九
弥勒がここへ落ち着き、そろそろ一月になる。
弥勒の朝は夜明け前から始まる。
起きてすぐに身支度を済ませ、手水盥に水を満たし、鈴の部屋の前に置く。
その後、そこから3里ほど離れた山の祠へ走って行くのだ。たいてい黒犬ークロが付いて来る。
側に流れる湧き水を祠の前にお供えして、見晴らしの櫓に登り、日の昇るのを見て、そこからの一望で問題や怪しい気配を見渡す。
なにか不審な動きがあれば狼煙を上げる手はずになっている。
そうして、清水を竹筒に水を汲み、またクロとともに走って帰る。
滞りなく帰れたときは、たいてい鈴が起きて身支度を整え終わる頃だ。
裏の垣根を抜けたところで、一旦止まる。
朝出がけに汲んでおいた水で顔や手足を清めてから、鈴の部屋の前にいく。
ー弥勒、ただいまもどりました。
と外から声をかけると、ご苦労、と声をかけられ、板戸が開けられる。
板間をズルズルといざって、端近に来た鈴は、弥勒から竹筒を受け取り、一口飲む。
そして、朝の勤めに変わりがなかったか、不審な事や人はなかったかと聞く。
報告が終わるまで、クロは庭先にじっと座っている。
朝餉ですと、声をかけられると、弥勒に竹筒を返す。
「クロ、褒美じゃ」
と、前の日に取ってあった菓子の残りをクロに放り、パクッと上手に咥えるのを楽しそうに見やる。
クロはこれが欲しくて、大人しく待っているのだし、鈴はこれがやりたくてクロを連れて来いと言う。
「朝餉の場所までお運びしますか」
と聞くと、
「よい。自分で行ける。
弥勒も朝餉をもらってきなさい」
と拒まれる。
「朝餉が済んだら、馬じゃ。
楽しみだな、ロク。」
鈴に寄り添う弥勒の猫ーロクーをひと撫でする。
ロクは今ではすっかり鈴の飼い猫のフリをして、寝所番と朝の警護を担っている、らしい。
ロクは、ニャーアと鳴くと、さっと庭の木に登り、ちょうどよい枝の間に陣取り、弥勒を見下ろす。
ーあんたが食べ終わるまで護衛はまかせな、そう言っているように。
やれやれと弥勒は朝餉をとりにその場を下がった。




