有言執行
この話は、すこしミステリー風になっています。そもそも、何が謎なのか、そしてどうしてそうなっているのか、どうぞご自由に考えながら読んでみて下さい。
目覚ましの音で目を覚ます。勿論、スヌーズ機能による音で目を覚ます。目覚ましに設定した時刻に起きるという事が、久しく出来ていない。
時間的に問題は無いので、いつものように学校へ行く支度をする。顔を洗って、朝御飯を食べて、歯を磨く。そして最後に、制服を着る。勿論、この支度が終わる時刻なんて、毎日異なる。
俺の通う学校は、自宅から徒歩五分程で着く、学生からしたら理想的な立地条件の高校である。当然そこを選んだ理由なんて、その条件に惚れ込んだからであって、実際近ければ、俺は何処でも良かった。
玄関を出た俺は、住宅街の道を真っ直ぐ直進する。時計を頻繁に見る癖が無い為、現在時刻は詳しく分からない。
しばらく進むと、最初の交差点に辿り着く。俺はいつも、ここを左に曲がって学校へと向かう。そして、いつも俺がここを曲がるときにあいつは表れる。
「佑亮、おはよう!」
右の角から現れたのは、俺と腐れ縁の幼馴染み、詞葉である。
「ああ、おはよう。」
何度目か、分からない程交わしたやりとり。俺も流石に不思議に思っていた。
俺と詞葉は、幼稚園の年長の頃から、今に至るまでずっと関係がある。家が近所とか、学校が一緒等は良く聞く話だが、どういう訳だか俺と詞葉は年長の頃より、今に至るまでずっと同じクラスなのである。その事を友人に話すと、すげえな。とか、運命だな。とか、適当な返事が帰ってくる。普通に考えて、十一年間クラスが同じになる確率なんて、物凄く低いと思うのだが、友人は皆興味が無さそうに振る舞ってくる。
「今日、数学の授業があるね。嫌だな、私答えられないなら。」
考えに浸っていると、彼女は唐突に質問を投げ掛けてきた。
「そう言えば、宿題もあったな。ちゃんとやってきたのか。」
俺も質問する。彼女は俺の質問に対して、はっきりと答えられない様子だ。やってきてはいるけど、出来てないんだ。そんな顔をしている。
俺たちの通学路は、このまま直進すれば学校に着く。しかも、他の生徒に会わない位静かな通学路なので、毎日二人きりだ。
毎日という言い方に、語弊は無い。何故なら、俺と詞葉は先程の交差点で、毎日鉢合わせているのだ。勿論、待ち合わせなんてしていない。
俺が目覚ましのスヌーズでさえ起きなかった時や、その逆に、目覚ましより早く起きた日であっても、彼女は俺が交差点に差し掛かった頃に、右から表れる。何故なんだろう。
「今日少し急いだから、朝御飯食べてないんだ…。」
「寝坊でもしたのか?」
詞葉が何時に起きているのか、知りもしないが聞いてみた。実際、学校には間に合う時間にこうして俺と一緒にいるのだから、寝坊したとは言えないだろう。しかし、
「うん…、ちょっとだけね。」
彼女は随分とぎこちない返事をした。
「どうしよう、お昼までお腹もつかな?ぐー、とか鳴ったら嫌だな。」
話をそらすように、彼女は話を進める。
「お腹空いたなー、唐揚げ食べたい!」
「いきなりだな…。」
満面の笑みで話しかけてくる。俺は別に、嫌ではないが、不思議に思うことが多々あった。
「唐揚げか、昼飯に唐揚げ食べたいな。」
「そう思う?やっぱり、唐揚げって、良いよねー!」
いつも楽しそうに、笑いながら、俺達は登校する。
「では、この問題を…、児玉さん、解いてください。」
現在、数学の授業中である。
個人的には嫌いではない教科の為、至って真面目に受けている。中には、数学が苦手、嫌いだという理由で、ふて寝をしているクラスメートもいる。そんな中、授業中に先生に指名されたのは、詞葉であった。
「えっ…、えっっと……。」
答えが分からないのだろうか、声が上手く聞き取れない。しかし、これは毎日だ。
詞葉は、授業中に発言した事が無い。勿論、私語という訳で無く、先生に指名されても授業中に、今まで一度たりとも発言をした事が無いのだ。
授業中なら、答えが分からないという理由が推論出来るが、彼女はクラスの連中とも一切会話をしないのだ。
隣の席の子に話し掛けられようが、大人数が質問を投げ掛けようが、詞葉ば一度も、まともに喋ったことがない。
そのせいあってか、クラスの女子のグループに、目を付けられている。ただ目を付けられているというだけで、何かさせたという話は聞いたことが無い。
何故、詞葉は俺以外と話をしないんだ。
「すいません…、喉の調子が悪くて…」
詞葉がそう言うと、突如彼女は咳き込み出した。俺の隣で物凄い勢いで咳き込むものだから、心配で堪らなくなった。
「だ、大丈夫ですか、児玉さん?!」
「大丈夫です…。」
流石の先生も、あまりの酷さに優しい言葉を投げ掛ける。詞葉は、それに涙目で苦しそうに答えた。
「なら、他の人に当てます。えっとー…」
先生がそう言うと、詞葉はゆっくりと席に着いた。咳はもう止まったようだ。
「大丈夫か?」
堪らず俺も声を掛ける。
「大丈夫だよ。」
俺には、返事をしてくれる。
昼休みになり、クラスはいっそう騒がしくなる。
そんな喧騒の中、俺と詞葉は毎日一緒に弁当を食べている。俺の男友達も連れない奴ばかりである。俺が一緒に食おうぜと、誘っても皆あっさりと断ってしまう。また、詞葉が女の子の友達を誘うことも無いので、こうして毎日一緒お昼を過ごす。
「お腹空きすぎて、大変だったよー!」
俺的には、数学の時間の咳の方が心配である。
「良かったな、お腹の音がクラス中に聞こえなくて。」
「もしかして、佑亮…。聞こえたの…?」
「聞こえてない、聞こえてない。安心しろ。」
朝と同じような調子で、彼女は楽しそうだ。
俺が深く考えるのも野暮だな、そう思って弁当を開けた。
「あっ、良かったじゃん佑亮!唐揚げ入ってるよ!」
丁度朝、唐揚げが食べたいと話していたところだ。こんな偶然もあるのだな。
「ツイてるね!」
確かにこれはツイてる。そう思い、笑みを溢しながら俺達は昼休みを過ごした。
午後の授業になれば、詞葉はまた黙り混んでいる。まるで、喋ってはいけないんだと言わんばかりの表情さえしている。勿論、授業中の私語は厳禁だ。
俺にとって、毎日の生活は少し退屈にも感じていた。些細な変化はあるものの、俺は毎日毎日、詞葉と大半の時間を共有している。退屈と言うよりも、慣れてしまったのかもしれない。必ずと言っていい程、隣には詞葉がいる。そして、彼女はいつも楽しそうに笑っている。
何故、彼女は俺の隣で、毎日楽しそうに笑っていられるんだろう。 飽きないのだろうか。こんな俺と毎日いて。俺には謎だった。だけど、こうして俺と一緒にいてくれる人がいること事態が幸せなのかもしれない、そう思い込むようにした。
天気予報は曇りと告げていた。しかし、現在の天候は雨。傘を指さずに外に出るには、あまりにも強すぎる雨。当然、傘なんて持って来ていない。
一日の授業がすべて終わり、俺達は昇降口で空を見ていた。濃いグレーの空は、一向に雨を止めるつもりは無いようだ。
詞葉もどうせ、傘なんて持ってない、そう思っていた、
「私、傘持ってきてるから一緒に入ろう?」
予想外すぎた。朝寝坊をしたと言っていたのに、ちゃっかりと傘の用意をしていたのだ。天気予報をはなから信じていなかったのか。
俺が右手で傘を持ちながら、二人で帰ることにした。
昇降口には何人もの生徒が、帰ることが出来ず、たむろしていた。中には、俺を羨む声まで聞こえたが、お前らとは帰りの方向が違うから、どうしようもない。
「いきなり雨降ってきたから、ビックリしたね。」
俺は詞葉の発言に、少し違和感を感じた。
何故、突然の雨で驚いているのに、傘はしっかり持っているのだ。いきなりの雨なら、傘なんて用意できないはずなのに。
俺の不審がる姿に気付いたのか、彼女は一人で理由を話始めた。
「えっとね、この傘がたまたま鞄に入ってたの!この前雨降るって言ってたでしょ?だから、その時のがまだ入ってたの!」
ここ最近、雨の予報なんて聞いた記憶が無い。けれども、そんな事はどうでも良かった。ただ、雨が止むのを待つでもなく、雨に濡れるでもなく、こうして二人で帰れる事が幸運に思えた。
昔から、詞葉が用意周到である事を今になって思い出した。こんな事は昔からよくあった事だ。
詞葉は、俺の家まで着いてきてくれた。お陰で、左肩が少し濡れる程度で済んだ。
「じゃあね、佑亮!また明日!」
そう言って、彼女は楽しそうに交差点を右に曲がって行った。
これが、俺と詞葉の何でもない日常のお話である。
朝、目を覚ます。時間は毎日違う。けれども、寸分の狂い無く、起きれる。昨日の夜に、ちゃんと「言った」からだ。
身支度を整えて、家を出る。その時、天気予報が耳に入る。
「昨日は突然の雨に見舞われましが、今日は曇りの予報でしょう。降水確率は、四十パーセントです。」
昨日も降ったのだから、二日続けての雨でも誰も不思議には思わないだろう。そう思って小さな声で呟く、
「今日の帰りは雨。佑亮と一緒に帰る。」
家を出て、交差点に差し掛かる。そして、毎日同じことを呟く、
「左から佑亮が出てくる。」
「佑亮、おはよう!」
「おお、おはよう。」
謎が、お分かり頂けましたでしょうか。伏線を張らなさ過ぎて、分かり難いと思いますが、質問等して下されば、何でもお答えします。
今後も宜しくお願いします。