四十三
流血や、死の表現があります。
苦手な方、嫌悪する方、ご注意ください。
ーー佐渡川は、あの軍師は、この戦を五分に持ち込めると言ったのではなかったか?
兜の中で汗をだらだらと垂れ流しながら、歯はギリギリと、手に持つ采配はブルブルと震えていた。
あのときしんがりをつとめた無礼な足軽は、傷を負いながらもなんとかこの陣にたどり着き、今は見張りの役についていた。
「おい、そこの!」
イライラしながら、足軽を呼びつけた。
「はっ」
近くの者に持っていた旗を手渡すと、素早く側に寄って跪いた。
「おまえ、佐渡川からの文を持ってきたとき、五分に持ち込めると申していたではないか。
この劣勢をどう説明するのだ」
「おそれながら。
佐渡川様の御指図は、文に次の手が書いてあると、急ぎ渡されたので、私めにはそれ以上はわかりませぬ」
「なに、次の手だと!」
慌てて、鎧の間から袂に手を入れ、隠し持っていた文を取り出す。
ーー次なる手とは、なんだ?
汗が目に入るのを構わずに、とにかくもう一度読み直す。
そこには、陣を移した後、速やかに和議をと小さな字で書いてある。
「和議、、、」
そのとき、ドンっと、大きな音が近くで聞こえた。
あの音は?と聞こうと口を開けたとき、急にむせて、血を吐いた。
驚くと同時にだらりと足の力が抜けて、地面に膝をついていた。
気づけば火縄銃で腹を撃ち抜かれていたのだった。
痛みなのか、熱さなのか、区別できないほどの衝撃が腹の辺りでどんどん膨らんでいくが、不思議と気持ちは静かで、なぜか納得すらしている。
すぐそこに死という扉が開いているというのに、目だけはしっかりと状況を見回している。
耳は、駆けつける者たちの声や足音は聞こえないが、鼓動だけが大音量で聞こえ、うるさいほどだ。
五分にとは、戦ではなく、交渉をということに気づかなかったばかりか、あれからじわじわと敵に詰め寄られていたことにも気づいていなかった。
ーーわが主は無事であろうか?
ーー撤退できたのであろうか?
ぼたぼたと溢れ落ちる血が、着物にしみて温かさを感じた。
血とは、こんなにも温かいのだな、と手で掬おうとしたが、すぐに暗転した。
ーー佐渡川め、、、
おぬしが来ぬせいで散々だ、、、
冷たい光が、ひらりと見えたようだったが、もはや彼にはわからなかった。
ーーーーー
佐渡川のいる屋敷に忍び込むのは難しくはなかった。
何故なら主だった者は戦に出ており、年寄りが見張りをしていたからだ。
また、ザワザワと落ち着かない状況では、百姓のような格好の弥勒など、図体が大きい故に戦に駆り出されて来た者だろう、というぐらいにしか認識されなかった。
弥勒は緊張しながらも、そのまま何食わぬ顔で屋敷内に入った。
商人の弟子をしていた頃の立ち居振る舞いが功を奏したらしい。
少しでも身分が上と見える者には頭を下げて通り過ぎるのを待ち、気難しそうな年老いた下男には体を縮こまらせて会釈し、大体は感じ良く見せておけば、誰とも簡単にすれ違うことができた。
ちょうど置き捨ててあった大きなつづらを抱え持つと、如何にも用を言いつけられた下人が如くみえる。
弥勒は慎重に佐渡川のいるであろう場所を目指して進んだ。
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見張りが一人で入口を守る部屋に当たりをつけた。
つづらに入っていた男物の小袖を何着か取り出して、部屋に近づいた。
見張りには、「上の方から着替えを持って行き、世話をしろと言われた」と告げると、拍子抜けするほどあっさりと部屋に入れてもらえた。
弥勒が入っていくと、佐渡川は振り返りニヤリと笑った。
「来たか。この、娘婿め。」




