四十
合戦の合図は、一本の鏑矢がひょうっと放たれたのを見た敵方が一斉にかかってきたことからだった。
その後方の小高い丘の上で、采配を握りしめた家老の一人がギリギリと歯を食いしばっていた。
彼は自らの読みが甘かったこと、主たる城主の勝手な判断で陣を変えてしまったことで、我が命が終わる近い未来がみえていた。
敵方は有り余る軍馬を駆使し、鉄砲や長槍の数もさることながら、漲る闘志がはるかに我が軍勢を上回っている。
また、陣を張った場所も一見不利なようで、実は粘りのある攻防を可能とする土地である。
赤母衣の騎馬が幾度も伝令に走っているのがよく見える。
その度に陣からの的確な指示が知れ渡り、動きはじわりじわりと変化している。
対して、こちらは軍師を欠いた不完全な命令形態で、合戦にて指揮などとったことのない自分が采配を振るなど、無謀にもほどがある。
またこの采配は、佐渡川の物である。
なぜこれを託されたのかはさっぱりわからないが、主からこれを持てと命を受けたからには、やらねばならない。
大きな銃声で、我に帰った。
我が陣に向けて放たれた鉄砲の玉が旗印に大きな穴を開けていた。
ああ、ここまでかと膝を着いたが、側にいた者に引っ張られて立たされた。
「今、ここであなた様が諦めてどうするのです!」
かさり、と紙を握り込ませて、
「さあ、反撃に出ましょうぞ!」
と叱咤された。
ここまで呆然としていたが、この無礼千万な足軽の男に支えられながら見回せば他の家臣たちも頷いている。
紙を開くと、小さな字で書かれた戦略と、幾つかの地図であった。
「佐渡川様よりの指示でございます。ここはいったん兵を引き、この印のところまで行けば、形勢はまだ五分に持ち込めるとのことです。さあ、お早く!」
素早く幕を抜け、馬に乗り、走りに走った。
しんがりはお任せあれと、足軽が言うのと、馬を叩かれ有無を言わさず走り出したのとが同時であった。
なぜかはわからないが佐渡川は来ない。来ないには何か訳があるのだろうが、とにかく今を乗り切らなければ。
退却、退却と大声で家臣たちがいいながら敵に追いつかれないように全速力で走った。
山の裾野の見晴らしの良い広場に出た。
そこに待つ男が、戦いの最中にいる皆からもよく見えるところに幕を張り、旗印を幾つも立てた。
五分に、と、言っていた。
ならば勝機もあろう。
続々と家臣が退却してきた。
さあ、反撃だ。




