五十四
五十三話、五十四話、2話アップしています。
何もかもが手探りの中、弥勒は茅野の商いを手伝い、鈴は茅野の扱う品を数えたり、帳簿付けの手伝いを始めた。
弥勒は忙しい毎日の中で時間を作っては、鈴の国許の噂や情報がないかと、川沿いの市や、大きな会合にも顔を出したが、ここらではそんな北の小さな国の話よりも、大きな謀反と、返討ち、これから天下人が誰になるのか、この日本という国がどうなるかの話がほとんどで、上手く身を隠せたらしいことに安堵した。
そうして、二ヶ月が過ぎ、弥勒は茅野の仕事を本格的に手伝うことにした。
逃げる必要も隠れる必要も、もはや立ち消えたと見て、ここに腰を落ち着けるつもりを話すと、茅野は大喜びした。
ある時、弥勒は都まで荷を運ぶことになった。
茶道具がほとんどであるが、中には南蛮からの珍しい品も、女子が喜びそうな可愛らしい小物も揃っている。
それらを運び、品を納めてとんぼ帰りするのに、弥勒ほど荷をたくさん運べて、足の速い者がいないのだ。
重い荷を背負うのを、鈴がじっと見ていると
「そんな不安なお顔をしなくても、すぐに帰ってきますから」
と微笑む。
「必ず無事に」
と言えば、
「その約束はいつかもしましたね。
必ず帰ります。」
と笑う。
その笑顔をじっと見て、他の者たちとともに、見送った。
いつかもしただろう約束かもしれないが、命がけの仕事ではないとわかってはいても、今までとはちがう心持ちを持て余す。
前までは別れなど、これきり会えずともそれが運命ならば仕方なしと思っていた。
だが、この胸の奥がスウスウと冷たい風が通り抜けるような気持ちはなんと表現したら良いのであろうか。
あの、出かける間際に見せた笑顔を思い出すたび、お腹の中にピイピイと騒がしく鳴く小鳥が住っているかと思うほど、落ち着かない気持ちはなんというものなのだろうか。
そして、その本人が出発したばかりだというのに、すぐに連れ戻して欲しいような、いやむしろ共に連れて行って欲しいような、一刻も早く帰ってきてと願うこの心のざわめきは、どうしたら止むのだろうか。
ーーー
手を握られずに、弥勒の体温を感じずに眠るのはどれぐらいぶりであろうか。
茅野の屋敷で間借りしているのは一部屋で同室である。
夫婦なんやし、と、茅野に言い切られた。
だから、狭い部屋に床を隣同士に延べて、ここへ来た時と同じに、手を握られて眠りにつく。
だが今日は、弥勒の床だけで、弥勒自身はいない。
いつまでも寝返りを打っていたが、鈴は自分の床から這い出て、弥勒の床に入ると何故か安心し、ようやく眠りが訪れた。
ーーなぜ、ここで寝てるのですか。
ーー眠れないから。
ーーなぜ眠れないのですか。
ーー弥勒がいないから。
ーー私がいないと寝れないのですか?
ふわりと瞼を開けると、弥勒が目の前にいた。
上から見下ろしている。
そうしてぼんやりしている鈴の頬を撫でて、片腕は肘をついて体を支えながら、優しく微笑んでいた。
「今、帰りました」
その言葉に鈴の腕がのびて、弥勒の小袖をぎゅっと握り込んで、身体を引き寄せた。
言葉がなくとも、鈴が寂しがっていたことを痛いほど感じた。
ようやく、自分の気持ちを素直に出せるようになった鈴が愛おしい。
弥勒は引き寄せられるままに鈴を優しく抱きしめた。
「実は、茅野殿が私を養子にしてくれることになりました。」
「そう」
「もう、どこにも行くつもりはありません。
戦でまたここが焼けてしまうなんてことがない限り。
茅野殿に商いを仕込んでもらい、ここで生きていく算段をつけました。」
「弥勒に合っている」
「だから」
弥勒は鈴を抱き起こし、そのまま自分の膝に乗せて額と額を合わせた。
「私の妻になってください」
「それは、ふりで、」
「もう、ふりはやめです。
名実共に私と夫婦になって欲しいのです。」
「だが、弥勒、私は、」
「鈴」
弥勒の声に、目を見開く。
ーー鈴、と、呼んだ?
額を離し、弥勒は鈴の目を覗き込んで、いつもの優しい眼差しでなく、静かに、強い目で見つめた。
「鈴がこの先ずっと歩けなくてもいい。
武家育ちで商いが分からなくてもいい。
貴女が気にしているすべての懸念は、私には全く問題にならない。
私は、鈴がそばにいてくれたらそれでいい。
共に生きてくれたら、それでいいんだ。」
「共に・・・」
「そう。共に。」
「ずっと?」
「ずっと」




