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永遠のはじまり

 イザベルが連れていかれた先は見当がついていたから、追いつくのはさほど難しくはなかった。犯罪者や政治犯を収容する専用の施設を備えている都市部ではなかったからね、魔女の嫌疑がかけられた人間を閉じこめておける場所なんて城の地下にある牢獄くらいしかないのさ。


 城内の最奥へ向かおうとしている、剣を携えた物々しい一団の背中が見えてきたときすでにボクはもう平常心を失っていた。このまま裁判になったところでイザベルが処刑されるのはわかりきっているし、その前に罪を告白させるための尋問でひどい目に遭わされてしまうだろう。


 ならどうしたかって? ナイフを手にして叫び声をあげながら兵士たちに突っ込んでいったのさ。どこから見ても狂人と紙一重、ただの自殺行為だ。ま、陶酔のうちに死ねるのであればそれはそれで構わなかったんじゃないかな。まるで他人事のようだけど。


 もちろん、ご覧の通り小柄なボクは屈強な兵士たちによってあっけなく引きずり倒されてしまったわけだ。だけど地面に這いつくばってもなお意思が挫けていなかったのだけは褒めてやってもいいかもしれないね。


 とにかく何としてもイザベルだけは逃がしてあげたかった。世界の果てからやってきたボクなんかを、頭のいかれた父親からずっと守ってくれていた彼女だけは。


 とはいえ気持ちだけでは現実は何も変えられない。手に負えないほど暴れ続けたせいでまず足の腱を切られた。草鞋に似ているからってだけでいつもサンダルを履いていたのが仇になったね。激痛にのたうちながらそれでも芋虫のような動きで手近な兵士へ噛みつこうとしたボクを見て、遠巻きに見守っていた人たちが「こいつも魔女の仲間だ」と言いだしはじめたんだよ。


 違う、違う。やめて、やめて。イザベルがずっと絶叫していたな。その声が耳障りだったんだろう、兵士の一人に思いきり顔を張られて彼女は地面に倒れてしまった。それを目にしてますますボクの狂乱ぶりが度合いを深めていく。体をよじらせて眼前の相手に飛びかかり、そいつの指を噛みちぎってやったのさ。


 事態はもう収拾不可能なところまで来ていた。向こうもそう判断したらしく、避ける間もなく何本もの剣がボクの体へと突き立てられていったよ。串刺しにされた芋虫、みたいな絵面を想像してくれればいいかな。ドラキュラのモデルとなったヴラド三世がいた時代から約百年後、ちょっと出遅れ感があるよね。


 当然、虫の息さ。芋虫だけに。どんどん血は流れていくし、それに伴って目も霞んでいく。でもこうなるのは初めからわかっていたからようやく気持ちが落ち着いてきたんだ。力及ばずイザベルを助けられなかったことには悔いが残るけど、それでも納得のいく死に方はどうにかできそうだな、そんなことをぼんやりと頭の片隅で思い浮かべていたよ。

 だけど彼女はボクが一人先に逝ってしまうのを許してくれなかった。


 たった一言、「死なないで」と獣じみた声でイザベルが吠えたかと思えばあら不思議、ボクの視界がみるみるクリアになっていく。どこを刺されたのかもわからないくらい全身を貫いていた激しい痛みはまるで嘘みたいに綺麗さっぱり消えてしまった。一瞬にしてすっかりボクの体は治癒していたのさ。むしろより健康になっていたのかもね。


 お望み通り、取り巻いているやつらは恐れてやまない魔女の力を目の当たりにできたわけだ。悪魔の所業って言うべきかな? 立ち上がってボクが生きているのを確認したイザベルは、タガが外れたようにけたたましく笑いだしたのさ。その姿はまさしく魔女にふさわしい。


 今度は兵士たちが半狂乱になる番だった。何度も何度も入れ替わり立ち替わりボクを刺し、そのたびにこっちの肉体は何事もなかったかのように復元していくんだ。いや、そりゃ痛みはあるから勘弁してほしかったけどね。


 どれだけやったところで結果は同じさ。笑い続けているイザベルを見上げたボクの目も、きっと兵士たちや周りの人間たちと同じく怯えで彩られていたに違いない。


 いくらボクを殺そうとしたって無駄なのだとようやく気づいたのか、兵士たちの剣先がくるりと向きを変えた。標的がイザベルになったんだ。


 さて、どうするか。身を挺して守るに決まっている。このときはまだ、彼女の常軌を逸した振る舞いにおののきつつも、何の取り柄もなかったただの小僧が守ってあげられるだけの力を得たことに勇み立つところもあったんだよ。


 低く鋭く飛びだしたボクはイザベルの前に立ち、彼女を庇う形となった。万に一つだって可能性などないだろうけれど、行けるところまでこのまま逃げてやる、そう意気込んでいたのさ。


 なのにイザベルが不意に後ろからボクの体を抱き締めてきた。たぶん、ありったけの力を込めて。


「ずっと生きてね。そして永遠に私のことを忘れないで」


 耳元でそう囁かれた次の瞬間、体が燃えるように熱くなったんだ。

 燃えるように、てのは比喩じゃなかったよ。実際にボクの体は炎に包まれていた。ボクだけじゃない、振り返ってみればイザベルもそうだった。兵士たちも、他の連中も、城も空も、すべてが赤く燃えていた。


 いったいどれほどの怒りと憎しみが彼女の中に積もっていたんだろうね。何もかもを焼き尽くそうとする炎が、ボクの目にはイザベルそのものにしか見えなかった。


 気がついたときには、見渡すかぎり判別不可能な黒焦げとなった塊ばかり。当時のボクからすれば壮麗といっていい建物だった城も無残に燃え落ちていた。


 もう誰もいなかった。まったく見分けがつかないんだ、イザベルの遺体だってどれなのかわかりゃしないよ。焼け跡でただ一人、ひたすら呆然としつづけるしかなかったさ。


 愛みたいな呪いなのか、あるいは呪いのような愛なのか。残されたボクは永遠に死ねない身体となっていまだ現世を彷徨っているわけだ。いろいろな手段でどうにか死のうと試してはみたものの、結局どれも時間の無駄でしかなかったな。


 かなり後になってようやくわかったことなんだけど、あの錬金術師が生みだしたのは哀れなイザベルと不死身になった極東の坊やだけじゃない。おそらく天才の範疇であった彼はさ、ひとつの異様な病をこの世に送りだしてしまったんだ。


 要は脳の病気なんだよ。巷で超能力だとか言われている現象もその中に含まれるだろうね。とても強い願いに脳が反応し、理不尽なまでの力で周囲を巻きこみ摂理をねじ曲げてしまう。それを解明した知人のドイツ人研究者は「脳が燃える」と表現していたっけな。


 こういうの、神話や伝承でよく見聞きしているよね。そう、まるで神の力みたいじゃないか。人間では制御できない結果をもたらしてしまうあたり特にね。


 ようやく炎に焼かれた城を後にしたボクは、運命的なものなのかイザベル同様の力を持った人たちとこの先何度も出会っていくことになる。密かに〈かみさま病〉と名付けた、人知を超えた病に侵された人たちと。

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