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雨に願えば

 雨は静かに、だけど激しく降り続いている。

 どちらかといえば雨を嫌う人の方が世の中には多いのだろう。それはたぶん雨の温かさを知らないからだ、とわたしは思う。さすがに真冬の冷たすぎる雨は凍えてしまうから好きにはなれないけれど。

 着ている服が肌に貼りついてしまうほどずぶ濡れになり、自分自身が溶かされていくような錯覚を起こすくらい雨の中で立ち尽くしたならきっとわかる。雨は味方だ。


 傘はいらない、靴もいらない。服だって本当は必要ない。車も電車も、花壇もプールも学校も、友達も、家族も、見慣れた風景や大切だったはずのものをどこかに置いていってしまって、ただ雨の中で一緒に踊ってくれる好きな人だけいればそれでいい、なんてほんのわずかでも考えてしまうわたしはもうどうしようもなく愚かで滑稽で、でも結局こういう生き物だったのだと思い知らされてしまう。

 自らの心臓に突き刺さる寸前の尖った杭のような愛。


 望むべきではなかった。願うべきではなかった。ただひたすらに心を殺して誰の手も届かぬほど遠くへ行くべきだったのに。


「強すぎる願い事はいつかその人自身を焼いてしまうのよ」


 折に触れてお母さんの言っていたことは正しかったのだ。

 あれは単なる一般論なんかじゃなく、わたしに向けられた戒めと愛情の言葉だったのだと気づけずにここまで来てしまった。ごめんなさい、本当にごめんなさい。


 きっともう、わたしは長くない。

 いろいろなことがぼんやりとしか思い出せなくなってきている。あれだけ好きだった人の顔も、声も、仕草も、温もりも、みんなはるか彼方へと霞んでいってしまう。


 だから最後にもう一度、彼に会えることができるのならば。

 その記憶を生まれたばかりの子猫のように両手でそっと大事に包みこんで、降り止む雨とともに消え去りたい。


 膝を抱えて顔を埋め、ずぶ濡れになりながら身じろぎもせず、わたしはずっと彼がやってくるのを待ち続けている。

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