五十一
鈴視点です。
まだ見ぬ西国を目指して。
弥勒に背負われての旅ももう、何日目だろうか。
今日は近くの山で野宿をすると。
これまでは行き着いたところの近隣で宿を頼み、納屋を借りることが多かったが、今夜は洞窟で一晩過ごすらしい。
とにかく今は先を急いでいることと、噂を聞くに、このへんの人家で宿を頼むことが、逆に危険につながるからであろう。
私という重荷がなければ、弥勒の足だったらとっくに西国についているはずだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだが、今はこの旅が心地良い。
今夜は冷えますから、と、弥勒はさも当然のように私の体を冷やさないように気を配ってくれる。
だが、1日の大半、弥勒の背に背負われているのと、こうして抱きとめられているのとでは、温かさが違う。
――この方があたたかいでしょう?
と微笑まれると、急に恥ずかしくなった。
「私が妻にと望むのは」と、きっぱりとした言葉で望んでくれたことを、まざまざと思い出し、苦しいほどの胸の高鳴りに思わず胸を押さえた。
「お鈴様? お具合でも??」
もう、なにも言葉が出てこない。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
選ぶことができるのに。
弥勒は、もっと違う道を選べるのに。
私など、見捨てたって、誰も弥勒を責めたりしない。
なんなら、私をかの国に引き渡して報償を得ても良いぐらいだ。
だが、弥勒はそうしない。
私はあえて黙って甘えている。
弥勒に、させなくてもいいはずの苦労を強いている。
これほどに、私はずるい人間だったのだ。
「・・・こうしていて。」
「わかりました」
弥勒の温かさに包まれて。
考えることはたくさんあるが、とりあえず、眠ろう。
でなければ、弥勒が眠れないから。
焚き火に枝を足すたびに、目が覚めた。
弥勒が気をつけて火を絶やさないようにしてくれている。
冷え込んでいるが、私たちはお互いに体温を譲り合うことでどうにか一晩乗り越えることができるだろう。
西国とやらに着いたら、どうなるのだろう。
弥勒ならどんな道でも生きて行けるが、私はどうだろうか。
聞くところによると、西国とは、商人や南蛮人もいて、大変な賑わいだとか。
そういったところなら、写本の仕事などなら私にもできないだろうか。
どこかで、体の不自由なご隠居に話し相手でもいい。縫い物もできるし、文を代筆することもできる。
だが、私のような女子が一人で生きていけるかどうかは、まったくわからない。
弥勒は私を妻にと望んでくれていたが、その言葉に甘えるわけにはいかない。
弥勒は弥勒を大切にして、子を産み、支えてあげられる女子が妻になるべきだ。
・・・だが、夫婦のふりをするのはどうだろう?
あくまでも、私がどこかで使うに値する者と認められ、引き取ってくれるところが見つかるまで、弥勒にたのんでみようか。
また、焚火に小枝を放った。
ぱちぱちと音が弾む。
そうだ。
それがいい。
弥勒が世話になっていたという商人に会えたら、伝手をなんとかお願いしよう。
そうだ。そのときこそ、弥勒の好きに生きて行けるように、私こそが役に立とう。
ーーー
夜が明け始めた。
気がつけばよい気分で眠り込んでいた。
朝の山は、美しい。
夜の間の猛々しさや怪しさは身を潜めて、1日のうち一番美しく清浄な空気を纏っている。
なんて気持ちがいいのだろう。
用を足すために、近くの茂みに連れて行ってもらったが、このまま、もう少しだけ朝の山を楽しみたい。
弥勒は鈴を残して歩いて行った。
足音が聞こえなくなると、急に不安になる。
私を捨て置けと何度も言ったが、もし、本当にここで捨て置かれたら。
このまま
戻ってこなかったら。
死はいつも近くにあって、いつもその日を覚悟していたはずなのに、この旅で少しずつその心持ちが溶けだしてしまったのだろうか。
寂しい。
どうしよう。
どうしたら・・・
木々を頼りに必死に自力で立ち上がり、小ぶりの木にもたれて周りを見渡す。
この場から動けないことが、弥勒を探しにいけないことが、これほどにもどかしい。
どれほどの時が流れたのだろう。
足音が、戻ってきた。
木にもたれたまま、沈み込みそうなほど、安心した。
「お待たせしました」
弥勒に手ぬぐいを渡され、顔を拭った。
さっぱりとしたのと、寂しさからこぼれ落ちそうになっていた涙をおさえた。
しばらくして洞窟にもどると、弥勒は出発の準備を始めた。
とにかく、弥勒に、すがってみよう。
「弥勒、提案がある。
この先私から離れるつもりがないというならば、ひとつ、私と夫婦のふりをしてもらえないだろうか?」




