターにマップを表示先ほど撃破したポイントにタグをつける。
これで1200ゼル。
2週間程は余裕を持って暮らせるだろう。
窓越しに空を見る。
砂ぼこりで霞んだ強化ガラスを通してもなお空にある輝きの瞬きは曇らなかった。
遮られることなく地上にまで届いている光。
それはまるで夢の世界にいるような不思議な感じがしてきて、
「グゴッゴゴゴッ!・・・んんっ!そんなにせぇがまれてもいっぺんに6人は相手できないぜぇハニー?・・・うへへ・・・ぐぅ・・・」
目覚ましはこれ以上に無い程最低最悪な内容だった。
「お前まだ童貞じゃん・・・」
せめてもの情けに哀れな男の世迷言をかき消すようラジオのボリュームを上げる。
『さぁ真夜中の音楽会最後の曲はこちら―――』
スピーカーから音割れしたクラシックの合奏協奏曲。
隣のウスノロが身をよじらせ毛布を頭にかぶる。
気にするものか。
モービルの駆動音と軋んだ演奏だけが場に満ちる。
私はこのラジオから流れる音が好きだ。
確かに完成しているはずなのに歪んでしまっている。
演奏している彼ら自身は気づくことが出来ない。
(まるで私みたいだ)
遠くの景色に目をやる。
もう空も白んできた。
【アイギスサマカンショウニヒタッテイラッシャルノデヤガリマスカ?】
ポンッというSEと共に液晶に文字が表示される。
「まぁ・・・ちょっとね」
苦笑いを浮かべる。
【ナンダカタイヘンソウデヤガリマスネ】
「色々あるんだよヒトにはさ」
【オツカレノヨウデスシウンテンヲカワリヤガリマショウカ?】
「クレ君はそこのぼんくらなんかよりよっぽど気配りさんだね、うんお願いする」
【ワタシノナマエハ≪クレイジージャーニー≫トオヨビヤガレクダサイソレデハイイユメヲ】
「うんおやすみクレイジージャーニー」
ポンッ
ウィンドウが閉じる。
モニターに【ソウジュウケンヲAIナビニイジョウ】の文字。
両手のコネクタを操縦桿から外し席を立つ。
あまりに人間臭い「彼」は自称クレイジージャーニー。
モービルに付属しているナビゲーター役のAIである。
そのはずなのだがさっき見た様に彼は我を持っている。
そのため不良品として廃棄されゴミ処理場に運ばれるところをあの甲斐性なしに拾われこのモービルにやってきた。
そういった意味では私と彼は似た境遇なのだろう。
車体後方部にある自室のハンモックに身を投げる。
私アイギス・ファルには記憶がない。
正確に言えば1年前より先の記憶が欠落している。
名前は武器商のエロ親父が付けてくれた。
最後に思い出せるのは1年前ガラクタ山で雨の中傷だらけののろまに抱きかかえられていたことだけ
私も彼もボロボロだった。
その時の彼の表情は未だに思い出せない。
そのことがコールタールのようにネットリと私を蝕む。
私は本当は何者なのだろうか。
それがわかるまでは私はまだ私じゃない。
目をつむりハンモックに身を委ねる。
人類の叡智ことドルトスタイン博士曰くモービルは人類1億万人の夢を乗せた鋼のゆりかごであるらしい
ゆりかごに揺られ少女は夢を見る。
駆動音は子守歌。
夢に見るのはいつも同じ景色。
ガラクタ山、雨、雷鳴、血だらけの体。
暖かい両腕そして
男
その男アオギリの表情は・・・
少女の涙をただ髑髏だけが見ていた。
朝焼けに燃える荒野をモービルはひた走る。
続きました、続きはわかりません。