三十一
その戦は、始まる前から勝敗は見えていた。
だから、援軍要請をあちこちに出していたとしても、もはや誰もが賛同しなかった。
負け戦とわかっていても参戦するという、義に厚い者はいなかった。
大国は、大敗した。
それと時を同じくして、国境間近で、長野の軍勢が集結していた。
雨が弱まったら、山越えをする予定だった。
密書には山の中腹あたりに集結場所を指定されていた。
戦上手と言われたとしても、戦が頻発するわけではない自国では手柄が立てられない。
冬の雪深い土地でいかに作物を育てるか、いかに人材をそろえ、国を豊かにし、皆が戦に怯えずに暮らしていけるか、を、日々頭を突き合わせて考えていく、新しい国づくりなど、長野の生き方とは反していた。
今となってはもはや、主君への忠義も、頭から消えていた。
となりの大国で大戦があるというならば、その腕をふるいたかった。
あわよくば取り立ててもらい、名をあげ、子子孫孫まで長野の名を残したかった。
大国の内情など、使っていた草の者が実は堀川の手のもので、入ってくる情報が偽の情報だったことに気づいていなかった。
だから、長野の一門は、いまだ大国は大国で、強大な力を誇る大いなる国だと信じて疑わない。
まさか今この瞬間に、大国が西の強国に大敗しているだなんて思ってもみない。
長らく騙されていたことに、気づく瞬間はもうそこまで来ていたが、ただいまは、戦への心持ちが高揚しているので意気揚揚としていた。
―――予定よりも早く援軍を出すことになったが、なに、今、屋敷にいる二人の人質をどうにか利用して、堀川を味方につけ主君をこちらの言うように動かせばよい。
うまくすれば、大国からも言われていたように、同盟国である鈴の国許へと攻め入り、その地を我がものとできるであろう。
我が国は倍の領土を持つことになるのだから、主君とて悪い気はしないはずだ。
長野の軍は、雨がやんだころ動き出した。
しばらくすると、甲冑のこすれる音が、自軍とは別のところで鳴り響いていることに気づいた。
ーーーあの、旗印は・・・
伝令が馬で駆けより、主君の本隊が到着したことを告げた。
これまで援軍要請に応えるよう再三にわたって進言していたのがようやくかなったのか、と、長野は小躍りしたい気持であった。
本隊は、長野の軍の後方にその姿を見せた。
長野は、その時まで、信じて疑わなかった。
自らの道が正しいと。
その日、主君の本隊が見守る中、別に控えていた堀川とその意に賛同する家臣の軍が長野の軍を鎮圧。
長野一門はとらえられることなく、全て討ち死に。
賛同していた林はすでに城にて捕えられ、事情を洗いざらい白状したのち切腹。
国境間近ではあったが、その騒動は知られることなく、大乱の陰で静かに消え去った。
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翌朝、鈴が目を覚ますと、となりに弥勒が寝ていた。
手をつかまれたままだった。
よくよく周りを見渡すと、荒れ寺の中で、弥勒とは反対側の鈴の隣にはお葉が寝ていた。
「お目覚めですか」
と、春が声をかけた。
その呼びかけがなつかしく、鈴はここが国許で、自室であるかと錯覚しそうだった。
「お鈴様、大事ありませんか?」
弥勒がいち早く起き上り、鈴を抱き起した。
その大きな手を鈴の額にあて、熱を確かめた。
熱がさがったとわかると、弥勒はすぐにその場を辞し、水汲みに走って行った。
「すべて、終わったようでございますよ」
外をうかがいながら、春がつぶやいた。
「そうか」
がしゃがしゃ、と鎧の音が近づいていた。
「姉上、屋敷に戻りますぞ」
広次は、最近めっぽう低くなったその声で、荒れ寺の外から声をかけた。
お葉が慌てて身づくろいをし、春の助けで髪を整え、ようよう返事を返した。
近くの川からきれいな水を汲んできた弥勒は、広次に一礼すると、荒れ寺に入っていった。
昨夜の今日では、鈴への無礼な物言いを忘れたとは言えないので、広次は居心地の悪さを感じながら黙って弥勒を見送った。
一悶着あったものの、弥勒は鈴を背負って出てきた。
「弥勒、そなた春とこの場をすぐ去れ。
私の足になどならなくてよい!」
鈴はまだごねていた。
だが。
「いいえ。鈴殿。
弥勒殿には来てもらいまする。
此度の事を知った者であればなおさら。
さもなくば、ここで切らねばなりませぬ。」
「広次殿・・・」
その瞬間、春は広次の後方からその首を掻き切れる位置へと忍び寄った。
「春。ならぬ。」
鈴の一声で、春はすっと離れて、すたすたと広次のそばから遠ざかった。
お葉は広次になにかを言っていたが、やがてあきらめたようにため息をついた。
そうして、堀川の軍勢とともに城に向かうこととなったが、弥勒の鈴を背負うその足取りはいつになく軽かった。




