四十九
川沿いにも様々だが、最近は雨も少なく、川幅が広く玉砂利が広がる下流は過ごしやすい。
田畑も緑輝き、美しい風景をよく目にした。
このあたりは、戦の影響がないらしい。
これほど見通しがよく、どこまでも平野が広がる場所は、かえって戦場には向かないのかもしれない。
弥勒は川を少し見下ろす場所に、荷と、鈴を下ろした。
しばらくお待ちください、と川の方へ歩いて行き、手ぬぐいを水に浸した。
鈴はその場でじっと座っていた。
さわさわと、頬を撫でる風が気持ちいい。
ついた手の近くには小さな黄色い花が風に揺れている。
遠くまで広がる景色を見渡して、また視線を正面に向けると、弥勒は上半身を露わに、身体を清めていた。
ーー大きいな。
ーーあの背にずっと背負われて、ここまで来たんだな・・・
だが、この先、生き伸びたところで、私はずっと弥勒に背負われたまま、何もできずに、弥勒になにも返すこともできずに、ただのお荷物として生きなければならないのだろうか?
ぼんやりと弥勒を見ていると、鈴の側に小さな子どもが寄ってきた。
「きれいな あねさまだー」
このあたりの村の子どもだろう。
他の子どもたちも寄ってきて、鈴を取り囲むように集まった。
「あねさま、なにしてるの?」
「ねえねえ、これはなあに?」
「どこからきたの?」
矢継ぎ早に質問が飛び交い、鈴は困りながらも一つずつ答えた。
「いいところだから、休ませてもらってるの」
「これは竹筒。お水を入れるの」
「ずっと山の方から来たの。長い長い旅をしてるの」
そこに弥勒がやってきた。
子どもたちに笑いかけると、1人を肩車した。
甲高い歓声で、子どもたちは大喜びだ。
「高いねえ高いねえ」
「あたしもあたしも」
子どもと遊ぶ弥勒を見ていると、その1人鈴に問うた。
「あねさまは、およめさん?」
「・・・いや、あの、」
「そうだよ。」
弥勒がこちらを向いて、その子どもに答えた。
「その人は、私のおよめさんだよ。いいだろう?」
「およめさん!およめさん!」
「きれいなあねさまは、およめさん!」
鈴は、口を開けたり閉めたりと慌てたが、弥勒はニコリと笑うと、また違う子を高く抱き上げて、子どもたちと戯れ出した。
1人の子どもが、鈴の手を引っ張り、
「およめさんも遊ぼう」
と、誘い出した。
鈴は困って、でも、思いの外力の強いその子どもに引っ張られて、体制を崩したとき、いつの間にか弥勒が側にいて、鈴を抱き起こした。
「およめさんは、病なんだ。だから治してくれるところに行くところだから、遊べないんだよ」
子どもは無理に引っ張ったことを謝ると、またねーと、来たときと同じぐらい急に去っていった。
また2人になった。
弥勒は静かに荷を整えて、鈴を背負うための準備を始めた。
「さあ、出発しましょうか」
弥勒は鈴の身体をふわりと抱き上げて、そのまま背中へと移動させた。
慣れたものである。
テキパキと鈴を紐で自分に巻きつけ、歩き出した。
「弥勒の妻になる女子は、幸せだな。」
珍しく、鈴が小さな声でつぶやいた。
「何故ですか?」
「・・・人を大事にできるから」
「そうでしょうか?」
「子どもや、女子、老いた者を、虫けらのように扱う男もいる。だが、弥勒はどの人も情を持って接する。だから、妻になる女子をきっと大事にするとわかりきっている。だから、幸せだなと思った。」
弥勒は立ち止まった。
そうして、首に回された鈴の手を握った。
鈴がその手を引っ込めようとするのを、頑なに握りしめた。
「私が妻にと望むのは、貴方様だけでございます」
「弥勒、だが、」
「ですが。私のようなものは、お鈴様の夫としてふさわしくはないと分かっております・・・
せめて、おそばでお守りする役目だけは、お許しください。」
「弥勒、私は、」
「さあ、参りましょうか。」
弥勒はまた、力強く足を踏み出した。
鈴は、弥勒の背に顔を伏せて頬をその肩に押し付けた。
ーー私は・・・
ーー私は、あのとき、嬉しかった。
子どもたちに、およめさんと言われて、嬉しかった。
たとえ何の役にも立たない、出来損ないの妻となるとわかっていても、そんなふうに望んでくれて、嬉しかった。
嬉しかった・・・
雲行きが良くないからと、急ぎ足になる。
握られた手は、解かれることはなかった。




