第1話 こんなのってあり!?
「ヘイ、ブラザー!どうした、元気ないな?」
「はあ・・・そりゃあ元気もなくなるよ・・・」
俺・立花守は今見たこともない場所を、なぜかこの男と一緒に街に向かって歩いている。
どうやら本当に異世界にきてしまったみたいだけど、未だに実感はないんだよね・・・
とりあえず街道をテクテク歩いているが、本当にこの方向で合っているのかもわからない。
この一緒に付いて来ている男が間違い無いと言うのだし、その言葉以外頼れるものが何も無いのだから信じるしかない。
「はあ・・・とりあえず前向きに考えるしかないか」
前向きにと言いつつ、ため息しか出てこない。
確か数時間前までは学校帰りで、これから部屋で冒険が待っていたはずなのに・・・
いや、確かに今は現実で冒険しているようなもんだけど・・・
確かにアニメやゲームにあこがれた事はあったさ。
でも、違うんだ!
俺が望んでいたのは、こんなんじゃないんだ!
・・・
・・・どうしてこうなった!?
◇◇◇◇
半日ほど前に遡る。
確か俺は学校帰りに、数少ない友人の一人と一緒に新作のゲームを買いに行ったはずだ。
お互いどっちが先に進ませられるか勝負だ、なんてくだらない事を言いながら別れた。
ゲームはかなり人気のあるシリーズ物のRPGで、発売延期、延期、延期と、ユーザーを焦らしに焦らしてようやく発売されたのだ。
だから買ったばかりの俺の気分はウキウキだし、これだけ待たされたんだから早く帰ってプレイしたい!
そう考えている俺は、急ぎ足で家路につく。
自宅に近づいてきた時、近所に住む同級生の女子と出くわした。
今は別の高校に通っていて疎遠になっているが、中学まではお互い軽口を叩き合う程度の関係ではあった。
俺から見ても可愛いとは思うのだが、いかんせん俺にはゲームの方が大事なのだ。
だから俺は声をかけずにさっさと帰ろうと思っていたのだが・・・
「守!久しぶりじゃない」
と声をかけられてしまった。
「ああ、うん・・・久しぶり。それじゃあ」
それだけで済ませようとした俺の考えは甘かった。
「ちょっと、何その態度!久しぶりに会ったというのに、そっけないじゃない」
「気に障ったなら謝るよ。俺は急いでるんだよ」
彼女は俺の腕を取り引きとめようとしているが、俺はそれ所ではないのだ。
早く家に帰りたい気持ちで一杯だった。
「急いでるって・・・どうせ守の事だから、新作のゲームを買ったから早くやりたいとかそんな理由でしょ?」
「・・・悪いかよ」
俺はゲームをやる事の何が悪いのかと、ちょっとムッとしてしまった。
「悪いわよ!・・・とまでは言わないけど、偶には友達と外で遊んだら?」
「いいんだよ。ゲームの方が楽しいし、それに・・俺はゲーム仲間しかいないし・・」
最後の方はぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの声で言ったのだが、どうやら聞こえてしまったらしい。
「いないんじゃなくて、作ろうとしないの間違いでしょ?・・・な、なんだったら、今から私と遊びに・・行かない・・?」
思いもよらず、彼女から遊びの誘いを受けた。
なぜかそっぽを向きながら、少しだけ赤くなったように見えたのは俺の気のせいだろう。
しかし・・・
「え?ごめん、嫌だ」
「ちょ!!なんでよ!」
何度も言うが、俺は今それどころではないのだ!
待ちに待ったゲームを早くやりたい、それ一心なのだ!
「今は新作ゲームを早くやりたいから」
「---!!もう!あんたはゲームと結婚すればいいんだ!」
さすがの俺でもそれは無理があるっしょ。
「いやいや、ゲームと結婚なんて出来るわけないじゃん」
「ふん、もう知らない!あんたなんて豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえ!」
いや、どうやったら豆腐の角に頭ぶつけて死ねるんだ?
と、皮肉だとわかっていながらも心の中で突っ込んでいるうちに、彼女は立ち去り姿が見えなくなっていた。
こんな事で時間を使っている場合ではないと思い出し、急いで帰ろうと走り出して2,3歩進んだ瞬間。
踵がズルッと滑った・・・
・・・バナナの皮?
そんな古典的な!
と思いつつも、滑った足が前に突き出し、その勢いで思いっきり後ろにひっくり返る。
その間はスローモーションに見えている。
あれか?
よく聞く、事故に会う瞬間に周りがゆっくり動くように見えるとか言うやつか?
ゆっくり見えてはいるが体が動かない状態で、庇う事も出来ず頭から地面にぶつかるだろう事は間違いない。
その着地点をチラッと横目で見る事が出来たのだが・・・
え?
なぜ、そこに・・・
豆腐が!?
え、ちょ、ちょっと待て!
まさか!!
・・
・・・・
・・・・・・
そのまさかでした・・・
スローモーションに動く中、手で庇う事も出来ず豆腐の角に頭をぶつけ・・・
そのまま・・・
どうやら本当に・・・
豆腐の角に頭をぶつけて死にました・・・
俺は悔しすぎて、目を閉じたまま頭の中で嘆いた。
くっ!
ありえねええええ!
なんだよ!豆腐の角に頭ぶつけて死ぬとか!
ちくしょー!
なんて短い人生なんだ!
(ふむふむ、短い人生がいいと・・・)
まだ何もしていないというのに!
(ふむふむ、何もしたくないと・・・)
そもそも守って名前なのに、自分の命すら守れてないじゃん・・・
(守りに守りをと・・・)
本当は彼女だって欲しかったさ!
(カノジョが欲しい・・・カノジョってなんだろう?)
どうしよう、考えてもみなかった・・・
(召喚したいと・・・)
・・・
(・・・)
つーか、さっきから俺の嘆きに返してくるのは誰だよ!
(お、ようやく気が付いた?少年)
俺はその声に目を開けると、今まで見た事も無いような美しい部屋の中にいた。
俺はそこの床にあお向けて倒れていたらしい。
「ここは・・・?」
「ここは死者の誘いの場。死んだ者が初めて来る場所だよ~」
俺はキョロキョロしながら周りを確認していると、声をかけられた。
その声の主を探すと、目の前に美しい女性の姿が浮かび上がってきた。
「貴方は?」
「私?私は女神。女神アフォーディア。迷える死者を導くのがお仕事なんだな~」
「女神あほディア?」
「あ~!アホじゃないもん!アフォーディア!間違わないでよね!」
正直そんな事はどうでもよかった。
そんな事よりも・・・
「死者って言ってたよね?って事は、やっぱり俺は死んだんだ・・・?」
「そうだよ。君は死んだんだよ」
マジかぁ・・・
「うぷぷぷっ!いやぁ、数え切れない程の死者を送り出してきたけど・・・」
「・・・?」
急に女神が笑い出し、笑いを堪えながら話を続けている。
「君のように豆腐の角に頭をぶつけて死んだ人は初めてだよ」
といった瞬間、後ろに振り返りしゃがみながら盛大に噴出した。
「・・・おい!」
俺はその背中をゲシゲシと足蹴にした。
「痛い痛い!ご、ごめん!あ、謝るから・・・ちょ、ちょっと止めてよ!」
笑いを止めた所で、俺も足蹴にするのを止めた。
「ふぅ~、全く・・・女神に対して酷い事するわね」
「女神のくせに、人の死に様を笑うほうが悪い!」
俺だって信じられないし情けないし、ショックなんだから。
「だってあまりにおかしく・・・ぷっ!」
また先程と同じ格好で笑い出した。
このアホ女神は!
「きゃはははははっ!ちょ、ちょっと!あはははは!や、やめて!あはははは!ほ、本当に!あはははは!やめて~!」
笑いたければ死ぬまで笑えばいい!
と、俺は無防備になっている脇腹をくすぐってやった。
もうこれ以上やったら本当に笑い死ぬのではないかというくらい、くすぐった所で解放してやった。
「はあ、はあ、はあ・・・ほ、本当に死ぬかと思った・・・」
「そう?死ねばよかったのに」
半分冗談、半分本気で言った。
「ひどっ!それに女性の脇腹をくすぐるなんてセクハラだよ!」
「セクハラしたくなるような女性がどこに・・・?」
「ちょっと!本当に酷いよ~!こんな美しい女性が他のどこにいるっていうのさ~」
「・・・自分でいうか」
確かに初見では美しいと思ったけど、正確に難ありだしなぁ・・・
「何にしても、女性の脇腹をくすぐるのはNGで~す!」
「いや何、豆腐の角に頭をぶつけて死んだ男を笑った女神が笑い死ぬ。最高に滑稽だと思ってねぇ」
「ちょ!なんて事を!」
「じゃあ、人の死に様を笑わない!OK?」
「はい・・・」
やっと大人しくなってくれた。
「こほん、えっと、それでこれからの事なんだけど・・・」
ようやく話が進んでくれるようだ。
「まさかあんな事で死んでしまう人間がいる事は想定外であまりに可愛そうだという事で、神様が特別に生き返らせてくれる事になりました」
「え?マジで!?」
まさか生き返れるとは思いもしなかった。
「はい。とは言っても地球ではなく、魔法や武器が蔓延る、君の所で言う異世界なんだけどね」
「はっ?異世界?」
え?異世界なんてマジであるの?
正直、若干心が躍ったのは間違いない。
ただ心残りが無いわけではないのだけど・・・
「君は16歳だったよね?そのまま転生させてあげます」
「おお、やった!」
「そして、転生するに当たって君の願いを少しでも聞き入れなさいという事で、君の望みが叶えられた状態で送り出します」
「本当に?すげ~!じゃあ、何を願おうかなぁ」
俺の願いが叶うなんて言われて、テンションMAX!
何にしようか・・・
やっぱチート能力だよねぇ!
となると折角魔法の世界なのだし、どんな魔法でも使えて、かつ無限の魔力とか?
最強の肉体と剣技ってのもいいよなぁ・・・
とあれこれ考えていたのだが・・・
「ん?何を言っているのかな?君の願いはすでに聞き入れたよ」
「はっ?何を言・・・」
何を言っているんだ?と言おうとした途中で思い出した!
ま、まさか!
「・・・まさかとは思うけど・・・俺が目を開ける前に考えていた事か・・・?」
「ん、そうだよ。その時願っていたじゃない」
マジかぁあああああああ!
「違う!あれは願いじゃない!取り消して!変更を要求する!」
「え?そうなの?でも、もう叶えられちゃった上で異世界の肉体も出来てるから、取消・変更・追加は不可能だよ?あとは精神体である君を送るだけ」
うそーーーーーん!
こんなのってあり?
「ちょ、せ、せめてちゃんとした願いが叶っているよね?」
「ん~とね、まずは・・・短い人生がいいと言っていたから、生きられるのは1年だよ」
・・・
「何もしたくないと言っていたから、職業はニートだね。新しい世界ではニートって言葉は無いから、誰もわからないと思うから安心してね」
え?
この人何を言ってるの?
「ああ、守りがどうこう言ってたから、守りに関しては鉄壁だよ」
それはありがたいけど・・・
「あと~、カノジョが欲しいと言っていたし、カノジョって何の事だかわからなかったけど、間違いなく付けてあげるから安心してね」
安心できねええええええええ!!
「最後に召喚って言ってたから、召喚魔法は使えるようにしてあげたよ」
「それだけがまともそうだけど・・・俺召喚なんて言ってたっけ?」
「うん。どうしようかんが・・・って、後の方が聞こえなかったけど。召喚とだけ聞こえたから大丈夫!」
「うがあああああああああ!!」
俺はこの女神のあまりのアホさ加減に発狂した。
「ええええ、どうしたの!」
俺が発狂した事に、女神が驚いてオタオタし始めた。
「駄目だあ!やっぱりアホ女神だった!アホ女神に期待したのが間違いだった!」
「ちょっと!アホじゃなくてアフォーディアだってば!」
間違いなくアホだろが!
「そんな事はどうでもいい!もう、めちゃくちゃだ・・・どうせ彼女だって、期待するだけ無駄なんだ・・・」
「ちょ、ちょっと何よその目は!失礼ね!ちゃんとしたカノジョをつけたよ!」
その言葉をあまりに信じられなく、ジト目で見つめる。
「はあ、まあいいや・・・どっちにしても地球には戻れないんだよね?」
「そりゃあ君は一度死んでいるからね。でも君の行く異世界には地球から何人も送り出しているから、運がよければ地球の人に会う事くらいは出来るんじゃない?」
あんまり慰めにはなってないような気がするけど・・・
「ていうか、異世界に転生してもらっても1年しか生きられないとか、どうしろっていうんだよ・・・」
「そんなのは知らないよ。そこはあれじゃない?気合で何とかするとか・・・?」
こんのアホ女神は!
「出来るわけないじゃん!!もういいよ、さっさと異世界に送って!」
もうこのアホ女神に期待する事をするだけ無駄だ。
それにたった1年の異世界生活なんだ。
さっさと行って短い異世界ライフを満喫しないと。
「はいはい、わかりましたよ~!それじゃあまた1年後に会おうね~!」
「行く前から縁起の悪い話するんじゃない!」
「いちいちうるさいわねぇ、とにかく行ってらっしゃ~い」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・ええ、ええ、そうですよ。
確かに異世界は憧れていましたよ!
でも、俺が望んでいた異世界への転生はこんなのじゃない!
こんなのってありかあああああ!?
頭の中で叫びつつ、薄れ行く意識の中で一つだけ遣り残した事を思い出した 。
そう・・・
新作のゲーム一度も出来なかった事を・・・
お読み頂きありがとうございます。
とりあえず、もう1話載せます。