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花南とまどか

 五月三日、今日から五連休というそれなりに長い休みが始まる。だが寮生とはいえ高等部ともなればゴールデンウィークくらいでは帰省しない者も多い。

 皆一様にその理由を「面倒くさい」からだという。最初は誰もがホームシックにかかっていただろうに、寮暮らしに慣れてしまえば現金なものだ。

 そしておれの今回の帰省は最高に面倒くさい。


「本当についてくるんですか?」


 姫ヶ瀬駅に着いてなお、おれは宮沢先輩の意向をまだ確認していた。

 いったいこれが何度目のファイナルアンサーだろうか。


「くどい男だなおまえも。行くよ、行くに決まってんだろ」


「先輩たちがキャンセルすれば席に二つ空きがでて、喜ぶ人だってきっといると思うんですがねえ。もしかしたら乗車率百パーセントを超える中、立ちっ放しのお年寄りとか妊婦さんとかがいるかもしれないのに」


「すいません、兄はいったん言いだしたら聞く耳持たないものですから」


 宮沢先輩に代わって謝ったのは大人用のボストンバッグを持った妹のまどかだ。可愛いより綺麗と形容したくなるその容姿は普通に見れば高校生、譲歩して中学三年生ってところだろう。間違ってもこの前まで小学生だと言われて信じるやつはいない。

 そんな彼女へ慌てておれは「冗談だってば」と弁解するが、時すでに遅し。


「おまえ、何まどかに頭下げさせてんだコラ」


「今のはまどかの気遣いじゃないですか」


 凄んでくる宮沢先輩に「下げさせたのはあんただ」とはさすがに言えない。

 しかし今の返しもどうやら間違っていたらしい。


「何勝手にまどかって呼び捨てにしてるんだコラ」


 ああもう注文のうるさい人だ。あんたの妹だからこそ名字で呼びにくいってのに、妹が絡むとどうしてこんなに柄が悪くなるのか。くたばれシスコン野郎。

 はああ、とあきれはてたようなため息をまどかがついた。


「お兄ちゃん。自分がどれだけわがままで横暴なことを口にしているか、ちゃんと理解できてる? 頭は生きているうちに使わなきゃだめだよ? だいたいあたしたちが無理言って志水先輩についてきている立場なんだから、あまりみっともない真似しないでよね」


「う、すまん」


 ふふん、いい気味だ。というか兄に対しては容赦ないなまどか。

 常日頃は寮長として辣腕を振るう宮沢先輩が、四つも下の妹に正論で叱られてしゅんとなっている様は、そのシスコンぶりをおれ程度だと甘くみている寮生にとってはきっと想像もつかないに違いない。


 さすがにゴールデン・ウィークとあって、駅構内は地方都市とは思えぬほどの人出だった。まるでテレビでしか見たことのない、都会のラッシュアワーさながらだ。とりあえずいつまでも混雑の中でぐだぐだやっていても仕方ないだろう。


「花南の乗った列車もそろそろ着くはずです。改札のところまでちょっくら迎えに行ってきますんで、二人はそこで待っててもらっていいですか」


 おれが指差したのは、姫ヶ瀬駅における待ち合わせ定番スポットである、存在感たっぷりな大きなアンティーク調の置時計だ。


「おう」


「了解です」


 それぞれに頷いてくれた宮沢兄妹を残し、おれは人混みを縫うようにして改札へと歩きだした。

 別に宮沢兄妹が実家までついてくるのを本気で嫌がっているわけではなかった。ただ二人と会わせた花南がどう反応するのか、そして花南に対して二人がどう反応するのかが気がかりなだけだ。花南にお伺いをたてたメールの返信では「喜んで!」と快諾だったが、心配性なおれの中のかすかな不安は拭えない。

 それでも強く拒絶しようと考えなかったのは、宮沢先輩に対する感謝の気持ちともうひとつ、彼が非常に気になることを昨晩口にしていたためである。


「どうやらまどかのやつ、妹ちゃんのことを知っているみたいだったぞ。いや、ニュースを通してとかじゃなく実際に」


 花南とまどかにこれまで何かしらの接点があったとは思えないが、だからといって勝手に勘違いだと片付けるわけにもいかないだろう。どうせあのシスコン寮長が妹を蔑ろにする行為を許してくれるはずもない。それにだ、もしもまどかが花南の友達になってくれたなら、と願ってしまう気持ちも少なからずある。


 ぼんやりとそんな考えごとをしながらも俯瞰しているようなおれの視界に、ぶんぶんと力いっぱい振られている手が飛びこんできた。

 反射的に歩を速め改札口へと急ぐ。そこにいたのはやはり花南だった。

 デイパックを背負った彼女は心なしかいつもより機嫌がよさそうで、足取りも軽くいったん改札を出ておれのところへと駆け寄ってきた。花南の頭に軽く手を置き、「よう」とだけ口にしてぐりぐりと撫でてやる。


 目を細めてされるがままの妹だが、いつまでもそうやっているわけにはいかない。すぐに手を引いてもう一組の兄妹が待っている時計のたもとへと向かう。

 花南を連れていった瞬間からまどかのテンションは一気に上がった。


「うわあ、うわあ!」


 大人びたイメージとはまったく正反対なほどにはしゃぎながら拳を握りしめているその姿が、なぜだかユタの野郎とオーバーラップしてしまった。


「やばいです! すっごく可愛いです! とてもじゃないですけど同じ血を分けた志水先輩の妹とは思えません!」


 さりげなくおれを貶めるのはやめてほしい。この子、兄だけじゃなく親しくなった相手に対しては毒舌家なのかよ。

 しかしまどかの言葉を借りるまでもなく、確かに花南は可愛い。それはシスコンゆえの贔屓目とかでは断じてなく。

 緩みそうになる頬を引き締めつつ、まどかに向けて軽く「んんっ」と咳払いをした。


「とりあえずお互いを紹介させてもらうぞ」


 言ってから大事なことが抜け落ちているのに気づく。


「あー、そういや初対面じゃないんだっけ?」


 交互に妹たちを見遣ると、二人とも変わらず笑顔を浮かべたままだったが、まどかの表情にはどこか違和感を覚えた。だけどその正体にはたどり着けない。

 にこにことしながら少しテンションを抑えてまどかが言った。


「はい。詳しくはまたお話ししますが、一度だけ。もっとも互いの名前さえそのときは知らなかったんですけど」


 そうして彼女は花南へと向き直って相対する。


「ね。あたしのこと、覚えてる?」


 まどかからの問いかけに、首をわずかに縦へ振っただけの花南がおれの着ている薄手のパーカーの裾をそっとつかんできた。

 それを見たまどかは不安そうに表情を陰らせつつ、ほんの少しだけ前へと進み出た。


「何も話してくれないってことは怒っているのかな、やっぱり」


 いったいどういうことなのか、過去に花南と何かあったのか。おれが質問を発しようとするより早く宮沢先輩が落ち着いた声音で妹へと語りかけた。


「まどか、花南ちゃんと仲よくしたいのなら焦らないで今からでも少しずつお互いを知っていこう。物事には順序ってものがある」


 普通なら建前とでもいうべき一般論なのだろうが、おれにはまるで異なるニュアンスで聞こえた。


「ひょっとして先輩、知っているんですか」


 こちらへと視線を移した宮沢先輩が頷く。


「なら他のみんなも……」


「安心しろ。知っているのはおれと一部の先生方だけだ。おまえを寮に誘いたいと申し出た際、事情を聞かされてな。他言はしていないぜ」


 簡潔に話すときの彼は決して嘘をつかない。


「すみません。本来なら昨日の夜にでもおれから切りださなければならなかったんですが」


「何言ってる。おまえが気にすることなんてねえよ」


 軽く肩を竦めた宮沢先輩へおれは頭を下げた。この人はいつだって大事なときに周囲の人たちの背中を支えてくれる。みんなもそれを知っているからこそ、彼は寮長たりえているのだ。

 だけど妹にはそういった男同士の機微が伝わらない。


「お兄ちゃんに志水先輩、二人だけでわかったようなことばかり。いったい何なの」


 すっかり置いてきぼりを食らっているまどかは苛立ち気味にタンタン、と足を踏み鳴らして噛みついてくる。

 宮沢先輩はおれに視線で促してきた。

 意を決して口を開く。余計な前置きはもう必要ないだろう。


「まどか。この子、花南は少し事情があってしゃべることができなくなってるんだ。その事情ってやつについてはまたちゃんと話す」


 彼女の反応が花南を傷つけやしないだろうか、そんな心配をよそにまどかは黙ったまま目を逸らさずに聞いていた。

 おれが返事を待っていると「志水先輩に質問」と小さく手を上げた。


「それってもしかして、誘拐事件のせいでですか」


 瞬間、おれの服の裾がぎゅっと強く引かれる。

 誘拐事件という単語に鋭く反応した花南の手を優しく握り、静かに息を吐きだしてから「そうだよ」と短く答えた。

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