鮮血の赤ずきん
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内容そのものには変更はありません。
昔々あるところに、美しい青い瞳を持つ少女がおりました。
少女はいつも、お婆さんからもらった赤いビロードで作られたずきんを被っており、その姿がとても愛らしかったことから、赤ずきんという愛称で呼ばれるようになりました。
「今日はとても良い天気だわ」
ある日のこと。赤ずきんは病気のお婆さんを見舞うために、森の中にあるお婆さんのお家を目指して歩いていた。
どこまでも広がる青空と、小鳥たちのさえずりによって、森の中にはのどかな時間が流れており、赤ずきんは鼻歌交じりに上機嫌で森を進んでいく。
「こんにちわ。可愛いずきんのお嬢さん」
朗らかな笑みを浮かべた、優しそうな狼が赤ずきんに声をかけてきた。
『途中で道草をしては駄目ですよ。それと、ずる賢い狼には気を付けてね』
お家を出る前にお母さんに言われたことを、赤ずきんは思い出していた。
だけど心優しい赤ずきんには、目の前で笑っている狼が悪者だとはどうしても思えなかった。赤ずきんは疑うことを知らない純心な少女なのだ。
「お嬢さん。今からどこへ行くんだい?」
「お婆様が病気で、お見舞いへ行くところよ」
「それは偉いね。そのバスケットの中には、何が入っているんだい?」
「お見舞いに持っていくケーキとお酒よ」
「お婆さんのお家はどこにあるんだい?」
「この道を真っ直ぐいったところよ。歩いて10分くらいかしら」
――なるほど、なるほど。
赤ずきんに邪悪な表情を悟られないように、狼は赤ずきんに背を向けて何やら考え込んでいる。
「お嬢さん。ケーキとお酒だけじゃ少し物足りない。せっかくのお見舞いなのだから、お花を持って行ってあげるというのはどうだい?」
「それはとてもいい考えだわ」
お婆さんはお花が好きな人だ。お花を持って行ってあげればもっと喜んでもらえると、赤ずきんは子供心に思った。
「ごらんよ。この辺りには美しい花がいっぱい咲いている。お婆さんのために、少し摘んでいってあげたらどうかな?」
「ええ、そうするわ」
狼の指差す方向には、色とりどりの花が咲くお花畑があり、それを見た赤ずきんは目を輝かせ、お花を摘み始めた。
「こんなにも上手くいくとはな」
赤ずきんと別れた狼は、食欲の赴くままに真っ直ぐお婆さんのお家へと向かっていた。
お婆さんの家に着くと狼は扉の呼び鈴を鳴らす。
「はい、どなたかね?」
「私よ、赤ずきんよ」
声真似が上手な狼は、赤ずきんを真似て女の子のような声を出す。
その声があまりに似ていたため、お婆さんは孫が見舞いに来てくれたのだと信じてしまった。
「おやおや、赤ずきんかい。鍵はかかっていないから、遠慮しないで入っておいで」
「馬鹿な婆さんだ!」
不敵に笑うと狼の獣の本性が姿を現し、勢いよく扉を突き破ると、突然のことに動揺しているお婆さん目掛けて勢いよく噛みかかった。
まともに歩くことも出来ないお婆さんに成す術などなく、その喉もとを狼に噛み千切られてしまった。
勢いよく首から血が噴き出し、お婆さんは体を痙攣させてのたうち周り、やがて動かなくなった。
「あとは、あの馬鹿な娘が来るのを待つだけだだ」
お婆さんの亡骸を貪りながら、狼は醜悪な笑みを浮かべた。
あの娘はとても美味しそうだ。
「こんにちわ、お婆さん」
狼の狩場と化したお婆さんの家の玄関先で、少女の声が聞こえた。
「よく来たね。入っておいで」
しめしめと思い、声真似の上手な狼は、お婆さんの声を真似て少女を家の中へと招き入れる。
「お邪魔します」
「よく来たね。さあ、その可愛い顔を近くで見せておくれ」
狼は病気で弱った老婆を完全に演じ切り、待ち望んだご馳走がベットへと近づいてくるように仕向ける。
「お婆さんのお耳は、随分と大きいのね」
ベットへと近づいた少女は、そんな疑問を口にした。
「ああ、それはお前の可愛いらしい声をよく聞くために――」
刹那の瞬間、お婆さんに化けた狼の左耳に鋭く激しい痛みが走った。
「ああああああああああ!」
狼の左耳は根本から切断され、傷口から血が噴き出した。
「どうしてお婆さんの目はそんなに大きいの?」
邪悪な笑みを浮かべると、少女は手に持っていた鋭いナイフで今度は狼の右目を薙いだ。
「がああああああ!」
目を潰され、狼は激痛のあまりのたうち回りベットから落下した。暴れたことで捲れ上がったシーツには、狼が食べこぼしたお婆さんの肉片と大量の血液が付着していた。
――何だ、何が起こってるんだ?
耳と目の痛みに意識を飛ばされそうになりながらも、狼は冷静に状況を判断しようと少女の姿を視界に捉えようとする。
タイミングから考えて、攻撃してきたのは先程道端で出会った赤ずきんに違いない。婆さんを殺したことがばれて復讐しにきたのだろうか? だが、いつ婆さんが食われたことを知った? まさか、ずっと後を付けていたのか? そもそも、どこにナイフなんて隠し持っていた? 混乱のせいもあり、疑問が湧いては消えていく。
「狼って、思ったより大したことないのね」
残された左目で少女の顔を捉えた狼は、さらなる混乱に見舞われた。
目の前にいるナイフを手元で遊ばせている少女は、被っている赤い頭巾こそ同じものだが、その瞳はどんよりとした闇に染まった黒色で、先程出会った赤ずきんとは別人だった。
「お前、赤ずきんじゃないな?」
「赤ずきん? ああ、このずきんの元々の持ち主のことね」
黒い瞳の少女は被っていたずきんを外し、狼へと見せびらかした。ずきんには、元々の生地の赤色とは別に、比較的まだ新しい血液が付着しており、ビロードの赤と血の赤という異なる赤のツートンカラーとなっていた。
「この血、さっき殺したこのずきんの持ち主のものよ。あまりに可愛らしいずきんだったから、殺して奪っちゃった」
まるで友人から借りて来たかのような軽い口調で、黒い瞳の少女は嬉々として言った。そのあまりに狂気染みた様子に、獣である狼すらも震え上がっている。
「私ね、殺すことが大好きなの。人でも獣でも、血が出るものなら何でも好き。あの子が死ぬ前に、この先の家にお婆さんが住んでいると言ってたから、もう一人殺せるなって思って喜んでいたんだけど、どうやら先客がいたみたいね。残念、残念」
「く、来るな!」
狼の獣としての本能がこの場から逃げることを体に強いるが、痛みと恐怖から思うように体が動かない。
「代わりに、狼さんで遊ぶことにするよ」
「待っ――」
黒い瞳の少女は、狂気に満ちた表情でナイフを振り上げた。
「おや、この家にはお婆さんが一人で住んでいるはずだが、今日はやけに騒がしいな。何かあったのか?」
たまたまお婆さんの家の近くを通りかかった猟師が、家の異変に気が付いた。
家の中から聞こえる獣の鳴き声のようなもの、それは、狼が命を失う瞬間の断末魔だった。
「お婆さん、大丈夫ですか?」
猟師が家の扉をノックする。彼がこの家にやってくる様子は、窓越しに家の中からも覗けていた。
「ふふふ、今日は最高の日だわ」
四肢をばらされた狼の上へと跨ったまま、黒い瞳の少女は恍惚としてナイフに付着した血液を舐める。新しい獲物が自分の方からやって来てくれたのだ、もっと殺せると思えると、楽しくてしかたがない。
「はーい、今開けます」
黒い瞳の少女は背にナイフを隠し持ったまま、玄関の扉に手を掛けた。
久しぶりに短編を書いてみました。
短編となると、どうしてもダークな感じやバッドエンドを書きたくなってしまいます(笑)
最初は、序盤の数行のような昔話風の語り口調で全編執筆するつもりだったのですが、残酷な描写に差し掛かる辺りで、語り口調で書くのに疲れてしまって、最終的には普段通りの書き方に落ち着きました。
文章が軽快になったので、逆に良かったと思います。