四十七
弥勒は走った。
これほど必死に走っているのはいつぶりだろうか?
川に出て、小舟に乗り、川を下り、春の言う草の者と合流し、夜の闇に紛れて鈴が囚われている屋敷が見える林まで来た。
長槍を持つ手が、強く握り過ぎてミシミシと音が聞こえる。
関節が白く見えるほど、握り込んでいることに、弥勒自身は全く気付いていない。
草の者との打ち合わせを頭に叩き込む。
何としても鈴を救い出したい。
だから、一つずつ手順をこなすことに集中する。
合図で、草の者が退路を確保し、見張りを1人ずつ仕留め、弥勒のために道を整えてくれた。
あとは、弥勒にかかっている。
間に合ってほしい。
そして、佐渡川の最後の命を届けなければ。
ーーーーー
戸を開けると、鈴が白刃を自身の首に向けていた。
いきなりの侵入者に鈴は驚いた。
それが弥勒だとわかると、ようやく凪いだ心が一気に弾けて、死への覚悟に深くヒビがはいった。
「来るな、弥勒!」
「お鈴様、お止め下さい!」
鈴の目から涙がこぼれ落ちた。
ーー無事に帰ってきてくれた。
ーー堀川の屋敷ではなく、こんなところまで来てくれた。
ーー役目を果たしに、ここまで来てくれた。
ーー逃げてもよかったのに。
ーー見捨ててもよかったのに。
ーーでも、私も役目を果たさねばならない。
「もはや、これまで。」
懐剣を握り直した。
弥勒は鈴の自害を図ろうとする様子に、一瞬佐渡川の最期が重なり、身体が固まったが、すぐに一歩を踏み出した。
「御免っ!」
白刃の光は、こんな闇夜でもギラギラと血を欲して妖しく光っている。
一刻どころか一瞬たりとも猶予がなかった。
持ってきた長槍の柄で、畳2枚分の距離から、鈴の手を突き、懐剣が飛んで行った。
鈴が、あ、と言う間に、弥勒が動いた。
夜の闇の中、弥勒の大きな影に鈴の世界が奪われた。
ーーー
弥勒は長槍を携えてここまで来た。
屋内では長槍は扱いづらく、また攻撃の役には立たないため、普通なら持ち込まない。
当然、草の者もそう助言した。
だが弥勒は、距離の離れた相手の行動を阻む一助になるのを分かっていたから、敢えて、持ってきた。
弥勒は、すぐさま部屋の隅にまで飛ばされた懐剣を拾うと鈴に近づき、そばにある鞘に刀を納め、自らの懐に入れた。
そして、呆然としている鈴に頭を下げ、
「御免」
と言うが早いか、鈴に当て身で気絶させると、その小さな体をみすぼらしい男物の着物で包み、担ぎ上げた。
その一瞬の後、屋敷内のざわつきを感じた。
草の者が見張りを仕留めたことを気づかれたのだろうか?
何人かの足音がだんだん迫っているようだ。
隠し扉へ間に合うか?
いや、間に合わせてみせる。
絶対にここから救い出してみせる。
弥勒は、わらじが、ギリっと音を立て、その一歩を力強く、静かに踏み出した。




