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三十九

弥勒が鈴を介助して、歩く練習を始めたのは初夏のこと。


秋の夕暮れ、泣きたくなるほど温かで静かな夕日を見送り、サワサワと風に任せて優しく踊るススキ野原のあぜ道を鈴を背負う弥勒が歩いている。


疲れているのか、鈴はなにも言わない。




足の鍛錬など思いつきもせずに今まで使ってこなかった脚力は、そうそう簡単には戻るはずもない。


また、一旦切れた腱が自然につながるはずもなく、支えや杖なしで立ち上がることや歩くことなどままならないだろう。


今と不自由さはそれほどかわらないのかもしれない。



だが、鈴は、周囲の者が目を見張るほどその足の鍛錬に精を出した。


天気が良ければ近くの野原に出向き、雨ならば自室からお葉の部屋まで、弥勒にしがみつきながらも毎日歩く練習を重ねた。


麻痺しているわけではないから、足は動かせるのだ。


しかもかつては歩いて走って馬に乗って木にも登っていたし、剣術もしていた。


身体は覚えている。


だから、膝が先走って前に前にと行こうとするが、足は支えどころか体の重心を移行させるのに間に合わない。


もどかしく、歯がゆく、だが、今までとは違い、希望に満ちていた。


杖をつくぐらいなんだというのだ。


自らの足で立ち上がり、歩けるとしたら、その自由さはまるで空を飛ぶ鳥の羽根を得た気持ちになるだろう。


鈴の強い目を見て、弥勒は嬉しかった。


だから、鈴の気がすむまで何度も何度も支え、時に励まし、慰め、少しずつ筋力がついたふくらはぎが疲労で痙攣するたびに介抱した。


鈴は、機嫌が良いと、

「明日には歩けるようになるから、弥勒は用済みだな」

と勝気な笑みを浮かべることもあった。

そうですね、と、笑みを返して、やり込められたふりをした。


反対に落ち込むと、

「もう歩くなど無理だったのだろう。弥勒には付き合わせて悪かった」

と、儚く笑い、野原からの帰りの背中でそっと涙をこぼすこともあった。

そんな時は、ただ寄り添っていた。






弥勒は少しずつ体を支えるコツをつかんできたのを感じ、鈴の杖を作り始めた。



ーーー



佐渡川の密書を携えた春が、命からがら堀川の屋敷にたどり着いたのは、雪深い年の瀬のことだった。


西国の茅野からの文が届いた頃に、春は堀川の屋敷を抜け、茅野を訪ねていた。


しばらく茅野の商いを手伝いながら幾つか情報を仕入れたが、その中でもきな臭さが強い話に驚き、とにかく佐渡川の元に急いだ。


佐渡川には様々な情報を報告し、備えを検討した。


また、佐渡川がずっと頭を悩ませているあの堀川とのやりとりのことについて、弥勒と鈴とを娶せること、養子のことを委細承知と春に伝えた。


すこし寂しそうな顔で、鈴のことや堀川の屋敷での様子を尋ねてくるので、春はできるだけ細かく、また分かりやすく報告した。


いつかまた会えるかのう、と遠い目をして、鈴とよく似た儚い笑顔で、幼かったころの鈴を思い出していた。


春が隣国へ戻る日程を調整しているとき、佐渡川は至急の呼び出しに、急いで出かけて行った。


春はその呼び出しを伝えに来た使者に見覚えがあった。嫌な予感しかなく、とりあえず後を付けた。


何故か、佐渡川は連れて行かれた屋敷にて、小部屋に謹慎となり、繋ぎが取れなくなった。


春は夜の闇に紛れて佐渡川のいる部屋に忍び込み、佐渡川に携帯用の小筆と手拭いを素早く用意した。

佐渡川は手早く文をしたため、春に「頼む」と一言のみ発した。

春はその文を受け取るとすぐに隣国を目指し走りに走った。


春に気づいた他の草の者に追いかけられ、途中何度も追い詰められたが、同じく佐渡川の草の者と落ち合うことができ、ギリギリのところで隣国との境を越え、命からがら鈴の元へとたどり着いたのだった。








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