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再会の続き 3

 壁側に三人分用意されたうちの真ん中の席におれが座り、右側に葵がどっかりと腰掛けた。泉は何か手伝おうとしていたが、「大丈夫、もう終わるから」と常盤くんに断られたため空いている左側にすっと腰を下ろす。


 テーブルにはどんどんと料理が運ばれてきていた。トマトやスライスされたゆで卵がのったニース風サラダ、鰯のマリネ、冷製ラタトゥイユ、できたて熱々のローストビーフ、豚肉の赤ワイン煮込み、それと山盛りのバゲット。

 料理を運び終えた唯さんがキャップを取りながら席に着く。


「最後には焼きたてのアップルパイもあるからねー。その上に濃厚なバニラアイスものっけちゃうよ?」


「カロリー高すぎぃ」


「そう? じゃあ、葵の分はなしで。陽平くんにあげよっか」


「……誰もいらないなんて言ってないし」


 一人まだ立っている常盤くんは、みんなのグラスに水を注いで回っていた。


「しかしヨウヘイ、その年でもてる男っぷりがなかなか様になってるね。うんうん、これが両手に花ってやつかな」


 全員分を入れ終えて、おれたち三人の顔を交互に見比べながら常盤くんがおどけながらからかってくる。


「バッカじゃないの」


「お母さん、この人ほんとはおっさんでしょ」


 やいやい言っている葵と泉に挟まれて、常盤くんとはまったく別のイメージをおれは頭に思い浮かべていた。ヤジロベエだ。決して左右どちらにも振れすぎることなく、常にバランスをとりながら揺れていなければならないそのコミカルな姿はまさに今のおれそのものじゃないか。

 ようやく座ろうとした常盤くんを唯さんが呼び止めた。


「ねえ宗助、安いのでいいからスパークリングワイン持ってきてよ」


「ドンペリニョンでもいっとくかい?」


「いや、ないし。そんな高いのうちに置いても出ないし」


 冷蔵庫くらいの大きさのワインセラーから少し太めの瓶を一本抜き出し、移動用ワゴンの上で開けていく彼の手並みは惚れ惚れするほど鮮やかだった。

 ワイン用のものとは異なる細長いグラスへと静かに注がれていく液体は、無数の小さい泡を瞬く間に浮かび上がらせる。


「大人だけずるい。わたしも飲んでみたいんだけど、ねえ陽平」


 葵よ、答えに困るようなことを聞くな。

 左の泉も興味津々といった様子で一部始終を見つめていた。

 しかし唯さんは笑いながら首を横に振る。


「だーめ。でも、大人になったらみんなで一緒に飲もうね」


 始まりからは想像もつかないほど穏やかな時間は、唯さんが口にした未来がそう遠くないような気にさせてくれた。それだけでも久々に〈オルタンシア〉へ来た甲斐があったってものだ。

 ようやく人心地ついたところで、右横に座る葵に詰問すべきことを思い出した。


「ところで葵」


「なによ」


 一番乗りでバゲットに手を伸ばしていた彼女は怪訝そうな顔つきでおれを見た。


「今日、何でいきなりビンタだったのか、理由を求めたい」


 ビンタってなになに、と食いつく唯さんたちギャラリーにおれはさらっと例の場面の説明をすませる。

 返ってきたのは三者三様の反応で、常盤くんは声をあげて笑い、唯さんは「あらあら」とおれと葵の顔を見比べ、泉に至っては無反応に近い。

 だが当の葵はきょとんとしていた。あどけないといってもいいような表情だ。


「ビンタって、わたしが? 陽平に?」


 これが演技ならアカデミー主演女優賞ものだろう。

 あまりに自然すぎて、むしろおれが記憶違いをしていたんじゃないかとさえ思ってしまう。いや騙されるな、それこそが葵の手だ。


「おいおいセニョリータ、おとぼけはなしだぜ。おれの頬はあの痛みをまだ鮮明に覚えているんだからな」


「そうだっけ。ああ、うん、そうかも。陽平へのビンタなんていちいちカウントしてないからさ、全然ピンとこなかった。どうせこの先もよくあることだろうし」


「おまえ……少しはおれへの思いやりってものを持て」


「思いやりねえ。たぶんそのビンタに凝縮されていたんじゃない?」


 ふふんと笑った葵を見て、なぜだかおれはほっとした。幼なじみの少女から貶されている方が安心するだなんて何と不憫な思春期だろうか。

 そしてもう一人の幼なじみもいつの間にか臨戦態勢に入っていた。


「葵ちゃんだけってのはちょっとずるいんじゃないかな。陽ちゃん、ここは公平にわたしにも平手打ちさせて」


 鋭くスナップを利かせて泉がビンタの素振りをしている。汝、右の頬をぶたれたら左の頬を差しだせってか。んなバカな。


 これはまずい、と助けを求めるように周囲へと視線をさまよわせた。

 なのにようやく席に着いた常盤くんときたら。


「いやー、ヨウヘイのモテっぷりが羨ましい。いいねー、青いねー」


「だったら代わってくれますかねえ! 泉からの一撃を食らう、その数秒間だけでいいんで」


「ノーセンキュウ」


 脊髄反射のようなその返答は予想通りのものだった。

 最後の砦とばかりに、おれはすがるように唯さんを見る。


「ふふ。母親としては……コメントを差し控えておくわね」


 意味ありげに含み笑いをしつつ、唯さんはスパークリングワインの注がれたグラスを手にとり、そっと口をつけた。

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