三十四
さらさらとせせらぎの音が心地よい。
小さな清水の作る、小さな小川のわきに、樹齢何年かはわからないが立派な桜が立っている。
時折、ざあっと強い風が吹くが、春の力強さを感じる。
風の吹くたびに桜の花びらがまるで生き物のように空へと舞う。
鈴は弥勒に背負われて、この山桜の逞しい生命力に見惚れていた。
弥勒は、そんな鈴の言葉に出なくとも、浮き足立つ思いを感じて、嬉しかった。
ーーーーーー
ー寒くはありませぬか?
ー寒くない。
ーもうお屋敷に戻りますか?
ーまだ見ていたいが、もう戻らなければな。
ーではもう少しだけこのままで。
ー弥勒、寺には帰らぬのか?
ー寺にはもう和尚様はおりませぬ。
昨年の暮れに亡くなったと聞きました。
ー、、、寂しいな。
私も会ってみたかった。
ーはい。
でも、私の心に生きておられます。
ーほかに行くところはないのか?
行きたいところでも良い。
やりたいことはないのか?
ーさあ、、、ただ、今まさに行きたいところでやりたいことをしておりますので、他は思いつきませぬ。
ーふうん。
ーお鈴様は行きたいところはありませぬか?
私が背負ってお連れしましょう。
ー行きたいところは空の上。
やりたいことは、そうだなあ、気に入らぬ者に雷を落としたい。
ーわかりました。もう聞きませぬ。
ーそうだな。聞くな。聞くな。
ところで弥勒は寒くないのか?
ーお鈴様が背におられるので、私は温かいです。
ーふうん。では降りようか?
ーいいえ。降ろしませぬ。
ー温かいからか?
ー温かいですが、それは、お鈴様だからです。
ーならばここにいよう。
ーずっと、私の背におられますように。
ーずっとか。
ーずっとです。
ーふうん。
ー私が、背負いたいのです。
ーでは、私のこの先も、背負うてくれるのか?
ーできますならば。
ーできないな。
ーできまする。
ーいや、できまい。
ーでは、できるかどうかをずっと見ていてください。
ーずっと?
ーずっとです。
ーこの桜が散るまでではどうだ?
ーこの桜は毎年咲きます。
ですから、散り終わるのは桜が枯れる時です。
ー屁理屈だ。
ーお鈴様こそ、意地が悪い。
ーもうよい。降ろせ。
ーそれはもう何度も聞きました。
ですから、聞き飽きました。
ー聞き飽きた?
ーはい。ですから私は私のしたいようにさせていただきます。
ー私の足になると言ってたのに?
ーはい。でも、お鈴様は、自分の足で行きたいところに自由に歩いて行けとおっしゃいましたから。
ー屁理屈だ。
ーさあ、帰りましょうか。




