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加蓮の信用回復物語

作者: さざなみ

即興小説トレーニング(1時間制限)、テーマ「信用のない昼食」で生まれました。即興なので色々とガバガバです……

 食の好みというのは千差万別で、百人いたら百人とも違う好みを持っている。この食べ物が好き、この食べ物が嫌いといったような好き嫌いは誰にでもあり、それらが自分と全く同じという人間は恐らく、ほとんどいないだろうと思う。

 一般的に、こういった味覚に関する感覚は一歳から四歳の時期──つまり、離乳食を卒業してから幼稚園や保育園に入園する前までの時期に形成されるものだとされている。

 この時期に、親が色々な食べ物を食べさせる事で食材に対する慣れのようなものが生じて、将来嫌いな食べ物として意識せずに食べられる、という事である。ピーマンやゴーヤのようにある一つの感覚を鋭く刺激してくるような食べ物は、食に慣れていない子どもに本能的な危機感を抱かせ、ある時期まで嫌いなままという事もよくあるそうだが……まあ、これは例外と言ってもいいと思う。僕だってあまり得意じゃない食べ物はあるしね。


 だが、これはそんな話で片付けられるほど甘いものではなかった。


「どーして私のお弁当食べてくれないのよー」

「クソ不味いからだよ! ちゃんと味見してんのか!?」

「えー? 多分美味しいよー、不味いもの入れてないんだしさー」


 幼なじみの加蓮は毎日のように、甲斐甲斐しく僕の為に弁当を作ってきてくれる。くれるのだが……これが絶望的に不味い。何でだろうか、確かにどこかのメシマズ嫁のようにご飯を洗剤で洗ったりしてる訳ではないし、食材にも一見して変なものは使われていないように見える。

 しかし不味い。本当に不味いんだ。実際に食べてみないとわからないと思うが、パクチーの三倍くらい癖の強い味をしてる事が多い。少なくとも僕は苦手だ。多分八割くらいの人はこの味を受け付けないと思う。アンケートを取ってもいい。


「今日のは美味しく出来たと思うんだけどなぁ……」


 とはいえ、幼なじみのしょぼくれた顔が精神衛生上とてもよくないので、僕は吐きそうになりながらも結局彼女の弁当を全て平らげている。毎日だ。客観的に見ても僕が美味しそうにこの弁当を食べているとは到底思えないが、それでも、食べてあげるとこの幼なじみは心底嬉しそうに顔を赤らめてえへへ、なんて声漏らしちゃったりして可愛い。……可愛いんだ。

 何を隠そう、僕はこいつが大好きだ。でなければこんなクソ不味い弁当を毎日完食してやったりはしない。


「また明日も作ってくるからね!」


 昼休みも終わりそうな時分、加蓮はいつも笑顔でこう言う。そしていつも僕は言う。


「勘弁してくれ……」


 もうだいぶ日差しも落ち着いて、少し涼しくなってきた季節の昼下がり。明日の弁当は美味しいといいな、なんて絶望的な希望的観測をしつつ、眠気との戦いを始めるのだった。


----


「料理って、どうしたら上手くなれるのかなぁ……」

「どうしたのよ藪から棒に」


 放課後。私は親友の椛ちゃんにそんな弱音を吐き出していた。


「湊太君にお弁当作ったんだけど、不味いって言われたの」

「なんだ、いつもの事じゃない。惚気話なら他所でやってよね」

「惚気じゃないもん! 湊太君とはただの幼なじみで……」

「はいはい」

「もー!」


 こんなやりとりももう何十回とやってきたが、料理は上手くなるどころか下手になっているような気さえする。でも何が足りないのかさっぱりわからない。何で私が作るとああも酷い味になってしまうんだろうか……?

 いや、そんな料理を自分の味覚が悪いせいだと決めつけて、不味いと言う湊太君に無理やり食べさせてしまっている私が味よりも酷いと思うけど。いつか料理が上手くなって湊太君に美味しいって言ってもらえたら、こ……告白とかしちゃったりしたいな……なんて。


「加蓮ってさ、ほんといつまで経っても料理上手くならないよね。レシピとかちゃんと見てるの?」


 椛ちゃんはそんな失礼な質問を何の遠慮も無しにぶつけてくる。親友じゃなかったら切り捨て御免されてもおかしくないよ?


「見てるもん! 見てる……けど……」

「けど?」

「レシピ通りじゃオリジナリティに欠けるかな、ってちょっと足しちゃったりは……するかも」

「はあ加蓮……あんた」

「ん?」


 椛ちゃんは呆れ返った様子で深くため息をつき、こう言う。


「それって初心者がよくする失敗の典型例じゃない……もっと早く気づくべきだったわ」


 彼女は私に抱き着いてその控えめながらも透き通った唇を耳元に寄せ、続ける。


「明日、もう一度湊太君にお弁当作って持っていってあげなさい?……変なアレンジしないで、レシピに書いてある通りに材料を揃えて、レシピに書いてある通りに工程を踏んで、レシピに書いてある通りに仕上げること。いいわね?」

「は……はい」


----


「そーうたくん!」


 次の日の昼休みも、こうしてまた幼なじみの加蓮が甲斐甲斐しく弁当を作って持ってきていた。彼女でもあるまいし、毎日僕なんかの為に弁当作ったりして何が楽しいのだろうか。聞いても教えてくれないし、僕はただクソ不味い弁当を毎日の昼休みに食べさせられるだけの男と化している。なんか虚しいな……


「今日はね……炊き込みご飯なの!」

「そ、そうか……」


 最初の二、三回は次は美味しいだろうと期待したものだが、いつからか、既にこいつの弁当に対する期待値はゼロに等しいものとなっていた。食べ終わるまでの数分間の地獄を鑑みて、僕はため息をつきながら言う。


「いただきます……」

「召し上がれ!」


 箸で褐色のご飯を一口分持ち上げ、そのまま口に運ぶ。

(神様……どうかご加護を……ああ……嫌だ咀嚼したくない。これを噛み締めたらどんな味がするのか考えたくもない。ええい……ん?)


「美味……しい?」

「ほ、本当!?」


 その瞬間、加蓮の顔がぱあっと明るくなり、満面の笑みが咲いた。


「そ、湊太くん!」

「ん?」

「ご、ご飯美味しい……って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね!」

「お、おう」


 加蓮は顔を赤らめると、意を決したような表情で居直り、おずおずと切り出した。


「も、もしよかったらその……休みの日も、湊太君に美味しい料理を作ってあげたい……かな? って……ううん、ごめん何でも」

「え、それって……」

「う、うん……好きです。湊太君の事が。えへへ、恥ずかしいな……それで、どう……かな?」


 僕だって加蓮が好きだ。迷いはなかった。


「僕も加蓮が好きだ。その、よろしくお願い……します」

「うん!」


 こうして、僕の幼なじみ……いや、彼女は晴れてメシマズを克服したんだ。これからも美味しいご飯が食べられるといいな。

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